Int.75:ファースト・ブラッド/吉川ジャンクション迎撃戦・Phase-2⑤

「ッッ――――!!」

 強化炭素複合繊維の刀身を振るい、目の前で柔く大きすぎる肉が裂ける。吹き出した返り血を浴びれば、≪閃電≫・タイプFの純白だった装甲は、返り血の重ね塗りで赤黒く汚れていた。

「チィッ、斬っても斬っても湧いて来やがる……!」

 一真はそう毒づきながら、たった今斬り伏せた目の前のグラップル種を彼方へと蹴り飛ばし。そうしながら、右前方より迫っていたもう一体の胴体正中へと、右手の対艦刀を突き刺した。

 人間の部位に当てはめれば鳩尾みぞおちぐらいだろう場所に深く突き刺した対艦刀は、そのままグラップル種の背中側にまで突き抜ける。刃を軽く捻りながら、そのまま下方へと対艦刀を押し下げれば、股下ぐらいまでを真っ二つに両断したところで対艦刀の刀身はグラップル種の身体から抜ける。

『全く、どうしてこう数だけは多い。雑魚ばかりが群がるというのも厄介だ。そうは思わぬか、一真!』

 そんな一真機と背中合わせになるようにしながら、もう一機の≪閃電≫・タイプF。藍色の装甲を同じように返り血に染めた瀬那が珍しく軽口めいた口調でぼやいていた。

「何、ハーミットに囲まれるよりはマシさ。――――瀬那、弾足りてるか!?」

『見ての通りだ!』

 瀬那はそう言いながら、右手の対艦刀を槍のように逆手で投げ、目の前に迫っていたグラップルを刺し殺す。斬りすぎて刃がすっかり鈍ってしまった対艦刀は、こう処理するのが一番だ。ちなみに、左手マニピュレータに持っていた銃剣突きの93式突撃機関砲も、今はもう持っていない。

「なら、背中のショットガン一挺持って行け!」

いのか?』

「俺と瀬那の仲だ、ンな時にまで遠慮すんなよ!」

 そう言いながら、一真も両手の対艦刀をブーメランのように強く投げた。そうすれば、アーチャー種とグラップル種、別々の一体ずつが飛んで来た対艦刀を喰らい、同じように頭から胴体半ばまで裂かれて絶命する。

『ならば、有り難く使わせて貰おう!』

 ニッと微笑しながら瀬那は一真機の背中へと手を伸ばし、サブ・アーム兼用の背部マウント左側より、の機が温存していた88式75mm突撃散弾砲を一挺、左手で貰い受けた。同時に一真も腰部後方の弾倉ラックにあるロボット・アームを動かし、瀬那機の方の弾倉ラックへと散弾砲のカートリッジを幾つか分け与えてやる。

『むっ……。――――少し伏せろ、一真ッ!』

「ッ!」

 叫ぶ瀬那が何かに気付いたのだと察すると、一真は考えるよりも速く機体をその場にかがませる。

 すると、瀬那機は振り向きざまに一真機の肩越しより突撃散弾砲を構え、迷い無くそれをブッ放した。砲口より迸る轟音と爆炎が、白い≪閃電≫・タイプFの背中の上で響き渡る。

 瀬那機が真っ直ぐ伸ばした左腕で発砲した突撃散弾砲より飛び出すのは、十数粒のドデカいベアリング散弾。ダブルオー・キャニスター通常散弾の粒が飛び出せば、それは今まさに一真機を狙い撃たんとしていた、グラップル種たちの合間に隠れていた少し遠くのアーチャー種へと殺到する。

 盾代わりになっていた数体のグラップルも同様に抉り飛びながら、鋼鉄の散弾を大量に浴びたアーチャー種はその両腕を、マシーン・ガンの生体器官を有する両腕を肩口から吹き飛ばしながら、力なく仰向けに倒れた。

 両腕を失ったアーチャーは起き上がろうとしてバタバタと足をバタつかせるが、しかし立てやしない。そんな無様なアーチャー種へ向けて瀬那がもう一撃をブッ放すと、バイタルを抉られたアーチャーは今度こそ死の痙攣を起こした。

