Int.18:夏夜絢爛、刹那の大輪は星の海に咲き乱れ⑥

「白井さん、アレやりましょうよ、アレ」

「えぇ?」

 一方、なんだかんだあのまま縁日に引っ張ってこられた白井の方はといえば。そんな調子でまどかに裾を引っ張られ、次から次へと屋台巡りをさせられているといった始末だ。

 こんな具合に困惑した顔を浮かべる白井だが、しかし表情は満更でもなさそうな感じだった。流石に稀代の女好き、なんだかんだ言いつつも、やはりまどかみたいなに連れ回されるというのも、満更でないらしい。

「……射的?」

 そうやってまどかに引っ張られながら、とある出店の傍に立った白井が首を傾げれば。「見て分からないんですか?」と、やはり相変わらずな刺々しい語気でまどかがそう言ってくる。

 白井が連れて来られたのは、射的の店だった。射的といえば、文字通り射的。スプリングとエアー・ピストンの圧力で内部の棒を押し出し、その力で銃口部分のコルク弾をブッ放す仕組みの、ライフル型の玩具銃を使った射撃ゲーム、とでも言えば分かりやすいだろうか。

 四段程度のひな壇に並べられた景品は様々で、ぬいぐるみやら、縁日特有のよく分からない安っぽい玩具。それに袋菓子やラムネ菓子、目玉商品ではTAMSを模った可動式のアクション・フィギュアなんかもある。ちなみにそのフィギュア、白井も慣れ親しんだJST-1A≪新月≫を立体化した品だった。

「……へえ? 中々良いじゃないのさ」

 まさかこんな所で、フィギュアといえども己の乗機と同じものを見るとは思っていなかったから、そんな≪新月≫のフィギュアを見るなり、それまで仕方なくといった調子だった白井は一気にやる気を見せ始める。

