Int.13:夏夜絢爛、刹那の大輪は星の海に咲き乱れ①
そして、月日は暫くの
「…………」
八月も半ば、お盆に差し掛かったある日の夕刻。完全に陽が西方に没した中、しかして訓練生寮の中に居た一真は独り、いつもの203号室――――の、玄関扉の傍に立ち。扉の横で壁にもたれ掛かるようにして、廊下で独り腕組みをし何かを待っていた。
幸運にも、アレを最後に今日まで出撃は無かった。久々に過ごす長い平穏な日々の、これはほんの一ページ。しかして今宵は、ただ代わり映えの無い一日が過ぎ、そして終わるというワケではないのだ。
「……んにゃ? どしたのさ弥勒寺、ンなとこでボーッと突っ立っちゃったりして」
そんな具合で一真が扉の横で待っていれば、何故か廊下を通りかかった白井にそう、目を丸くしながら声を掛けられる。それに一真は閉じていた瞼を右眼だけ開け、俯いていた顔を上げながら「ん」と彼の方に反応すると、
「色々と準備があるんだとよ、ウチの姫様
「一真がそんな風に言い返してやれば、どうやら白井は合点がいったらしく。「……あー、そゆこと」なんて頷けば、ポンッと自分の掌にもう片方の手を打ち付ける仕草をしてみせた。
「お前も、話は聞いてるだろ?」
「大分前にな、エマちゃんから聞いたよ。今日はその待ち合わせ」
「エマとか? 意外だな白井、お前が」
「いや」しかし、白井は首を横に振る。「なワケねーだろ? ありゃあ弥勒寺、どう足掻いてもお前以外は眼中にねーよ」
「……まあ、否定はしないけどさ」
「なーにが"否定はしないけどさ"だ、嫌味な奴め」
肩を竦める一真にそんな恨み言を言う白井だったが、しかし浮かべる表情はニヤニヤと、何処か楽しんでいるようでもある。
「んじゃあ、なんでまたお前こそ、こんなトコに? 直接行った方が近いだろ、白井の家からなら」
「いやあ、それがさあ……」
「…………?」
何処か言いづらそうに言い淀む白井に、一真が不思議そうに疑問符を浮かべながら首を傾げていると。すると白井は物凄い複雑な顔色になりながら、やっとこさ重い口を開く。
「…………待ち合わせ」
「マジで?」
「マジもマジ、大マジ。しかもさ、相手誰だと思うよ?」
「順当に考えれば、美弥かその辺か?」
「残念、大外れ」
「えぇ?」一番確率が高そうな相手を言っただけに、一真は余計に分からなくなって首を傾げる。
「じゃあ、ステラか?」
「ンなワケ。ってか、ステラちゃんなら、大方部屋の中に居るんじゃねえの?」
「あ、そうか。そうだったわ」
「おいおい弥勒寺……。テメーの部屋なんだからさ、忘れるなよ。頼むぜ? その歳で頭の病気じゃねーだろうなぁ?」
「なワケねーだろうが。白井、テメーこそシバくぞ」
「悪い悪い、冗談だって」
にしし、なんてまた笑い出す白井に、一真ははぁ、と小さな溜息をついてから。それから、再び予想される奴の名を口にする。
「じゃあ、美桜か?」
「だったら嬉しいんだけどさあ」
「……ま、まさか国崎とか言わねえよな…………?」
「ンなワケあるかバカヤロー、弥勒寺テメーいい加減シバくぞ」
そう言う白井の眼は、一瞬だが完全に据わっていた。流石は稀代の女好き、それだけは無いと真っ向から否定したいらしい。
半分冗談のつもりだった一真に言い返した白井は、大きく溜息をつき。その後で、意外な相手の名を口にした。
「…………まどかちゃんだよ、まどかちゃん」
「……冗談だろ?」
「バーロー、冗談でンなこと言うかよ。……俺だって、意外すぎて戸惑ってんだ」
肩を竦めながらそう言う白井以上に、一真は彼の口から出てきた名が意外すぎて、言葉を失ってしまう。
「……でも、アイツお前のこと嫌ってただろ?」
「の、筈なんだけどさあ。気付いたらこうなってて、もうちょいしたら下のロビーで待ち合わせってワケ。どうよ、これ?」
「どう、って言われてもな……」
正直、答えを求められたところで困るというか。こっちだってかなり困惑しているのに、どうだと言われても回答のしようがない。
「……というか、だったら何でお前、こんなトコに? 大人しく下で待ってりゃ良いだろうに」
「バーカ、敢えてここを通りかかった目的っつったら唯ひとつ、だろ?」
にひひ、なんて下卑た笑みを浮かべながら、好色めいた顔でそう言う白井の意図を何となく察し、一真は「ったく、お前って奴はホントに……」と、物凄く深い溜息をついてしまう。
――――要は、ステラたちを見たいのだ。彼女らが今、何の為にこうして一真を追い出し、部屋に籠もっているか。その理由も、きっと白井は何処からか聞きつけてきたのだろう。
『……もう、入っても構わぬぞ』
そんなやり取りを白井と交わしていれば、コンコン、という小さなノックと共に、扉の向こうから瀬那の呼び声が聞こえてくる。
「ん? 分かったぜ、今戻るよ」
瀬那の呼び声にそう返しながら、一真は203号室の玄関扉のドアノブに手を掛けた。その後ろに白井も当たり前のように着いて来るのは、今更気にしないことにする。
そして、一真はドアノブを捻り、そうして203号室の玄関扉を開いた――――。
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