Int.69:ファースト・ブラッド/吉川ジャンクション迎撃戦⑦

「――――ヘッ」

 伝わってくるのは、確かな手応え。伝わるはずもないのに、奴を仕留めたという確かな手応えが突撃散弾砲の銃把から、それを握る≪閃電≫の左手マニピュレータから腕を、そして胸のコクピット・ブロックを通して、操縦桿を握る一真の左手にまで確かに伝わってくる。

 そうすれば、口角が無自覚の内に軽く釣り上がってしまう。大物を仕留めた甘美な余韻に酔いしれていたいところだったが――――しかし、事態は一真にそれを許してはくれなかった。

 ――――突如としてコクピット・ブロックに鳴り響く、接近警報。それに驚き眼を見開いた一真が反射的に横へ振り向けば、シームレス・モニタの中に見えたのは。

「嘘、だろ……?」

 もう一匹の、ハーミットだった。

 おかしい、確かにハーミットの数は二匹だった。今自分の機体が踏みつけているコイツで、大物狩りは最後だったはずだ。

 しかし、現実として三匹目のハーミットは、そこに居た。絶対的な脅威として、凄まじい勢いで六本の脚を芝の大地に擦りつけながら、自動車かってぐらいの速度で一真の≪閃電≫を屠らんと、一直線に突っ込んできている。

『――――寺くんっ! 弥勒寺くんっ!』

 そうしていると、ふとそんな声がやっとこさ耳に入って来て、一真はハッとする。すると視界の端には錦戸の顔が映し出されたウィンドウが浮かび上がっていて、そこに見える錦戸の表情は、ひどく焦っているようにも見えた。

『申し訳ない、撃ち漏らしがそっちに! 早く離脱を、君の兵装ではもう……!』

 必死の形相で叫ぶ錦戸の言葉を聞きながら、一真は無意識の内に状況を確認しようと、コントロール・パネルの液晶モニタに映る略地図へと視線を向けていた。

 確かに錦戸の言う通り、あちらから流れていった敵が、いつの間にやらこちらに流れて来ていたらしい。だが錦戸は未だに多数の軍勢を相手に独りで大立ち回りを繰り広げている為、とてもあそこから救援になど来られやしないだろう。

 そして最悪なことに、ハーミット二匹を屠る為に、一真は手持ちの兵装の殆どを使い果たしてしまっていた。220mm対殻ロケット砲も無い今、奴に対して有効な武器はもう、無いと言ってもいい。

「チョイと、流石にヤベーなこりゃあ……ッ!」

 そんな状況に陥っていると分かれば、流石の一真も冷や汗を流し。咄嗟に右手マニピュレータを刺さったままな対艦刀の柄から離せば、乗っていたハーミットの死骸の甲殻を蹴り、一気に後方へと飛び退く。

 このままスラスタで逆噴射を掛け、一気に飛び退けばいい――――。

 そう、一真は考えていた。

「ッ?!」

 ――――だが、たかが数mの高さを後ろに飛んだ、その時だった。≪閃電≫の返り血に塗れた純白の装甲に、着弾の衝撃が襲い掛かってきたのは。

「"アーチャー"……!?」

 間違いなく、≪閃電≫の真っ赤なツイン・アイはその姿を捉えていた。

 迫り来るハーミットの後方、追従する赤茶けた軍勢。追加のハーミットの姿があまりに衝撃的で今の今まで気付かなかったが、ハーミットの後ろにはグラップル種と、そしてその中に多数のアーチャー種が混じる格好で、中型種の軍勢までもがこちらに流れてきていたのだ。

 そうすれば、今も白い装甲を叩き続けるこの深い着弾音と微かな衝撃の正体が、こちらに迫り来るアーチャー種から放たれるマシーン・ガンの生体砲弾だと一真は自ずと理解する。

「なんてこったよ、よりにもよって……!」

 一真は大きく舌を打ちながら、サブ・スラスタで逆噴射を掛け地面に急降下。土埃を巻き上がらせながら着地すれば、先程始末したハーミット二体の死骸を遮蔽物代わりにして、自身の機影をその陰でしゃがみ込むことで、アーチャーの射線上から身を隠す。

 こうすれば、一応はアーチャーの砲撃は一時的にだが凌げる。あれだけ忌々しく思えていたハーミットの硬すぎる紅白の甲殻も、今では頼もしい盾に見えてきてしまう。

 だが、これは一時的なことだ。敵がこっちに迫ってきている以上、距離を取らねば始まらない。このままここで耐えているだけでは、いずれジリ貧で押し潰されてしまう。さっきのステラの二の舞、いやそれ以上に厄介な状況に陥ることは確実だ……!

「こりゃあ、ちぃと予定外だな……」

 漸く冷えてきた頭で冷静に呟きながら、一真は右手に持ち替えた88式突撃散弾砲の空弾倉を足元へイジェクトし、腰部後方の弾倉ラックから左手マニピュレータで直接引っ張り出した新しいカートリッジを、そこへ突っ込んでやる。今度はダブルオー・キャニスターの通常散弾でなく、徹甲用の75mm口径APFSDSスラッグ弾のカートリッジだ。

 或いは戦車の側面装甲ぐらいなら撃ち抜けるこの75mmAPFSDSスラッグ砲弾なら、ハーミットに対してもある程度の効果は期待できる……。

 そう思いながら、一真は隠れたハーミットの死骸から少しだけ機体の顔を出し、向こう側の様子を伺う。

 やはり、軍勢の中で一番目立つのはハーミットの姿だ。正面に突出した一体以外にも、後方に何体かの姿が確認出来る。

 そして、そんな突出した一体のハーミットの後に続くのは、やはりグラップル種とアーチャー種の一団だ。その数はそこまで多くないが、しかしアーチャーを正面に立たせているせいで、一真はどう動こうとあの苛烈な砲火に身を晒すことになってしまう。

「ったく、コース料理だろ? 追加オーダーなんて頼んだ覚え、無いんだがね……?」

 苦い顔をしながら、一真は珍しく冗談みたいなことを口走った。こんな冗談でも飛ばしてなけりゃあ、とてもやってなどいられない状況だった。

「だがまあ、やるっきゃねえ……」

 この位置では、恐らく白井の支援砲撃も届かないだろう。ミサイル・ランチャーを携える霧香とまどかの、同じく後衛に控えた二人のミサイラーも同様だ。錦戸はあの調子だし、国崎は相変わらず後ろからペチペチ撃ち続けているだけ。こんな状況では、とても支援なんて期待できそうにない。

 だとすれば――――活路を切り拓けるのは、己を置いて他に無いというワケだ。

「全く、燃えるシチュエーションだこと」

 皮肉めいたそんな言葉を漏らしながら、一真は機体が右手に持つ突撃散弾砲の砲身をハーミットの死骸に乗せ、甲殻の上に預けた格好で狙いを安定させながら、半身だけを乗り出して構える。

 ともかく、今はやれることをやるしかない。そう言う思いが、一真を突き動かしていた。

(正面のハーミットだけ何とか出来りゃあ、敵の勢いは削げる……!)

 祈るように胸の内で呟きながら、一真は右の操縦桿のトリガーを引いた。

 ――――撃発。突撃散弾砲の砲口で激しい火花と爆炎が迸ると、75mm口径のスムーズ・ボア砲身を滑り込んできたAPFSDSスラッグ弾頭が飛び出していく。

 飛翔しながら、途中で邪魔なサボット部分を切り離せば、ダーツの矢めいて細身でスリムな格好になった弾頭が、音の壁を容易く突き破るような速度で突き抜ける。狙う先は唯ひとつ、迫り来る真っ正面のハーミット種のみ……!

