Int.70:ファースト・ブラッド/藍の巫女と金色の騎士、二人の戦乙女

『悪いね、少し遅れちゃった。でも、ヒーローってのは遅れてくるものだ。そうでしょ、カズマ?』

 ニッと不敵に笑うエマの冗談みたいな言葉に、「違いない」と一真もニッと笑みを浮かべながら頷き返してやる。

『にしても、間に合って良かった。大丈夫、カズマ? まだその機体、動かせる?』

「問題ない、機体そのものには大したダメージは無いさ……。おかげさまで、な」

 一真はエマにそう頷きながら、再び≪閃電≫を死骸の後ろで膝立ちの格好に戻し。咄嗟のことで手を離していた突撃散弾砲を拾い上げると、それを再び右手マニピュレータで構え直す。

『話は、後にしろ! 一真、我らと共に一旦後退するぞ!』

「了解……。錦戸教官は?」

『――――私なら、心配は無用です』

 藍色の≪閃電≫・タイプFを仁王立ちさせ、両手の突撃機関砲で鬼の制圧掃射を撒き散らしながらの瀬那にそう頷いてやっていると、横から飛び込んで来るのは錦戸の声だった。

『私の方は、こちらで何とかしましょう。それより弥勒寺くん、無事で何よりです』

「あっ、はい」何故だか恐縮しながら頷く一真。それに錦戸は相変わらずの好々爺めいた笑みを浮かべて、

『02の撤退タイミングに合わせて、私も下がります。……03、05、彼のフォローを頼みます』

『元より、そのつもりだ』

『05了解。安心してください、教官。カズマは僕たちで、引きずってでも連れて帰ります』

 瀬那とエマが二つ返事で答えれば、錦戸は『そうですか、ではお願いします』と小さく頷けば、それっきりで通信を切ってしまった。

『さて、お話はここまでだ。行こうカズマ、僕らで援護する!』

「分かった! 女の子に護られながらってのは趣味じゃないが……今日ばかりは、お言葉に甘えさせて貰うぜっ!」

 左手を添えて右手マニピュレータで銃把を握る93B式20mm支援重機関砲を撃ちまくるエマ機と、両手の突撃機関砲を撃ちながら、時折右手側の機関砲にぶら下げた130mmグレネイド・ランチャーをブッ放す瀬那機。その二人とタイミングを合わせ、一真はスラスタに点火。自分も散弾砲で牽制射撃を加えつつ逆噴射を掛けながら、彼女ら二人と共に急速にこの場を離脱していく。

『ヴァイパー01へヴァイパーズ・ネスト、02以下右翼前衛部隊が離脱を開始しました』

『錦戸、そろそろ頃合いだ。お前も退け!』

 そうしていれば、通信から聞こえてくるのは美弥の冷静な声音と、珍しく語気を荒げた西條の声だ。

『ヴァイパー01、了解。国崎くん、申し訳ないですが少しだけ前進して、私の方に支援砲撃をお願いします』

『りょ、了解っ! 08、前進します!』

 すると錦戸がそう指示し、後方に引きこもっていた国崎が戸惑いながら前へ出て、錦戸の展開する左翼側へと突撃機関砲で制圧射撃を行い始めた。

『…………弥勒寺』

 そんな左翼側の様子を横目に眺めながら、一真が瀬那とエマの援護を受けつつ撤退していると。唐突に声を掛けてきたのは、左翼側で制圧射撃を続ける国崎だった。

『やはり、貴様は滅茶苦茶な男だ』

「今更だろ?」

『ああ、今更だ。全く、今回のことだって無茶が過ぎる。綾崎とアジャーニが間に合わなければ、どうなっていたことか……』

 ニヤニヤとする一真を疎めるようにして国崎は言うと、その後で『……だが』と付け足して、

『やはり、実力だけは認めざるを得ない。……ハーミット二体を葬った手際、称賛に値する』

「……ヘッ、素直じゃないこと」

『勘違いはするな、俺はまだ貴様を認めたワケじゃない。

 俺たちがやっているのは一対一の勝負じゃない、大勢同士がぶつかり合う戦争なんだ。……貴様はもう少し、協調性というものを覚えた方が良い』

「へいへい、肝に銘じとくよ、先生?」

『誰が先生だっ!!』

 ニヤニヤとわざとらしく一真が言えば、語気を荒げて予想通りの反応を国崎は返してくれる。どうやら、自分に向ける態度はアレなものの、悪い奴では無いらしい。

『……全く、国崎の言う通りだ。アレだけ無茶は止せと申しておいたのに、其方という男は……』

 そうしていると、瀬那が呆れたように肩を竦めながらそう呟く。するとエマも『あはは』と笑って、

『やっぱり、カズマには僕たちが付いていてあげなくちゃ、駄目みたいだね?』

 そんなことを口走れば、瀬那も『うむ』と頷いた。

『其方の背中は、やはり我らが一番のようだ』

『あはは、言えてる。確かに、僕と瀬那でカズマのフォローに回るのが、一番だよねっ』

『違いない』

 自分をよそに、そんな風に瀬那とエマの二人が盛り上がっているものだから。それを横で聞きながら、一真も「……ふっ」と小さく笑みを零す。

 ――――今回ばかりは、二人に完全に助けられた形になってしまった。藍色と金色、二人の戦乙女ヴァルキリーに。

 男の立場としては、少しばかり悔しいような気持ちも、無くは無い。だが、それ以上に一真は――――心の何処かで、小さな確信を得ていた。己の両翼を護り、そして背中を合わせる戦乙女ヴァルキリーたちに。

『――――スカウト1、目標ポイントに到達。敵集団の位置観測を開始する。ヴァイパーズ・ネスト、指示を』

 すると、通信で聞こえてくるのはそんな声。見ると――――遙か遠くの、そして低空。そこに、森林迷彩の塗装が施された回転翼機の機影が、OH-1"ニンジャ"偵察ヘリコプターの姿が、確かにそこに在るのが一真からでも見えていた。

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