Int.05:作戦結果報告、告げる死神の胸中は
「――――まずは、ご苦労だったと言っておこうか」
それから、おおよそ三十分あまり後。
パイロット・スーツを脱ぎ捨て、各々の制服へと着替えた京都A-311訓練小隊の面々は未だ士官学校内に留まり、校舎内のA組教室へと集められていた。
外はもう真っ暗、教室は蛍光灯が煌々と照らしている。そんな教室の中、適当に席へ腰掛ける十人の前で教壇に立ち、始めにそんな一言で話を切り出したのは、やはり西條だった。その傍には錦戸も控えていて、両者共にやはり何処か疲れが滲んだ顔をしている。
「諸君らの活躍により、前線を喰い破り浸透していた幻魔中規模集団が防衛線の背後を突く前に無事、殲滅することが出来た。今回は市街地に多少の被害が出たが、まああの程度は気にすることじゃない。後処理は政治屋の役目で、我々現場の仕事ではないからな。精々、政治屋先生たちには軽い頭を下げて貰うとしよう」
西條がそんな風に冗談めかしたことを言えば、教室内に小さく苦いような笑い声が微かに起こる。見れば、教壇の傍に控えた錦戸も、浮かべる笑みの色を少しだけ濃くしていた。
そんな具合に小隊の空気が弛緩したところで、西條は「……こほん」と小さく咳払いをしてから、話の本題に入る。
「作戦そのものの評価としてはまずまず、といったところだ。まだまだ詰めが甘いところは多いが、諸君らが未だ訓練生であることを鑑みれば、寧ろ良くやっていると言っても良い。後は慣れと、日頃の訓練で補うことだ」
西條のその言葉は、紛れもない本心から出たものだった。
彼ら九人の訓練生たちは、
(やはり、パイロットを真に育てるのは実戦か)
嘗ての己を
――――これで、何度目の出撃になるのだったろうか。
数度の実戦を経て、目の前に集まった九人の若者たちは、確実にその面構えを変えていた。何処か気の抜けた訓練生だった軟弱な面構えが、今では新兵よりも少し先、確かな自信と経験を伴った一丁前の面構えになっている。
とはいえ、西條たちから言わせればまだまだ半人前も良いところだった。一人前のパイロットと、背中を預けられるだけの
(いつか、奴らもエマと同じような面構えになってしまうのか)
エマと、そして他の八人とを交互に見比べながら。西條はそう思うと、確かな期待と共に少しの寂しさを感じてしまう。
――――本音を言えば、こうはなって欲しくない。彼ら若者には、あんな地獄を体験させたくはない。戦場の空気を知らず、それに慣れぬままに一生を終えて欲しい。
実際、≪ブレイド・ダンサーズ≫時代の遣欧作戦で何度か欧州戦線に足を運んだ経験のある西條だからこそ、余計にそれは思うことだった。これ以上、若者を戦地に送り込みたくなどない……。
それはきっと、傍に立つ錦戸とて同じ想いだろう。いや、彼の方が自分の何倍もの地獄を見過ぎて来ている。大戦初期から戦い続けてきた錦戸なら、余計にそれは想うところだろうと、その心中はあまりに容易に察せられる。
だが、そうも行かないのが現実というものだった。志願であれ徴兵であれ、ここへ来てしまったからには、いずれは彼女らを戦場へと送り出せばならない。ただ……彼女らはそれが、あまりにも早すぎただけの話だ。
(倉本、これが貴様の狙いだったとしたなら……貴様は余程、性根までが腐りきっている)
ギリッ、と奥歯を噛み締める。これを彼女たちの前で口に出すことは、出来なかった。
だからこそ、西條は腹の奥で煮えたぎるこの怒りと苛立ちを何とか抑えようと、また白衣の胸ポケットに手を伸ばした。常備する紙箱から取り出すのは勿論煙草、いつものマールボロ・ライト銘柄のアレだ。
「…………」
無言のままに取り出した一本を口に咥え、同じく白衣の懐から取り出した愛用のジッポーで火を付ける。くすみきった傷だらけの、そんなジッポーのいぶし銀の蓋がカチン、と軽快な音を立てて閉じられれば、教室で仄かに漂うのは嗅ぎ慣れた紫煙の香りだ。
「……機体の方も、特に目立ったダメージは無いと、三島の方から報告が入っている。普段通りのメンテと、後は消耗部品の交換ぐらいで何とかなるだろうとのことだ」
少しの沈黙の後、煙草を咥えながらの西條はそうやって話を再開する。
「今のところ、次回の出撃予定は無い。まあ、向こう四八時間は大丈夫だと信じよう。
――――私からの話は以上だ。解散後は好きに過ごして貰って構わんが、緊急招集命令にだけは気を配るように。以上、解散!」
西條がそう宣言すれば、作戦終了後の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます