Int.76:ファースト・ブラッド/機動戦、大地を駆ける死神の子供たち

「オオォォォ――――ッ!!」

 錦戸機を先頭に、四機のTAMSが機動殲滅戦を仕掛けるべく、生き残った幻魔たちの群れの中枢へと突撃を敢行していた。

 ≪極光≫の黒灰色の背中に追随しながら、雄叫びを上げる一真は右手の突撃散弾砲でダブルオー・キャニスター通常散弾をそこら中にバラ撒いてグラップルの肉を吹き飛ばし、スラスタの全開噴射での駆け抜けざまに左手の対艦刀で斬り抜けて、アーチャーの胴体を一刀両断する。

『あまりりきみすぎるでないぞ、一真ッ! それでなくても我らの機体は、推進剤の消費が激しいのだ!』

 一真機の横を併走しながら、同じように敵を屠りまくる瀬那にそう言われ、一真は『分かってるッ!』と雑に言い返すと、しかし視線は網膜投影されている機体の各種情報をチラリと横目に見ていた。

(推進剤残量、残り10%……)

 ≪閃電≫・タイプFに残された推進剤は、既に全体の一割を切ろうとしていた。立て続けの格闘戦で"ヴァリアブル・ブラスト"を多用し、推進剤を使いすぎていたのだ。

 "ヴァリアブル・ブラスト"の弊害が、これだ。他の機体では到底実現不可能な圧倒的な格闘性能と機動性、そして関節の耐久性を実現する、西條が発案した特殊機構の、唯一にして最大の欠点。それが、推進剤の馬鹿みたいな燃費の悪さだ。

 夏休み前の期末戦技演習でガス欠の無様を晒してから向こう、一真も推進剤の残量には気を配るようにしていた。使わなくて良い場面では"ヴァリアブル・ブラスト"を使わないよう、心掛けてきていた。

 だからこそ、今でも無補給でここまで持っているとも言える。今までの戦い方では、既にガス欠を引き起こしていたことは間違いないと、一真自身が一番良く身に染みている。

 しかし、今回の場合はそれ以上に格闘戦の機会が多すぎた。だからこそのこの推進剤残量なのだが、しかし気を遣ってこれでは、やはり"ヴァリアブル・ブラスト"そのものの欠陥としか思えない。

 恐らく、瀬那の方も大して推進剤は残っていないのだろう。でなければ、今更になってこんなことを言い出す理由が、説明できない。

 ともすれば、やはりこれは"ヴァリアブル・ブラスト"自体の欠陥なのだ。そうであるのならば、後で西條に然るべき報告を入れておかねばならないだろう……。

「……ヘッ、今から何考えてんだろな、俺」

 そう思った途端、一真は何だか自分自身がおかしくなってしまい、自嘲めいた笑みを小さく浮かべながら、そんな風に独り言を漏らしていた。

 ――――今からこんなことを考えるよりも、今はまず目の前の敵を殲滅し、この戦いを生き抜く方が先決だ。

 だから、一真は今まで考えていたことを、全て思考の外へと追い出した。今は、目の前の敵を屠ることだけ考えていればいい。目の前の戦いにだけ、眼を向けていれば良い……。後のことを考えるのは、戦い抜いた後の話だ。

『やっぱり、敵がどんどんこっちに釣られて来てるね……!』

 ともすれば、後ろから聞こえてくるのはエマの声だ。一真たちと背中合わせになり、後ろに飛ぶ格好で滑走しながらで彼女の≪シュペール・ミラージュ≫は突撃散弾砲をブッ放している。

 そんなエマが少しばかり苦々しい顔で報告した通り、確かにバラけていた敵の一団が、全て一真たちに釣られるようにして後に追い縋ろうとしているのだ。だからか、残してきた美桜やステラたちの方は、少しだけ敵の数が減っている。