「貴方の腕、見せて貰おうじゃないですか。私が勝ったら、何か奢って貰いますからね?」

「いいぜ、やってやろうじゃないの」

 嫌らしい目付きでのまどかの提案を二つ返事で了承し、ニッと口角を釣り上げながら白井がその屋台に近寄ろうとすると、しかし何かの拍子に誰かとぶつかってしまう。

「きゃっ!?」

「っとっと!? 姉ちゃん、悪いね!」

「気を付けなさいよねっ、もう……っ!?」

 白井とぶつかった、そのやたらに背の高い浴衣姿の女は――――しかし白井の顔を見下ろすなり、驚いたように言葉を失ってしまう。

「……ありゃ? ステラちゃん?」

 そうして白井も見上げてみれば、意外にもそのぶつかった相手はステラだったものだから。こちらはこちらで、物凄い微妙な、驚いたようなそんなような顔になってしまう。

「あ、アンタもここがお目当て?」

「おう」何故か頬を軽く紅くし、そっぽを向くステラに白井が戸惑いながら頷いてやる。

「っつっても、まどかちゃんに連れて来られた感じだけどさ。……だろ、まどかちゃん?」

「……あ、はい」

 そんな風に白井が話を振れば、何故かジトーっとした眼でステラを視ていたまどかは、一瞬の間を置いてからそう頷く。

「そういうワケで。――――そうだ、ステラちゃんもこの勝負、乗っかるかい?」

「勝負?」

「そそ、射的でね」きょとんとしたステラに訊き返され、白井はニッと小さく笑みを浮かべながらそう頷く。

「へえ? 仮にもアンタの師匠たるアタシに挑もうなんて、良い度胸してるじゃないの。

 ――――よし、その勝負乗ったわ。何を賭けるかは、知らないけど」

「ステラちゃん相手に、どうこうってのもなあ。……強いて言うなら、お互いのプライドを賭けて、かな?」

 ニッと口角を釣り上げつつ白井が言い返せば、ステラも不敵に笑い。

「オーケィ、上等よ。……で、まどかもこの勝負、乗るワケ?」

「……! あ、当たり前ですっ! 元々、私から言い出したことなんですから……!」

 何故かムキになった顔でまどかがそう頷けば、ステラは「成立ね」と言い、

「それじゃあ、善は急げ。早速やってやろうじゃないの」

 そう言いながら、二人を連れて強引に屋台の方へと引っ張っていった。





「おっちゃん、三人ね」

「へいへい、毎度」

 屋台の前に立ち、幾らかの百円硬貨を白井が手渡せば。それと引き換えに、店主の親父はコルク弾が六発ずつ乗っかったアルミの皿を三人分寄越してくる。

「……一番槍は、私です」

 すると、そう言いながらまどかは、店のカウンターに並べられていた玩具銃のライフルを真っ先に手に取った。

「さてさて、まどかちゃんのお手並み拝見といきますか」

「ちょ、ちょっと黙っててくださいよっ! 集中が削がれますっ!」

 茶化すように白井が言えば、何故か顔を真っ赤にしながら凄い勢いで振り向いたまどかにそんな剣幕で言われ。しかし白井は尚もニヤニヤしながら「へいへい」とそんなまどかへ適当に返す。

「……精々、見てるが良いです」

 ブツブツとそんなことを言いながら、まどかは手に取った玩具ライフルの右側に生えるコッキング・ハンドルを目いっぱい引き絞り、内部のスプリングを圧縮させた。ハンドルはかなりの重さのようで、まどかは少し苦労しつつそれを引く。

 その後で、アルミの皿から一発掴み取ったコルク弾を、銃口に押し込んで装填した。この時も引鉄に人差し指は触れていない辺り、腐っても陸軍の訓練生。士官学校での訓練の成果が出ているというわけだ。

「…………」

 装填の完了した玩具ライフルを、まどかは無言のままに肩付けして構えた。キッチリ引き寄せ、脇を締めて構えられている。横から見るまどかの構えは割と堂に入った感じで、明らかに89式自動ライフルを使った実技訓練の成果だ。

 そんなまどかの堂に入った構えが、割と予想外だったもので。そんな彼女を横から眺めていた白井もステラも、一様に「へえ……?」なんて声を漏らし、思わず感心してしまう。

「…………」

 その間にも、まどかは狙いを定めていて。まずは手頃なところから、と言わんばかりに、その照準をひな壇下段の、手のひらサイズのボトルめいた形をしたラムネ菓子の容器へと狙いを定めた。

 伸ばしていた人差し指を、ゆっくりと引鉄に触れさせる。段々とゆっくり指に力を込め、絞り。カチン、とシアが落ちる感触がするまで、意識を逸らさない。

 ――――ポンッ。

 すると、そんな堂に入った構えとは裏腹な、あまりにも間抜けな音がすれば、コルク弾は発射される。

 撃ち出されたコルク弾はまどかの狙い通り――――とはいかず、少し右に逸れる形でラムネ菓子の容器を掠めた。だが幸運なことにその容器は軽く、コルク弾が擦った衝撃でくるくると回り出すと、そのままひな壇から転げ落ちていった。

「へえ、やるじゃん」

 撃ち落としたラムネ菓子を親父から受け取るまどかに、白井が感嘆した様子でそう言ってやる。するとまどかはぷいっとまたそっぽを向き、

「と、当然です」

 なんて具合に、あからさまな照れ隠しをしてみせた。

「んじゃ、次ステラちゃんね」

「はぁ? 順番から言ったら白井、次はアンタじゃないの」

 戸惑うステラに「いいの、いいの」と白井は言って、

「ヒーローは最後に美味しいとこ、全部掻っ攫うって決まってるからさ」

 なんて風なことをキメ顔で言ってやれば、しかし言われたステラは「……はぁ」と大きすぎる溜息をつきながら肩を竦め、

「……ま、良いわ。精々、アタシのウデを思い知るがいいわ」

 なんて言いながら、自分も玩具銃のライフルを手に取った。

 ガシャン、と激しい音を立てながら、ステラの手でライフルのコッキング・ハンドルが一気に奥まで引き絞られる。引くには結構なちからが要るはずなのだが、それをステラはあっさりと、簡単にやってのけたのだ。

「すげえ筋肉じゃないのさ、今も鍛えてんの?」

「うるっさいわね! 職業柄、しょうがないじゃないのよっ!?」

 茶化しながら白井が訊けば、やはりステラは顔を真っ赤にしつつ物凄い剣幕でそう捲し立ててくる。それに白井が「おおう」と一歩後ろずされば、ステラは「ったく……」と参ったように肩を竦めた後で、同じようにコルク弾を装填した。

