Int.57:ファースト・ブラッド/SALLY
ホヴァリングするCH-3の高速回転するメイン・ローターから吹き込む、叩き付けるような突風に砂埃の舞うグラウンド。そこで、膝を突いていた十機の巨人が鋼の関節を軋ませ、8mの巨体を次々と立ち上がらせていた。
「…………」
立ち上がる鋼の巨人たちの、その中の一機。純白の装甲に身を包む≪閃電≫・タイプFのコクピットで、一真はシームレス・モニタ越しに眼下へ見下ろす地上誘導員の指示に従いながら、無言のままに機体を歩かせる。
指定された場所まで歩き、真上でホヴァリングするCH-3ヘリコプターの腹を見上げていれば、ヘリの腹から降りてきた牽引クレーン・ワイヤーが機体の背中にある牽引用ハードポイントに触れ、そして接続される。
そうやって白い≪閃電≫と上空のCH-3ヘリコプターとが連結されれば、今度はその真後ろに歩いてきたもう一機の≪閃電≫・タイプFが、一真機と縦並びになれば同じようにクレーン・ワイヤーと背中を連結されていた。装甲を藍色に染め上げたあの機体は、瀬那のものに間違いない。
同様に他の連中の機体もそれぞれのCH-3にワイヤーで二機ずつ連結されれば、地上クルーによる目視での最終確認が行われ。そうすると、出撃準備が整ったことが無線で伝えられた。
『――――カズマ』
そうした作業をコクピットから眺めながら待機していると、一真の視界の中にエマの顔を映し出すウィンドウが唐突に現れれば、至極平静とした彼女の声がヘッド・ギアの耳小骨振動式スピーカーを通して一真の鼓膜を揺さぶった。
『やっぱり、緊張してるかな?』
「そりゃあ、多少はさ」
苦笑いしながら一真がそう答えてやれば、エマは『ふふっ……』と何故だか小さく笑い出す。
『さっきも言ったけれど、普段通りにやれば大丈夫さ。それに――――』
「それに、何だ?」
一真がそう訊き返せば、エマは小さく、ほんの小さく儚げな微笑をしてみせて、
『もし万が一の時は、僕たちが君の背中を護ってあげるからさ。――――だよね、瀬那?』
『うむ』
小さくニッとしたエマにそう呼びかけられると、そんな凛とした声色と共に、今度は瀬那を映し出すウィンドウが網膜投影で視界の中に現れ。腕を組む彼女の、相も変わらず堂々たる姿が視界の端に映し出されれば、一真は思わず軽く頬を緩ませてしまう。
『その為の中衛遊撃だ。其方の背中は、我らで護る』
『惚れた男の一人ぐらい、自分の手で護れなきゃ……ね?』
凛とした、堂々たる声音で言う瀬那に続いて、軽いウィンク混じりのエマがそう言えば。瀬那もまた、頬を軽く朱に染めながらも『……う、うむ』と、そんな風にエマの言葉に頷いてみせた。
『ったく、アンタたちは。カズマばっかじゃなくて、アタシらの背中もちゃんと頼むわよ?』
すると、ステラの参ったような声音が間に入ってくる。言い方こそこんなのだが、視界の端に映るステラの顔は何処かニヤニヤとしていた。
『分かってるよ。ステラの背中も、仕方ないからついでに護ってあげるさ』
『……ちょっと、エマ? ついでって何よ、ついでって』
『さあ?』
とぼけた風にエマが首を傾げれば、『さあ、じゃないでしょうがっ!?』なんて風にステラが叫ぶ。
『ははっ、冗談だよ冗談』
すると、エマはおかしそうに小さく笑いながら、続けてそんなことを口走る。ともすればステラは『……はぁ』と大きすぎる溜息をつき、
『アンタって、そんなに冗談ばっか言うタイプだったかしら……?』
『僕も分かんないや。強いて言うなら、カズマの影響……かなっ?』
「えっ、ちょっと待てエマ、なんでそこで俺が出てくる」
『さーてねっ♪ 自分の胸に手を当てて訊いてみるといいよ?』
「どういうこったよ……?」
困惑する一真が参った顔で頭の上に疑問符を浮かべていれば、そんな彼の反応を見ながらエマはまた小さく微笑む。
『恋も戦いも、何事も先手必勝、一撃必殺! ……ってね♪』
そうしてニッと、また柔らかすぎる微笑みを向けられてしまえば。一真も「はいはい……」と、諦めたような笑みで言い返してやることしか出来ない。
『まあまあ、そう膨れないでよステラっちゃーん。ステラちゃんの可愛くて大きなお尻は、この白井様がちゃーんと遠くから見守って、んでもって護ってあげっからさ!』
なんて風に一真がエマと言葉を交わしている傍でステラが眉間を指で押さえていれば、次にそんな阿呆なことを言って会話に割り込んできたのは、案の定というべきか白井だった。
『……ちょっと待ちなさい、誰の尻がデカいですって?』
