Int.68:ファースト・ブラッド/吉川ジャンクション迎撃戦⑥
「オオォォォ――――ッ!!」
魂の雄叫びを上げながら、白き閃光が流れ星のように地上を這い、駆け抜ける。JS-17F≪閃電≫・タイプFと弥勒地一真、独りの男と物言わぬ
背中の向こう側から『貴様、何をする気だ!?』と国崎の制止する声が聞こえてくるが、構うものか。今ここで往かねば、己は己で無くなってしまうのだ。己は、弥勒地一真は、やはり
「派手に行こうぜ、なぁッ!!」
背中のメイン・スラスタも、背中方向の"ヴァリアブル・ブラスト"のサブ・スラスタも、その全てを全開出力で吹かしながら、一真は真っ直ぐに突撃を敢行する。
そして左肩に背負う巨大な筒を構えれば、その77式220mm対殻ロケット砲が火を噴いた。
そのあまりの反動に、地を這うように飛び抜ける≪閃電≫のバランスが一瞬、崩れる。しかしその頃には220mmの艦砲めいた常識外れな口径のロケット弾は既に砲口から飛び出していて、安定翼を展開しつつ尻のロケット・モーターに火を付けたロケット弾頭は、一真の狙い定めた標的に向かい凄まじい速度で突っ込んでいく。
そうして――――彼の視界の中で、凄まじい爆炎が爆ぜた。ステラを追い掛けていた二体のハーミット種の内一体が220mmロケットの直撃を喰らい、文字通り吹き飛んだのだ。
流石の硬い甲殻を持つハーミットといえども、220mmロケット弾の直撃を喰らえばその甲殻を容易く割り、吹き飛ばされてしまう。"対殻"の名が示す通り、ハーミット種の甲殻を一撃でブチ破る為に生み出されたこの77式ロケットが、奴の忌々しい紅白の甲殻を突き破れないはずがなかったのだ。
「まずは、一匹……!」
不敵に笑いながら、一真は無用の長物と化した左肩のロケット砲を手放した。今や単なる鉄の筒と化したロケット砲がゴルフ場の芝の上を跳ねるのも気にせず、一真は既に空いていた右手マニピュレータを左腰のハードポイントへと走らせる。
93式突撃機関砲の20mm砲弾ではハーミット種に対してクソの役にも立たないのは既に分かっていたことだから、飛び出す前から右手の突撃機関砲は既に棄てていた。その代わりに左腰から抜き放つのは、得意の日本刀めいた73式対艦刀だ。
抜き放った対艦刀の柄に左手マニピュレータも這わせつつ、右下方へ下段に構える格好になりながら、一真と≪閃電≫は地を這い滑走し、飛び抜ける。目指す先はただ一点、残ったもう一匹の"ハーミット"に他ならない……!
「一撃で、貰い受けるんだよ――――ッ!!」
凄まじい速度でハーミットとの距離を詰め、そして一真はハーミットのある一点に狙い定めると――――着地と共に深い一歩を踏み込み、下段に構えていた対艦刀を振り上げた。
芝の大地を削りながら着地した≪閃電≫が更なる一歩を踏み込んで、そして構えていた対艦刀を研ぎ澄まされた一閃で以て振り上げる。狙うはただ一点、正対するハーミットの、その忌々しくもデカい左の爪だ……!
「だァァァァ――――ッ!!!」
雄叫びと共に、振り上げられる対艦刀。その軌道は、確かに左の爪、その付け根を捉えていた。
(幾ら殻が固かろうが、ここならそうもいかねえだろ……ッ!!)