 着弾までの感覚は、一瞬。一瞬の内にハーミット種の甲殻へと到達したAPFSDS弾は、そのまま紅白の硬すぎる甲殻へと突き刺さり。辛うじてその殻を突き破れば、内部の柔肉にまで到達した。

 小さな血飛沫が着弾と共に微かに上がった瞬間、一真は確かな手応えを感じていた。

 しかし、ハーミットの動きは止まらない。勢いも、弱まらない。身体の一部を徹甲弾に抉られても尚、その脚を止めようとはしなかった。

「チィッ! やっぱコイツじゃあ、致命傷には……!」

 一真は大きな舌打ちと共に毒づきながら、突撃散弾砲を二発、三発と続けざまにブッ放していく。カートリッジの中身を撃ち尽くすまで、その勢いは止まらない。

 撃ち放ったその全弾を、一真はハーミット種の正面甲殻へと命中させた。撃ち放ったAPFSDS砲弾の全てが例外なく甲殻に突き刺さり、その内側の柔肉までに到達していた。

 ――――だが、それでもハーミット種の勢いは止まらない。途中で何度か多少のよろめきは見せたものの、しかし未だに息絶えること無く。甲殻から何十本もの杭めいたAPFSDSの矢を小さく垣間見せたまま、一真機との距離を100m以内にまで接近していた。

「こんだけブチ込んでも、駄目なのかよ……!?」

 突撃散弾砲のカートリッジに込められた砲弾全てを撃ち込んでも尚、動き続けているハーミット種と正対しながら、流石の一真も狼狽した様子を見せる。

 慌てて空のカートリッジをイジェクトしながら、新しいものを大急ぎで再装填する。しかし、その頃には既にハーミットは一真機から50m以内にまで迫っていて、振り上げられたあの巨大な爪が、今にも純白の装甲へと振り下ろされんとしていた。

『――――伏せて、カズマッ!!』

 破れかぶれでも構わないと、アーチャーからの多少の被弾は覚悟し、一真がイチかバチかの全力ブーストでの後退に踏み切ろうとした、その寸前――――飛び込んで来たのは、そんな叫び声だった。

「ッ……!?」

 咄嗟のことに一真は考えるよりも先に身体が動き、ハーミットの死骸の陰に機体を引っ込めさせると、そのまま膝立ちの格好でその後ろに機体全てを隠す。

 それから、僅かコンマ数秒後――――何かが≪閃電≫の背中の真上を通り過ぎたかと思えば、物凄い爆炎と衝撃波が、凄まじい地響きを伴ってゴルフ場に轟いた。

「な、なんだ……!?」

 胃がひっくり返りそうなぐらいの衝撃に頭を混乱させながら、一真が恐る恐るといった風に死骸の陰から顔を出すと。すると、その視界の中では……。

「…………!」

 ――――今まさに目の前にまで迫っていたハーミット種が、身体の半ばから千切れ飛ぶようにして吹き飛び、息絶えている光景が眼に飛び込んできた。

 まさか、と思って一真が振り返ろうとした時、それよりも早く頭上を二機の機影が飛び越し、市街地迷彩と藍色、二機の背中が地面を抉りながら着地し滑り込み、一真の前に颯爽と現れた。

『無事であるか、一真っ!?』

『――――ギリギリ間に合ったみたいだね。お待たせ、カズマ』

 銃剣とグレネイド・ランチャー、それぞれぶら下げた93式突撃機関砲を両手に持つ藍色の≪閃電≫・タイプFと、そして左肩に抱えていた対殻ロケット砲の筒を足元に投げ捨てる、市街地迷彩の≪シュペール・ミラージュ≫。待ちわびていた二人の戦乙女ヴァルキリーが、漸くカズマの前に姿を現したのだ。

「……ヘッ」

 案ずる色を垣間見せながら必死の形相で呼びかける瀬那と、クールで不敵な顔のエマ・アジャーニ。二人の動きに呼応するかのように小さく首を振り向かせる≪閃電≫と≪シュペール・ミラージュ≫、二機の背中を見上げながら、一真は知らず知らずの内に笑みを零してしまっていた。

「やっとご到着か。――――遅せえぜ、二人ともよ?」

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