Int.74:ファースト・ブラッド/吉川ジャンクション迎撃戦・Phase-2④

「…………」

 先陣を切り、突撃を敢行する錦戸の≪極光≫と、そして美桜の≪神武・弐型≫。それに続き幻魔集団の中へと身を投じていく前衛・中衛遊撃部隊の面々を、まどかは白井ら後衛砲撃支援部隊に混ざったまま、丘の上より見下ろしていた。

『さぁて、俺たちもお仕事と取りかかりましょうか。――――まどかちゃん、霧香ちゃん!』

 そうしていると、相変わらず81式140mm狙撃滑腔砲を構えたままの格好な≪新月≫から、白井が呼びかけてくる。

『二人はアーチャーを積極的に狙ってくれ! これだけの乱戦になりゃあ、野郎どもも迎撃してる余裕は無いはずだ』

『……ふっ、分かったよ。07了解。精々、やれるだけはやってみる……』

 白井の言葉に霧香はいつもの妙な笑みを薄い無表情の上に浮かべながら頷くと、両肩に背負う空になったミサイル・ランチャーを排除する。爆発ボルトで以て切り離された空のランチャー二基が、重苦しい音を立てて地面に落下した。

「09、了解しました。…………しかし、貴方はどうする気ですか」

 まどかも頷きながら、同じように空のランチャーを肩から吹っ飛ばしつつ、棘の垣間見える語気で白井に問いかけた。すると彼はフッと小さく笑い、

『残りのハーミットを平らげるまでさ……。ここからなら、狙い放題だ』

 相変わらずマッチ棒を咥えたままの口でそう呟けば――――それから一秒と立たずして、丘の中に物凄い轟音と地響きが響く。

 巨大なマズル・ブレーキの付いた砲口から吹き出す火花と爆炎に見送られながら、白井機の構える81式狙撃滑腔砲より140mmのHEAT-MP砲弾が撃ち出される。見下ろすような格好で撃ち放たれたそれは、ほんの緩やかな放物線を描きつつ飛び、そして瞬きする間も無く――――眼下に控え、生き残っていたハーミット種の上面で炸裂した。

 砲弾内のライナーが変形し、着弾した弾頭より飛び出したメタル・ジェット(流体金属)がハーミットの硬い紅白の甲殻を容易く突き破り、数千度にも及ぶ強烈な熱で柔肉を焼き尽くし、メタル・ジェットの流入に伴う凄まじい圧力でハーミットの甲殻を内側から肉と臓物ごと粉々に吹き飛ばす。

 巻き起こったのは、文字通りの大爆発。内側から弾けるようにして吹き飛んだそのハーミット種は、痛みを感じる間も無くその巨大な身体を細かい破片と血の煙に変えてしまっていた。

『グッド・キル! 白井、アンタやっぱやるじゃないのっ!』

 そうすれば、既に群れの中に突入し、二本の近接格闘短刀で格闘戦を繰り広げていたステラもハーミットが白井の砲撃で吹っ飛ぶのを見ていたのか、そんな賛辞を送ってくる。

 すると、白井もニッと笑い。『あたぼうよ』と返す。

『ステラちゃんの教えの賜物って奴さ。――――っと、話してる間に油断すんなよな!』

『分かってる!』

 白井がそう注意を促せば、ステラは自機FSA-15Eストライク・ヴァンガードの後方に迫り、殴りかかろうとしていたグラップル種を振り向きざまの斬撃で屠る。横一文字に胴体を裂かれたグラップルは悲鳴を上げ、逆側の腕で振るわれた近接格闘短刀の二撃目で胴体バイタル部分に致命傷を浴びれば、そのまま絶命し斃れた。

『再装填、完了……。次弾も同様、弾種・HEAT-MPで再装填。諸元、変わらず……!』

 独り言のように呟く声がまどかの耳にも届けば、すぐさま白井は次の一撃を撃ち放っていた。

 今度も、着弾点はほぼ同じポイントだった。だが、狙う相手は違う。吹き飛んだハーミット種の死骸の近くに押し寄せていた、中型種の群れだ……!

 白井の撃ち放ったHEAT-MP砲弾は、やはり一瞬でそこに到達。完全に踏み荒らされてしまっている水田にめり込めば砲弾の信管が作動し、凄まじい爆発を周囲に巻き起こした。それに多数のグラップルやソルジャーが巻き込まれたのは、最早言うまでもない。

『次弾、装填。カートリッジ交換、弾種・APFSDS……! ――――まどかちゃん、何ボサッとしてんのさっ!』

「っ!」

 また独り言を呟いた後で白井にそう言われ、ハッとしたまどかは止めていた手を再び動かし、機体が構える93A式20mm狙撃機関砲での支援砲撃を再開する。

『小物狩りはそっちの仕事だ、頼んだぜホントに!』

「分かってます! 貴方に言われるまでもありませんっ!」

『なら結構! ――――そら、次行くぜェッ!!』

 まどかが20mmで一発ずつ砲撃し、小型種狩りに勤しむ横で、また轟音と凄まじい地響きが丘を揺らす。白井が撃ち放ったAPFSDS砲弾は、やはり二匹目のハーミットを屠っていた。

「…………」

『……私たちには、私たちの仕事があるからね…………』

「……!」

 そんな白井機の様子を横目でチラリとまどかが見ると、今まで黙っていた霧香が突然そうやって話しかけてくるものだから、驚いてビクッとしたまどかは手元が狂い、20mm砲弾を一発あらぬ方向へとブッ放してしまう。