ニッ、と一真は小さく笑う。一撃が決まることを確信し、小さな笑みを浮かべる。
――――しかし。
「な……っ!?」
確かに、対艦刀はハーミットの左の爪、その付け根を捉え、その刃を触れさせていた。
確かな感触があった。確実に刃が相手を捉えたという、手応えが。
しかし――――だからこそ、信じられなかった。振り上げたはずの対艦刀の刀身が、強化炭素複合繊維で出来た凄まじく硬く、靱性のある刀身が、ハーミットの腕に激突した瞬間、半ばからへし折れてしまったことが。
絶句し、目を見開く一真。とても、目の前の光景が信じられなかった。
だが現実は無情で、へし折れた刀身は緩く回転しながら宙を舞い、そして一真と≪閃電≫の真後ろの地面に突き刺さる。後に残るのは、己が柄を握る、半ばより上の刀身が姿を消した、対艦刀だった物の残骸だけだ。
『いけない――――! 避けてください、弥勒寺くんッ!!』
すると、未だ別の敵と戦い続ける錦戸が、こちらを見ながら必死の形相で叫ぶ。
それも当然のことだった。一真が唖然としていたほんの一瞬の内に、ハーミットの方も動いていて。一真が斬り掛かったのと反対側の、右の巨大な爪が振り上げられていて、それが今にも≪閃電≫の白い装甲を喰い破らんと、振り下ろされようとしていたのだ。
「ッッッ!」
こんなところじゃ、終われねえ――――ッ!!
しかし、一真の行動は尋常でなく速かった。
生を諦めぬ強い意志が、一真の思考を極限にまで加速させていく。無用の長物となった対艦刀の残骸を放り捨てながら、スラスタを吹かし急激に飛び上がるまで、同時進行ながらその行動に掛かった時間はコンマ数秒にも満たない。
大きく、しかしアーチャーに撃ち抜かれないよう数mだけの高さを飛び上がりながら、一真は右腰に残ったもう一本の対艦刀を左手マニピュレータで手繰り寄せる。
「まだ、俺は――――」
それの柄を両手で握りつつ、しかし刃を向ける方向は下方。逆手に握り締めた対艦刀の切っ先を突き立てるようにして、柄の底を左手マニピュレータの掌で抑えつけながら、一真は"ヴァリアブル・ブラスト"を再び全開起動。下方向へ向け全力の逆噴射を掛ければ、≪閃電≫の機影は再び純白の流星へと変わり果て、流れ落ちる隕石のような勢いで地面へ、そしてそこに立つハーミットの真上に向かい、直上から襲い掛かる。
「こんな所で、終われねえんだァァァァ――――ッ!!!」
雄叫びと共に、白き流星と化した≪閃電≫・タイプFと一真が、直下のハーミットの甲殻へと向けて流れ落ちていく。
――――幾らハーミットの殻が固かろうが、生物である以上そこに必ず隙間はある。無防備な中身へと刃を滑らせるための、その隙間が。
一真は、賭けに出たのだ。この凄まじい加速度の中、細い刀身をハーミットの甲殻、その僅かな隙間へと滑り込ませる、そんな賭けに。
正直に言って、賭けとしての
しかし、ここでこのハーミットを抑えなければ、こちら側の敵の勢いは増すばかり。ここで押し負ければ更に錦戸の負担は増えることになり、最悪の場合はそのまま雪崩込まれて、戦況そのものが破綻しかねない。その先にあるのは、部隊全員の死か、或いはそれに近しい結果のみだ。
(俺は、生きて返すと誓った、約束した!)
なら――――分が悪かろうと、この賭けに乗る以外にはない。今ここで敵の勢いを削げる者は、己を置いて他にはないのだから。
ゴルフ場を主にした前衛部隊の戦線は、ステラの包囲を切っ掛けとして、最早完全に崩壊しかけている。一度退いて立て直す為にも、ここで敵の勢いを削いでおかねばならないのだ。他でもない、己自身が。
であるのならば、やるしかない。必ず生きて返すと固く誓ったのならば、瀬那を再びあの場所に戻してやると誓ったのならば、己は命を賭してそれを全うするのだ。例え分が悪いギャンブルであろうと、男が一度誓ったことを覆すワケにはいかない。弥勒地一真という男は、それを赦せる男ではない。
「幾ら何でも、賭けとしちゃあ分が悪すぎるぜ…………」
――――だが。
「俺は、嫌いじゃないぜ、そういうの――――!!」
凄まじい降下感と加速度の中、一真は不敵に笑いながら、しかしその双眸を必死に巡らし、眼を凝らす。
(何処だ、隙間は……!)
