Int.58:ファースト・ブラッド/大鷲たちは西方へ、深蒼の影は闇の中へ
六機のCH-3ES"はやかぜ"大型輸送ヘリコプターが多数のTAMSを伴って京都士官学校から離陸していく様子は、京都の中心街に天高くそびえ立つここ、京都タワーの展望台からもはっきり望むことが出来ていた。
「あれ、何かしら?」
それに最初に気付いたのは、偶然ここを訪れていた一組の老夫婦の、その年老いた妻の方だった。
「む? ……軍のヘリだね、あれ」
すると、白髪にまみれた頭で振り向いた夫の方も、また飛び立っていくCH-3ES"はやかぜ"の輸送小隊の機影に気が付く。
そうすれば、展望台に訪れていた他の客たちも次々と輸送ヘリ小隊の機影に気付き始め。それを一目見ようと群がる群衆の中に、困惑と不安が入り交じったどよめきが起こり始める。
「……TAMS? っていうのかしら、あのロボット。凄い数吊り下げてない?」
「凄い、十機は居るよ。でも、この近くに軍の基地なんてあったっけ……?」
「大したものはなかったはずだけれど。あっちって、桂川駅の方でしょ?」
「だったら、士官学校があったやろ確か」
「士官学校なら、余計おかしくない? あそこの子たち、いつも大っきなトラックに乗せて移動してるわよ?」
「……西だな、飛んでった方角」
「ちょっと、西ってことは最前線の方じゃない……」
「どういうことだ…………?」
見知らぬ人々が、顔を突き合わせ首を傾げ、それぞれ疑問符を浮かべながら言葉を交わし合うが、しかしそれは不毛な推測ばかり。一向に答えを出せぬまま、京都タワーに詰めかけていた群衆はただ、飛び立つヘリ小隊を遠巻きに眺め、見送ることしか出来ない。
「――――」
しかし、一ヶ所に詰めかけたその群衆より、少し離れた所で――――同じように飛び立つCH-3輸送ヘリ軍団を眺めながら、しかし動揺の色を一切見せず。ただ涼しい顔で、コンパクトな双眼鏡を眺めているだけの男が立っていた。
首の根元ぐらいまで伸びた長い襟足の、深蒼に染まった髪を空調から吹き出す柔な風で微かに揺らしながら。その男はポロシャツとズボン、その上下共に黒で統一した上より、袖を折り曲げた藍色の、時季外れとも取れるロングコートを羽織る格好だった。
クールに冷え切った、しかし何処か不敵に笑うその顔に、双眸に近寄らせた双眼鏡。その接眼レンズへ拡大して映し出される視界の中には、今も西方へと飛び立つCH-3ES輸送ヘリの姿が捉えられている。その先頭のヘリに吊られる、白と藍色、二機の妙な機影の姿をも。
「……やはり、アレは"マーク・アルファ"に間違いないですね」
その男――――ある筋からはマスター・エイジと呼ばれている男は白と藍、二機の機影を双眼鏡越しに眺めながら、そんな独り言を小さく、囁くみたいな細い声色でひとりごちていた。
「しかも、二機ですか。少佐も存外、まだまだ錆びてはいないというわけですか」
マスター・エイジはニヤリと小さく口角を釣り上げる。吊られているあの二機は、確かに"マーク・アルファ"――――ごく一部にしか行き渡っていないエース・カスタマイズ機、JS-17F≪閃電≫・タイプFのそれに相違ない。
そんな、士官学校にとっては場違いすぎる曰く付きの代物を、あんな堂々と世間様に晒しながら空輸してしまうとは……。
こればかりは、マスター・エイジにとっても予想の範囲外のことだった。
しかし、此処を訪れることが出来たのは僥倖だった。この広い京都の中、しかし一番背の高い建造物といえばこの京都タワーを除いて他に無いのだから、こうやって士官学校から飛び立つヘリ小隊の姿が望めても当然のことなのだ。
今日、この時間に彼らが西へ往くという情報は、倉本少将を通してマスター・エイジも知るところではあった。しかし、マスター・エイジも多忙の身。直にこうして見物出来るという確たる保証は、何処にもなかったのだ。
だからこそ、こうして此処を訪れることが出来たのは、マスター・エイジにとって何よりの僥倖だったのだ。現にこうして、"マーク・アルファ"の機影も己の双眸で直に確認することが出来た。これだけでも、忙しすぎるスケジュールを調整し、無理に此処へやって来ただけの甲斐はあったというものだろう。
「藍色の方は……まあ、瀬那でしょうね」
まず間違いないだろう、とマスター・エイジは確たる自信を以てそうひとりごちる。西條ならば、瀬那にアレを与えていてもおかしくはない。というか、与えて当然だろう。西條が言わなくても、綾崎重三の方から勝手に送りつけて来そうなものだ。
「しかし、白いタイプFですか……」
まさか、少佐が自ら出陣を――――?
一瞬脳裏に過ぎったその考えを、しかしマスター・エイジは即座に否定する。今の西條が、この程度のコトで出張れるはずがないのだ。何せそうしたのは、彼女に鎖と足枷を嵌めたのは、他ならぬマスター・エイジたち
「では、あの機体には誰が……?」
次に浮かび上がるその疑念に、確たる答えはない。
――――しかし、ある噂を耳にしたことはあった。
「まさか、アレに乗る者が、例の噂の……」
決して、否定は出来ない。が、決めつけることも出来ない。
ただひとつ、問題なのは――――ああして現に、純白のタイプFが出撃しているということだ。元は西條の物であっただろうあの機体を、伝説に名を残す白き死神の鎧を、別の誰かが纏って。
「まあ、これは今後の楽しみとしておきましょうか」
人生、楽しみのひとつやふたつないと、面白くはありませんからね――――。
フッと微笑を浮かべながら、クールな横顔のままでそう呟いたマスター・エイジは、双眸に当てていた双眼鏡を顔から離した。
その双眼鏡を懐に戻せば、すぐに興味をなくしたかのように踵を返し、そして展望台を出て行こうと歩き出してしまう。
藍色のロングコート、その裾を翻しながら、颯爽とマスター・エイジは京都タワーの展望台を後にしていく。比較的目立ちやすい容姿の彼だが、しかし飛び立つヘリ小隊の尋常ならざる雰囲気に
「……足掻いて、抗いなさい。少佐の……いいえ、大尉の子供たちよ」
そうでなくては、こちらも面白くありませんから――――。
「では、少佐。またいずれ。機会があれば、いずれ直にお会いすることもあるでしょう」
そんな独り言を残しながら、マスター・エイジは展望台から消えていく。独特な雰囲気を纏った男が一人消えても、しかしそれに気付く者は誰ひとりとして居なかった。
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