『っ!? っぶねえ……。気を付けてくれよ、頼むぜマジで!?』

 ともすれば、手を滑らせたまどかの放った砲弾は、群れの中で対艦刀を振るい暴れまくっていた一真機の足元に着弾し。暴れている最中にそんな超至近距離に味方の弾が飛んできたものだから、危うく友軍誤射フレンドリー・ファイアされかけた一真が驚きと怒りを織り交ぜながらの声で叫ぶ。

「すっ、すいませんっ!!」

 慌ててまどかがそう謝ると、しかし一真はニッと笑い『まあ結果オーライ。当たらなかったんだ、そこまで気にするなよ』と励ますようなことをまどかに呼びかける。その最中にも、両腕で振るう対艦刀は三体のグラップルを屠っていた。

『おっ? またお前はそうやってさあ、すーぐ女の子堕とそうとするんだから、もうっ。アキラお兄さんぷんすかぷんよっ!』

 そうすれば、白井がそんな冗談めいた軽口を言うものだから、一真は『ばっ、馬鹿っ!? そんなつもり無えよっ!?』と全力で焦りながら慌てて白井に言い返す。

『またまたぁ。そう言っといてお前、一体全体どんだけの女の子落としてきたワケよ? 瀬那ちゃんにエマちゃん、それにその他諸々。自分の胸に手当てて、よーく考えてみ?』

『ンな状況で当ててる暇なんか無えよ、バーカ! 大体オメーは何が"ぷんすかぷんよっ!"だ! 気持ち悪りぃんだよオメーに言われるとよぉッ!』

『がはははは、俺だから許されるのだ』

『許されねえよっ!?』

 そんな馬鹿な会話を交わしつつも、しかし一真の方は既に数十体を二振りの対艦刀で斬り刻んでいて。そして白井の方はといえば、たった今四体目のハーミットを140mmHEAT-MP砲弾で吹き飛ばしたところだった。

(……凄い)

 阿呆なやり取りを交わしつつも、しかし鬼神の如き戦果を積み上げていく一真と白井、二人の姿を横目に見ながら、まどかは半分無自覚の内にそう、思ってしまっていた。

 一真の方はさておき、白井の方はやはり好きにはなれない。ああいう男は、軟派で軽い調子の男は、やはり嫌いだ。

 だが――――認めなくてはならないだろう。ここまで余裕のやり取りで、あれだけの戦果を見せつけられてしまえば、幾ら嫌いな相手といえども認めるしかない。あの二人は、弥勒地一真に白井彰は、間違いなく己の数段上を行く男たちだと……。

『まあまあ、カズマもそうそうアキラのこと、怒れないよっ?』

『うむ。彼奴あやつの申すこと、あながち間違いではないからな』

 まどかがそんなことを考えている間に、同じく一真機のすぐ傍で暴れまくっているエマと瀬那が、そんなことを一真に向かって言っていた。

『二人まで、一体全体何言ってくれちゃってんのさっ!?』

『いや、だって……ねえ、瀬那?』

『ふっ……。無自覚というのが、却って一真らしくもあるがな』

『あはは、そうだね。カズマは、これぐらいで丁度良いや』

『納得いかねえ……』

 にこやかに、普段そこいらの道端で談笑するような会話でも、しかし三機はその動きを止めるどころか、その最中でも暴風のような殺戮の嵐を巻き起こしていた。

 瀬那機である藍色の≪閃電≫・タイプFは右手の対艦刀を振り回しながら、左手の93式突撃機関砲をブッ放し。敵に後ろを取られそうになれば対艦刀で刺し穿つか、或いは機関砲の銃剣で斬り払い、刺し貫き、そのまま零距離で大量の20mm砲弾を叩き込むなど、無茶苦茶な戦い方をしている。

 そしてエマの駆る、市街地迷彩が施された≪シュペール・ミラージュ≫の方はといえば。同じように左手の対艦刀を振り回してグラップルやアーチャーを斬り刻みながら、右手に構える93B式支援重機関砲から鬼のような弾幕を張っている。そんな戦い方をするエマ機に至っては、敵が殆ど寄りつく前に仕留められてしまっている始末だ。

(世界が、違いすぎる……)

 そんな三人の戦い振りを眼下に見下ろしていれば、まどかは知らず知らずの内にそう、思ってしまう。

 ――――A組には問題児ばかりが集められているという噂を、前にまどかは耳にしたことがあった。優秀だが性格に難があったり、家庭環境に変な事情があったり、また別の理由だったり、エトセトラ、エトセトラ……。

 確かに、白井を見ていればそれも納得出来た。あんな軟派で軽すぎる奴、手綱を握れるとしたら、幾千幾万の修羅場を潜り抜けてきたあの教官二人以外には居ないだろう。今こうして直に接していれば、まどかにはそれが確信できた。

 正直、A-311小隊としてあの面々の中に加え入れられると知った時、まどかはあまり良い気がしていなかった。特に、白井とのファースト・コンタクトからあんなザマだったものだから、尚更だ。

 だが――――こうして彼女らの鬼神が如き戦い振りを見ていれば、そんな思いはもう、まどかの胸中からは欠片も残さず吹っ飛んでしまっていた。

 ――――頼もしい。

 素直に、そう思える。白井とてそうだ。あれだけの腕前がある男が同じポジションに着いているのなら、自分も戦い抜ける。

「……でも、やっぱり不潔です」

 しかし、何度思ってもあの性格だけは許容出来なかった。しかし――――まどかは、そうひとりごちる己の顔が、何処か緩んでいることに気付いてはいなかった。

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