「さてさて、どの子から仕留めてあげましょうか……」

 不敵な笑みを浮かべながら、ステラは玩具ライフルを構える。とはいえ先程のまどかとは違い、何やら物凄い構え方だった。

 右手は当然のように銃把を持っているが、左手はその先には添えず、引鉄近くのトリガー・ガードの前後に、伸ばした人差し指と中指、そして親指で橋を作るような感じで下からライフルを支えていた。

 左脇をぴっちりと締め、肘までを胴体に密着させるあの独特な構え方は、間違いなく競技射撃用の構え方だ。前にステラから同じことを教わっていたから、白井も一応心得ている。

「おいおい、ステラちゃん容赦無しかよ……」

 そんなステラに苦笑いしながら白井が言えば、ステラは「当然!」と不敵な笑みのままで返し、

「勝負となったら、手は抜かない! それがアタシよっ!」

 なんて風にほくそ笑みながら、その間にも狙いを定めていて。そしてもう一度ニッと小さく口角を釣り上げれば――――。

 ポンッと、間抜けな発射音が縁日に響き渡る。

「――――ふっ」

 小さくほくそ笑むステラの、金色の右眼が睨む先で――――撃ち放たれたコルク弾に正中を撃ち抜かれたラムネ菓子が勢いよく吹っ飛び、そしてひな壇の下へと落ちていった。

「……どう? これがアタシの実力ってワケ」

「へへっ、お見逸れ致しましたよステラちゃん」

 ライフルを肩に掛けながらニッと笑みを浮かべるステラに、白井も頬を緩ませながらそう頷いてやる。

「…………悔しいですけれど、流石ですね」

 としていれば、まどかも言葉通り悔しげな表情ながら、一応ステラの実力を認めたらしく。眼を逸らしながらも、そんな風に頷いてみせた。

「.30-06とか、.308とかの大口径に慣れちゃってるからね。これぐらい、半分寝てても当たるわよ」

 そんなステラの言い草も、納得というものだ。何せ彼女の祖父は腕利きの猟師ハンターで、ステラはその祖父にハンティングのウデを鍛え上げられている。大口径ライフル片手にバッファロー狩りだって平気な顔して興じる彼女なら、確かにこの程度は造作も無いだろう。

「さてさて、お次は白井? アンタの出番よ」

「うっし! ここが男の見せどころってな!」

 ニヤニヤとするステラに見送られながら、白井は意気揚々と玩具ライフルを手に取る。

 コッキング・ハンドルを引き絞り、コルク弾を銃口に装填。こうして実際にハンドルを引いてみて思うが、やっぱり重い。どう考えても、ステラの筋力は化け物級だ。

(まあ、そんなことは置いといて)

 独りで勝手に苦笑いしながら、白井はそうやって胸の内で勝手に区切りを付けると。やはり堂に入った構えで、玩具ライフルをスッと肩付けで構えてみせた。

 横から見ているステラの眼には、まどかよりも力が抜けて、自然体のように白井の構えは見える。だが先程のステラみたいに特殊な構えというわけでもなく、あくまでオーソドックスな感じだ。何を隠そう、ステラがそうしろと前に教えた。どんなライフルでも対応出来る構え方だからだ。

「小物にゃ用はねえ……。俺が狙うのは、ただひとつ!」

 そうしていれば、白井はド初っ端からひな壇最上段、例の≪新月≫フィギュアの箱を狙い始めるものだから、ステラにまどか、そして店主の親父からも驚きの声が漏れる。

「兄さん、やる気かい?」

「当然!」親父に訊かれ、白井はニッと不敵に笑みを浮かべながら答える。その口には、先程たこ焼きを食うのに使っていた爪楊枝が咥えられているのを、ステラは見逃さなかった。集中するときに何かを口に咥えたがるのが、彼の癖だ。

「……白井さん、まさか本気でアレを落とせるとでも?」

「へえ? やってみなさいよ。アンタのウデって奴、見せて貰おうじゃない」

 困惑するまどかと、逆に乗り気になるステラ。そんな二人の反応を両側から聞きつつ、白井は≪新月≫フィギュアの箱に狙いを定めた。

「ここが男の正念場、見せ場って奴だろ……!?」

 そんなことをひとりごちながら、白井は伸ばしていた人差し指を折り、引鉄に触れさせる。

 ゆっくりと引鉄を引き絞れば、やがてシアが落ちて。銃口から吹き飛ばされたコルク弾は、真っ直ぐに飛んで行く――――。

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