とまあそんな具合に睨み付けられれば、白井は『あっ、しまった』と明らかに顔を青ざめさせつつ、
『ま、まあまあ! とにかくステラちゃんには俺っちみたいな守護天使が付いてっからさー! あ、安心してくれよなー! がは、がははは』
『アンタ、帰ったら覚えときなさいよ』
『ヒィッ!?』
なんとか誤魔化そうとしたらしい白井だったが、しかし怒りを通り越してニコニコと笑顔を浮かべながらのステラにそう、実に冷静な口調で言われてしまえば。それが逆に恐ろしくて、白井はただただ顔を青ざめさせながら表情を引き攣らせるしかなかった。
『……白井さん、不潔です……』
とまあ、そんなやり取りに耳を傾けていたらしい、彼にとって後衛で組む相棒である
『まっ、まどかちゃんっ!? 勘違いしないでよね、べっ別に俺ってばマジで言ってるワケじゃないんだからっ! じょ、冗談だから! だからそんなにドン引きしないでぇーっ!!』
『……国崎さん、このヒト何とかしてください』
何故か涙目になる白井の必死の懇願をよそに、まどかが冷静極まりないドン引き声でそう振れば。遠巻きに話を傍観していた国崎は『……はぁ』と深すぎる溜息をついて、
『騒がしい連中だ、本当に貴様らときたら……』
そう、至極呆れきったようなことを、大きすぎる溜息交じりに呟いた。
『まあまあ、国崎くんもまどかちゃんも、その辺にしておいてあげなさい』
こんな具合に二人から全力の責めを喰らっていた白井が、涙どころか鼻水がちょちょ切れそうになっていると。美桜がニコニコと聖母みたいな笑みを浮かべながら、諭すような口調でそう割って入ってきた。
『そろそろ、アキラくんが可哀想よぉ? 言いたい気持ちも分かるけれど、あくまで冗談なんだから……ねっ?』
『み、美桜ちゃぁん……!』
涙目の白井が鼻水を啜りながら名を呼べば、美桜は『うふふ……♪』なんて、やはり聖母じみた慈愛に溢れすぎる笑みを白井に向ける。
『…………』
そんな白井と美桜、二人のやり取りを眺めていたステラが何故か微妙な顔色をしていたのを、他の連中は気付いていないようだったが、しかし一真だけは見逃さなかった。
『…………』
しかし、そんなステラの変な様子に気付いたのはエマも同じようで。小さくこっちにアイ・コンタクトを取ってくると、軽くウィンクを交えながら頷いてくる。
――――これは、もしかして……?
何処か含みを持たせたエマの瞳の色は、そんなことを暗黙の内に一真へと語り掛けていた。
『盛り上がってるところ邪魔して悪いが、コンボイ1-1から乗客諸君へと業務連絡だ。出撃準備が整った、今から空の旅へ君たちをご案内する』
と、そんな折に通信に割って入ってくる男の声は、コールサイン・コンボイ1-1。即ち一真機と瀬那機の二機を吊り下げるCH-3の機長で、そしてA-311小隊全機の輸送を担当するCH-3ヘリ部隊・コンボイ隊の小隊長であるパイロットの声だった。あの機体にはカメラは積んでいないので顔は映し出されないが、しかし声だけでも分かる。
『ヴァイパーズ・ネストからコンボイ1-1、了解しました』
そうすると、それに反応するのはCPオフィサーである美弥の声だ。彼女と西條の乗る82式指揮通信車も、CH-3のモジュールに搭載されて現地まで同行する。
『……ヴァイパー00より出撃許可を確認。コンボイ各機、順次出撃を開始してください』
『コンボイ1-1よりヴァイパーズ・ネスト、了解。お客様方を空の旅へご案内する。――――コンボイ各機、我に続け』
美弥の指示に応答する声が聞こえれば、途端に一真の身体を浮遊感が襲った。
CH-3輸送ヘリが、高度を上げていく。接地していた≪閃電≫の足がグラウンドから離れ、浮き上がる。そうして上昇しながらクレーン・ワイヤーが巻き上げられれば、二機の≪閃電≫も一緒に胴体へと近づき。すると一真の見るシームレス・モニタの中に、CH-3の腹の内側が映し出された。
そうやって、TAMSを二機ずつ抱えた機体が五機、輸送モジュールを腹に抱えたのが一機、計六機のCH-3ES"はやかぜ"輸送ヘリコプターが、雷鳴のような爆音を上げながら回転翼で大気を切り裂き、上昇していく。
京都士官学校を飛び出した六機のヘリは、そのまま西へと進路を取る。尋常ならざる雰囲気に飛び出してきた住民たちに見上げられながら、一真たち京都A-311訓練小隊は京都の街を眼下に見下ろしつつ、そして西方の死地へと赴こうとしていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます