Int.04:夜闇の白、傷付いた騎士たちの凱旋

「よォーし、機体の搬入急げェーッ!!」

 CH-3ES"はやかぜ”大型輸送ヘリコプター小隊"コンボイ1"に連れられて京都A-311小隊の一同が士官学校に戻ってきた頃には、既に陽は西方の彼方に没し。夜闇が支配するような、蒸し暑い夜の頃合いになってしまっていた。

 六機のCH-3輸送ヘリが去った後も、グラウンド、そして半地下構造の大きなTAMS格納庫は喧噪に包まれていた。あちらこちらを整備兵たちが忙しなく行き来していて、疲れ果てたパイロットたちから預かったボロボロの機体に群がり、膝立ちになったソイツを数人がかりで手早く検分している。

「よっ、と……」

 他の機体と同じように、グラウンドに膝立ちの駐機体制を取らせた≪閃電≫・タイプF。その返り血に汚れきった白かった装甲を踏み越えながら、整備兵の手によって胴体に掛けられた梯子を降り、疲れた顔の一真がその両足で数時間振りの大地を踏みしめる。

「ったく、またこんなにズタボロにしやがって……」

 そんな一真の傍で、ボロボロの≪閃電≫・タイプFを腕を組みながら見上げる男が、そんなことを呟いていた。

「あっ、三島のおやっさん」

 気付いた一真に声を掛けられ、「おう」と片手だけを上げてぶっきらぼうな返答を返してくるこの男は、他の整備兵連中と同じようなツナギ・・・の格好だったが、しかし周りの連中よりも幾分か老け込んでいて。皺の寄り始めた顔に白髪の交じり始めたオールバックの髪という風貌は、確かなベテランの風格を漂わせていた。

 三島。それが、一真を始めA-311小隊の面々が"おやっさん"と呼んで親しむこの男の名だった。

 見た目の通りにベテランの地上整備クルーで、元はこの京都士官学校の工場長。そして、今では実戦配備となったA-311小隊機のメカニック・チーフも兼任する大ベテランなのだ。普段昼間はランドルフの昔ながらなアヴィエーター・サングラスを掛けているが、流石に夜だからか今は掛けておらず、裸眼の出で立ちだった。

「相変わらずだな、坊主の汚し癖は」

「しゃーないっすよ、これでも前衛の斬り込み隊長張ってますから」

 三島の嫌味めいた言葉にへヘッ、と冗談めかして笑いながら一真が言い返せば、「限度を考えろ、限度を」と三島は苦い顔を浮かべる。

「お前が散々振り回した後のコイツ、やれ人工筋肉パッケージは滅茶苦茶にヘタれてるわ、やれスラスタは煤まみれだわ。オマケにそこら中血まみれと来た。毎度毎度思うんだが、格闘戦にしたって一体全体、どんな戦い方すりゃあこんな悲惨なことになるんだ?」

「教官の教えの賜物、っスかね」

 苦言を呈するみたいな三島に一真がそうやって言葉を返すと、三島は「……はぁ」と大きすぎる溜息をつき、

「…………確かに、あの死神の一番弟子ともなれば、こうもなっちまうか」

「そういうことで」

「ったく、アイツもアイツで無茶苦茶な振り回し方してやがったからな……。師が師なら弟子も弟子、ってワケか。

 ――――まあ良い、コイツらは俺たちが踏ん張りゃあ何とでも直っちまうんだ。お前たちパイロットが生きて帰って来ただけ、儲けモンさ」

「申し訳なくは思ってるんですよ? おやっさんたちには、ずっと苦労を掛けっぱなしだ」

 一真が若干申し訳なさげにそう言うと、「気にするな」と三島は≪閃電≫を見上げたまま、片手だけで一真の頭と髪をワシャワシャと雑にかき混ぜる。

「TAMSも戦闘機も、一番高価な部品はパイロットだ。TAMSならその為の脱出装置で、戦闘機ならその為の射出座席。自分らが一番金の掛かって、それでいて代えの効かない部品だってこと。それをいい加減、お前らも肝に銘じとけ」

 やはり一真の方を向かないままで、三島がそう言えば。すると遠くから「チーフ! こっちも頼んますよお! 外国機は手に負えない!」なんて、彼の部下である他の整備兵からの呼び声が飛んでくる。

「分かった分かった、すぐに行く! ――――ったく、ヘッド張るってのも楽じゃあねえもんだな」

 それに大声で返しながら、三島はボッサボサになった一真の頭から手を離し。そうして独り毒づきながら、結局彼の方に振り向かないままで歩いて行く。

「――――坊主!」

 しかし、途中で三島は立ち止まると、首だけをこっちに振り向かせながらそう、呼びかけてくる。

「全機無事で帰ってきたなら、それで合格点だ!」

 野球場めいた物凄い光量の照明に照らされるグラウンドの中、ニッと口角を釣り上げてそう笑う三島の横顔を遠目に、一真もまたいつの間にか、気付かぬ内に己も口角を釣り上げ小さな笑みを浮かべ返していた。

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