『却って、好都合です。ヴァイパー01より06! 出来る範囲で良い、敵を吹き飛ばせませんか!?』

 エマの報告にニッと小さく口角を釣り上げた錦戸がそう呼びかければ、遠く離れた丘の上から戦場を睥睨へいげいする白井は『マジっすか?』と参ったような顔を浮かべ、

『下手すりゃ、巻き込んじまいますぜ?』

 なんて風に問いかけて来るが、しかし錦戸は『巻き込まない程度の数で構いません』と言い、

『少しでも、敵の数を減らして貰えれば、それで構いません』

 そうやって力強く頷けば、白井も『……了解っス』と頷き返してくる。

 ――――それから、数秒後。

 脚を止めず高速で駆け抜け続ける一真たち四機の後方で、物凄い爆炎がかなりの衝撃波を伴って巻き起こった。

『――――弾着、効果確認!』

 白井が撃ち放った、140mm口径HEAT-MP弾の爆炎だ。今の攻撃で、十体以上のアーチャーが吹き飛んだはずだと、一真は感覚的に分かっていた。

『ヴァイパー04、こっちは大方の片が付いた!』

『ヴァイパー10、こっちもよぉ。国崎くんも無事♪』

 すると、残してきたステラと美桜、二人からそんな報告が入ってくる。それに錦戸は『了解です』と頷けば、

『……それでは、最後の仕上げに入りましょう。――――各機、散開! 残った連中全部、好きに平らげるとしましょうッ!!』

 そう号令して、固まっていた四機を一気にバラけさせた。

「ヴァイパー02、了解! さぁ、派手に決めるぜェェェェ――――ッ!!」

 すると、やはり先陣を切るのは一真だ。雄叫びを上げながら群れの中へ突撃を敢行すると、突撃散弾砲のカートリッジに残っていた僅かな残弾を全て吐き出させ、弾切れになったそれも前方に向けて投げつける。

 そうすれば、空いた右手マニピュレータで抜くのは左腰の対艦刀だ。二刀流の格好になりながら、一真は僅かに生き残った群れの中へ向けて吶喊とっかんしていく。

『待て、一真ッ!』

 そんな一真機の後を慌てて追う瀬那がそう呼びかけてくるが、今の一真の耳には入ってこない。一真の思考を支配していたのは、目の前の敵を全て屠り尽くすこと。ただ、それだけだった。

『僕が左から回り込むッ! 瀬那、君はカズマを追って!』

 エマの叫ぶ言葉に頷きながら、瀬那は『承知したッ!』と言えば、"ヴァリアブル・ブラスト"も同様に全スラスタを出力最大で吹かし、吶喊する一真機の後を追う。

『やっぱり、僕らでカヴァーしてあげないとね、カズマは……!』

 その横で、エマもニッと不敵な笑みを浮かべながらスラスタを吹かし、瀬那とは別の方向へと駆け抜けていく。大きく回り込みながら敵の群れを外側から削り殺す算段だ。

「だァァァァ――――ッ!!」

 雄叫びを上げながら、一真と純白の≪閃電≫は突進する。その両腕で振るう対艦刀で次から次へと敵を斬り刻み、紅く汚れた白かったはずの装甲を、更に返り血で紅く上塗りをしながら。

 ともすれば、一真は唐突に敵の群れのド真ん中で着地し。そうするとニッと不敵に笑い、群がり襲い掛かる敵へと向けて、その場で舞踊でも踊るかのようにクルクルと周りながら、群がる敵を斬り刻み始めた。

 こんな無茶苦茶な戦い方が出来るのも、一真が"ヴァリアブル・ブラスト"の馬鹿みたいな推進力の後押しを受けているお陰だ。腕だけで振るわれる斬撃でも、サブ・スラスタから吹き出す常識外の推力のお陰で、踏み込んだ時と同等レベルの重い一撃を放てる。

 そうして敵を十体、十五体と瞬く間に斬り刻んでいる内に、しかし予想外の事態が唐突に巻き起こった。

「ッ!?」

 左手側の手応えが一気に消え、一真は目を見開く。慌ててシームレス・モニタの左側に視線を走らせてみると――――左手マニピュレータに握る対艦刀の刀身が、半ばからへし折れていた。

 度重なる斬撃で疲労したのか、はたまた酷使された粗悪品を掴まされていたのか……。どちらにせよ、もうこれが使いものにならないことだけは、一真にも分かった。

「チィッ!!」

 大きく舌を打ちながら、一真はすぐにそれを投げ捨てる。対艦刀が折れるのも二回目ともなれば、流石に慣れてくるというものだ。驚きはしたが、狼狽はしない。

「なら――――」

 目の前に、腕を振り上げたグラップル種が迫る。すると一真は残った右手側の対艦刀の柄を左手に持ち替えさせて、その刀身を横向きに倒し、真っ直ぐ突き付けるように構える。その刀身に、右手マニピュレータを沿わせるようにして。

 腰を低くし、大きく股を開いて構えるのは、片手平突きの構え――――。一真の得意技である、凄まじい突きの一撃を放つ型の構えだ。

「これで、どうだァァァァ――――ッ!!」

 雄叫びを上げながら、一真は大きく一歩を踏み込み。左肘側のサブ・スラスタを"ヴァリアブル・ブラスト"で全開に吹かしながら、物凄い勢いの突きを目の前のグラップル種向けて繰り出した。

 そうすれば、胸に思い切り片手平突きを喰らったグラップル種は、まるで戦車砲の直撃でも喰らったかのように大きく肉を抉りながら、力なく吹っ飛んでいく。

「まだだァァァァッ!!」

 しかし、一真はそこで手を止めない。そのまま左側へと思い切り刃を引っ張ると、両断するような勢いでグラップル種の肉を裂き、刀身を脱出させる。

 機体を捻りながら、そのまま背中側まで大きく振り上げた刃は、背中から≪閃電≫を殴りつけようとしていたもう一体のグラップル種の、丁度振り下ろされていた腕を半ばから斬り飛ばした。

「オオォォォ――――ッ!」

 雄叫びを上げながら、そのまま一真は再び"ヴァリアブル・ブラスト"を起動。両肩のサブ・スラスタを互い違いの方向に吹かして物凄い勢いで後方に振り向けば、振り上げていた対艦刀の柄を両手で握り直し。そのまま返す刃の一閃で、左斜め下方からの緩い袈裟掛けの一撃で以て、片腕の吹き飛んだグラップル種の胴体を思い切り両断してみせた。

 ――――だが、その瞬間に対艦刀の方も限界を迎える。一体目を突いたときに無理矢理胴体を裂いたのが祟って、ダメージの蓄積しすぎた対艦刀の刀身は、胴体を両断し肉から突き抜けると共に、半ばからへし折れてしまったのだ。

「チッ……!」

 ――――ここは、一旦距離を置くべきか。

 そう思った一真は対艦刀を棄てながら、一旦距離を置こうとスラスタを吹かすが――――。

「ッ!?」

 ――――"FUEL EMPTY"。

 推進剤切れを示すそんな警告表示が網膜投影されると共に、一瞬だけ元気に吹いていたメイン・スラスタは一気に息切れしたように力を無くし、やがてはウンともスンとも言わなくなってしまった。

「畜生、ガス欠かよッ!?」

 ――――抜かった。

 一真がそう後悔した頃には、既に遅く。そのままバック・ブーストで退く予定だったはずの≪閃電≫は力なくその場に尻餅を突いてしまい。それを好機と思ってか否か、生き残ったグラップル種の一団が一真機を袋叩きにせんと一気に距離を詰めてくるのが、一真の見るシームレス・モニタからでもハッキリと見えていた。

「やるっきゃ、ねえか……!」

 こうなれば、後はどうにかするしかない。

 覚悟を決めた一真は最後の武器、腕裏の鞘に収まった00式近接格闘短刀を両手の中へ射出展開すると、尻餅を突いた格好のままそれをマニピュレータで逆手に握り締めて――――そして、その時だった。

『――――だぁぁぁぁっっ!!』

 ――――気合いの叫び声と共に、一真の目の前を藍色の突風が突き抜けたのは。

 突風のような勢いで現れた藍色の機影は、両手で握り締める一振りの対艦刀で以て次々と敵を斬り伏せ。一真機に迫っていたグラップル種は、一瞬の内にその一刀の下に斬り伏せられてしまっていた。

『……全く、だからあれだけ無茶はするなと! 推進剤には気を付けろと申したのに、其方は……!』

 尻餅を突く一真機の前に仁王立ちし、首だけで振り向く藍色の機影――――もう一機の≪閃電≫・タイプFから瀬那のそんな叱責するような声が飛んでくれば、一真はフッと小さく笑みを浮かべながら「……すまねえ」と呟くように詫びる。

『危ういところであったぞ、本当に……。――――して、無事か?』

「おかげさまで。助かったよ瀬那、今回はマジで感謝するぜ」

『なら、いのだ。……あまり、無茶はしてくれるな』

 フッと小さな笑みを浮かべながら息をつく瀬那がそう言うと、彼女の肩越しに見えていた残りの敵も、背中側から斬り伏せられて斃れていく。その向こうから現れたのは、返り血に塗れた≪シュペール・ミラージュ≫の機影だ。

『オーライ、これで全部のはずだ。――――カズマ、無事!?』

「無事も無事、瀬那のお陰で命拾いしたさ」

 全力で心配する面持ちのエマにそう訊かれ、一真は半分自重するような顔と語気でそう返してやる。するとエマは明らかにホッとした顔になり、『もう、カズマは無茶ばっかりするんだから……』と言いながら胸を撫で下ろしていた。

「悪い、すまん。今回はマジでトチった。ガス欠なんて、笑えねえミスだ。熱くなりすぎるのも、欠点だねこりゃあ……」

『ホントだよ、もう……。まあいいや、カズマが無事なら、結果オーライ……かな?』

『うむ。敵も全て片付いたようであるしな』

 力強く頷く瀬那の言う通り、既に周囲に敵の姿は無く。遠くにも姿は見えず、そして略地図の中にも敵を示す光点はひとつとして見えなかった。

『スカウト1よりヴァイパー各機、敵の掃討を確認した。残存する敵の姿は認めず。…………お疲れさんだ、ヒヨっ子ども』

 そうしていると、上空から戦場を延々と睥睨へいげいしていたOH-1"ニンジャ"偵察ヘリコプターから、そんな労うような声が報告と共に飛んでくる。

『……そういうことです。ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー各機へ通達。敵・幻魔中規模集団の殲滅を確認しました。現刻を以て作戦は終了。後処理とコンボイ1の到着次第、ここを離れます。――――お疲れ様でした、本当にっ!!』

 美弥の感極まったような声で、作戦終了の宣言が為されれば。張り詰めていた緊張の糸が一気に解けて行き、一同共通として、肩の荷が下りる思いを感じていた。

『ヴァイパー00より各機、ご苦労だった。……本当に、ご苦労だった』

『ヴァイパー01。皆さん、無事で何よりです。帰ったら、祝賀パーティと洒落込みたいぐらいですね』

『……やるなら、私が全て奢ろう。錦戸、お前にも苦労を掛けたからな』

『皆さんのちからがあってこそです。私は、あくまでお手伝いをしたまでですから』

『言うじゃないか、コイツめ』

 西條と錦戸、そんな二人のやり取りを片耳に聞いていると、すると≪閃電≫の血で汚れきった装甲を、何かが叩くのに一真は気付いた。

 やがて、その数は増えて行き。仰げば空はいつの間にか曇天に包まれていて、やがて物凄い勢いの夕立が降り始めた。

『……一真』

 薄汚れた装甲を雨に濡らしながら、藍色の機影がこちらへと振り返る。

『…………還ろう、我らの還るべき、あの場所に』

 優しく微笑んだ瀬那に、彼女の≪閃電≫に見下ろされながら、そう言われれば。一真もフッと小さな笑みを浮かべて「……ああ」と、ただ小さく頷いていた。

 夕立が、降り注ぐ。激しい雨は鋼鉄の巨人たちの疲れた複合装甲の身体を洗い流し、表面にこびり付いた血と脂を洗い流していく。大地に染み渡る雨水は汚れ、荒れ果てた土地を癒やし、血と臓物、肉片の臭いを濯ぎ落とし、傷付いた大地を洗い清める。

 まるで清めの水のような、天より降り注ぐ夕立のシャワーを白い装甲に浴びながら。一真と、相棒たる≪閃電≫・タイプFは暫しの安堵に身体を預けてしまう。疲れ切った身体を鎮めながら、ただ静かに曇天の空を仰ぎ見ていた。

 ――――ひとつの戦いが、終わった。

 その事実だけで、今は満足だった。ただ――――今だけは、こうしていたかった。

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