「……助かったぜ、ありがとよ瀬那」

『礼には及ばぬ』

 瀬那の返す言葉を聞きながら機体を立ち上がらせると、一真は背中の右側に残った予備の突撃散弾砲を右手マニピュレータで引っ張り出し。そして左手では右腰にマウントした対艦刀を抜くと、右手に銃、左手に剣と奇妙な格好で敵の群れと相対する。

 それは瀬那機とて同じことで、彼女の場合は左手に銃、右手は左腰から抜いた対艦刀と似たようなものだった。全レンジ対応、乱戦にはやはりこの格好が一番戦いやすい。

『まあ、敵の数も大分減って来ている。ここからが踏ん張りどころだよ瀬那、カズマ』

 そうしていると、≪シュペール・ミラージュ≫に弾切れの93B式支援重機関砲と刃の鈍った対艦刀を投げ捨てさせながら、一真たちに合流しつつエマがそう言ってくる。

『ハーミットは全部白井が平らげちゃったからね。私たちの役目は、雑魚どもの大掃除よ』

 ともすれば、次に合流してくるのはステラ機である深紅のFSA-15Eストライク・ヴァンガードだ。相変わらず両手で00式近接格闘短刀を逆手に握り締めているが、太腿の増設ハードポイントに見える近接格闘短刀の数が四本から二本に減っている辺り、マニピュレータで握る奴は新たに抜いた物だろう。

『雑魚狩りでも、油断しないでよ? ステラ、君ともあろう女が二度もドジ踏むところなんで、僕は見たくないからね』

 微笑を浮かべながら、そんな冗談めいたことをエマは口走りつつ、≪シュペール・ミラージュ≫の右腰ハードポイントにぶら下げていた突撃散弾砲を右手マニピュレータで抜き、同じように左側に下げていた対艦刀を、左手で逆手に抜くと器用にクルッと柄を回し、順手に握り直す格好で握り締める。

『……エマ、やめてよね。それ割と気にしてるんだから、アタシ』

『おっと、これは地雷踏んじゃったかな?』

『冗談よ。ミスはミス、素直に認めるわ』

『ふふっ……』

 そんな風に笑いながらも、エマは右手の突撃散弾砲をブッ放し。ステラはといえばまた近接格闘短刀二本で斬り込み、巧みな動きで次々と敵を屠っていく。顔ではにこやかに笑い、口先では冗談を飛ばし合いつつも、しかし目の前の敵はすべからく狩り殺す……。それが、彼女たちだった。

『全く、なんでまたあんなトチっちゃったんでしょうね、アタシともあろう者が』

『緊張してたんじゃない? 初陣って、やっぱり頭真っ白になるから』

『う、うるさいわね! 仕方ないでしょ!? こればっかりは、機会が無かったんだからぁ!』

 エマに口先でもてあそばれれば、ステラは顔を真っ赤にしながら必死の反論を口にする。そうしながらステラ機は右手の近接格闘短刀をアーチャー種の頭に突き刺し、後ろに迫っていたグラップル種へは左腕での肘打ちの後、アーチャーの頭から抜いた右手の刃で振り向きざまに首を撥ね飛ばしていた。

『ふふふっ……。案外、ステラちゃんも可愛いところ、あるのねぇ』

 そうすれば、少し離れたところで≪神武・弐型≫を暴れさせる美桜が、二人の会話を聞いていたのかそんな風に口を挟んでくる。彼女もやはり、そんな口先とは裏腹に、両手の突撃機関砲を撃ちまくりつつ、時に銃剣で斬り払い、突き刺し穿つと物凄い戦い方をしていた。

『か、可愛いって……! ちょっと美桜、それってどういう意味よ』

『あら♪ 言葉のままの意味だけれど?』

『そうそう、ステラちゃんはこう見えて、案外可愛いところあるんだよなあ』

 ニヤニヤとしながら首を突っ込んでくるのは、遠く離れた所から140mm狙撃滑腔砲をブッ放す白井だ。今もこうして言いながら、ブッ放した140mm口径HEAT-MP砲弾で五体近くのグラップル種と、十数体のソルジャー種を吹き飛ばした所だ。

『白井までっ! ……もうっ!』

 とすれば、さっきから顔を紅くしていたステラは何かを白井に向かって言い掛けたが、しかし言葉に詰まったのか、破れかぶれにそう言うとぷいっとそっぽを向いてしまう。

『ったく! 無駄口が過ぎるぞ、貴様らは!』

 すると、いい加減に苛立ってきた様子で国崎が怒鳴りつけてくる。国崎の≪叢雲≫は既に突撃機関砲を失い、対艦刀一本で必死の抵抗を繰り広げていた。

『はいはい、ごめんね♪ それより――――』

 ニコニコと相変わらずの聖母めいた笑みを浮かべながら美桜はそう返すと、何故か左手側の突撃機関砲を唐突にブン投げて――――。

『っ!?』

 すると、それは今にも国崎機の背中を抉らんとしていたグラップル種の頭部へ命中し、遠くから突撃機関砲の物凄い質量と共に飛んで来た銃剣に側頭部を殴りつけられたグラップル種は、そのまま横倒しに倒れると地面と刃で釘付けになり。そして、そのまま起き上がることは無かった。

『――――もう少し、背中に注意払った方が、良いと思うわ♪』

 ニッコリと美桜が笑顔を浮かべながら言う中、国崎は信じられないと言った顔で背後に振り向き。そうしながら銃剣に釘付けになったグラップル種を見るなり、文字通りの顔面蒼白になる。

『……背中に眼を付けろとでも言いたいのか、哀川?』

 顔を蒼くしながら、珍しく冗談みたいなことを国崎が口走れば。しかし美桜は『そういうこと♪』なんて具合に、さも当然のような顔をして答えてしまうものだから。国崎は『……人間じゃない』なんてひとりごちながら、大きすぎる溜息をつくしか出来なかった。

『ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー各機。敵損耗率、八割を越えました。もう一息ですっ』

 と、そんな折に聞こえてくるのは美弥の報告だ。それに錦戸は『ヴァイパー01、了解しました』と返し、

『そういうワケです。……02、03。ここで一気に敵を削ります。私の後に続いてください。出来ますね?』

「ヴァイパー02、了解! ここまで来たんだ、派手に締めるとしようぜェッ!!」

『ヴァイパー03、同じく承知した』

『04、僕も続きます。カズマも瀬那も、二人の背中は僕がフォローしますから』

 錦戸の命令に一真と瀬那がそれぞれ頷き、その後でエマがそうやって口を挟んでくれば、錦戸はそれを『分かりました』と二つ返事で了承する。そうすれば、一真たち三機の目の前に、返り血で汚れた黒灰色の背中が滑り込んできた。

 彼のJSM-13D≪極光≫だ。既に右手の武器は予備の93B式支援重機関砲に変わっていて、たった今左手マニピュレータで右腰の対艦刀を抜いたところだ。

『では、三人は私の後に。このまま敵陣の中央を突破し、大きく回り込んで一気に殲滅します。――――では、参りましょうか』

 最後にニコッと、普段の好々爺のような、この厳つい顔に似合わぬ温和すぎる笑みを浮かべれば。錦戸は≪極光≫の脚で大地を蹴り、背中のメイン・スラスタを吹かし。右手の重機関砲を撃ちまくりながら、最大出力で突撃を開始した。

「了解! ――――行くぜエマ、瀬那ッ!!」

『心得た!』

『オーケィ、背中は任せて貰おうかなッ!!』

 それに続き、一真と瀬那の、白と藍色の≪閃電≫・タイプF。そして市街地迷彩の施されたエマの≪シュペール・ミラージュ≫が大地を蹴り、スラスタを吹かして地を這い駆け抜けていく。

 機動殲滅戦。この戦いの最後の大仕上げが、この四人の手によって始められようとしていた……。

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