――――見えた。
(あそこか……!)
甲殻の隙間は、見つけた。己が突き貫くべき、唯ひとつの活路は。
だとすれば、後に己がやるべきことは唯ひとつ。あの隙間へと対艦刀の切っ先を滑り込ませ、奴を屠る。ここで、奴らの思い通りにはさせない……!
「突き穿ち、貫き通す…………!」
眼下の一点へと対艦刀を突き立て、白き閃光は流星の如き勢いで肉薄する。推進剤の噴射炎を身に纏いながら風を切り、凄まじき勢いを以て。
「止められるものなら――――止めてみやがれェェェェ――――ッ!!」
――――激突。
雄叫びと共に深く突き刺さる対艦刀の切っ先は、確かな感触を以て甲殻の隙間へとめり込み、その奥に隠した柔い肉を強化炭素複合繊維の刃で以て容赦無く斬り裂き、穿つ。
凄まじい痛みに、ハーミットが怪鳥のような雄叫びめいた悲鳴を上げる。それを聞けば――――彼は、小さく口角を釣り上げた。
「まだだ、お楽しみはこれからだぜ……!」
一真は深く突き刺さった対艦刀の刃を捻り、倒し、テコの要領で強引に甲殻の隙間を押し広げる。苦しみ喘ぎ、もがき暴れるハーミットの上げる悲鳴が、今は却って心地良い。
そして、一真の意に従い≪閃電≫はその左手マニピュレータを対艦刀の柄から離した。淀みなき手つきで背中側に回された左腕が掴み取る銃把は、サブ・アームを兼ねた背部マウントの左側に懸架されていた得意の獲物、お気に入りの88式75mm突撃散弾砲だ。
「ヘッ……」
それを引っ張り出せば、一真は小さく不敵な笑みを浮かべ。そして突撃散弾砲の砲口を眼下のハーミットへと向けると――――あろうことか、その砲口を甲殻の隙間へと突き刺したのだ。
捻った対艦刀で広がった隙間へ、75mm口径の図太い砲口が容赦無くめり込んでいく。暴れるハーミットから振り落とされないように右手は対艦刀を掴んだまま、一真は左手に握る突撃散弾砲の砲口を、更に深くへとめり込ませる。
「さっきのお返しに、コイツは俺の奢りだ……! 遠慮せず、全部持っていきやがれェェェェ――――ッ!!」
ニィッと、凶暴とも取れる狂気に満ちた笑みを浮かべれば、一真は迷うことなく左の操縦桿のトリガーを引いた。
凄まじい撃発音と共に、突き刺した突撃散弾砲の砲口から、ダブルオー・キャニスターの通常散弾が撃ち放たれる。零距離で容赦無く撃ち放たれた散弾は無慈悲にハーミットの柔い肉を裂き、内臓を粉々に吹き飛ばしていく。
ハーミットの雄叫びめいた悲鳴と共に、甲殻の隙間から飛び出した紅い返り血が、≪閃電≫の白く穢れのない装甲を真っ赤に汚していく。
しかし、≪閃電≫はその勢いを緩めない。人間の双眸めいた真っ赤なツイン・アイから無慈悲な視線で見下ろしながら、何度も、何度も突撃散弾砲を撃ち放つ。
カートリッジが空になるまで撃ち続けた突撃散弾砲から放たれた散弾は、その数を数千粒にも及ぶ。機体制御OSが網膜投影で以て一真に弾切れを知らせてくる頃には、乗っかるハーミットは既に息絶えていて。口や甲殻の隙間から惨たらしい血と臓物の欠片を垂れ流しながら、力なく地面に崩れていた。
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