Int.33:飛鳥双月、誓いの爪痕④

 店の奥に入っていった霧香が立ち止まった、突き当たりにある扉。その扉の鍵穴に鍵を差し込み、解錠した扉を開けると、そこにあったのは小ぢんまりとした一室だった。

「ここは……」

 パチン、と壁に埋まった電灯のスウィッチを入れた霧香に続いて一真もその部屋に足を踏み入れながら、その部屋の中を見渡す。

 店の中から続く、そこは同じ古ぼけた板張りの床だった。何畳も無いような部屋には窓は無く、強いて言えばダイニング用途めいたアンティーク風なテーブルと椅子があるのみ。それ以外には何も無く、強いて言えば何故か床の間のようなものがあり、埃だらけの掛け軸が掛けられているぐらいだ。

「……仕事部屋、かな」

 後ろ手に戸を閉め、鍵を掛けながら霧香が言う。それに一真が「仕事部屋?」と返せば、

「私たち、ニンジャの仕事部屋だよ……」

「ってことは、この店自体が」

「そういう、こと」

 目を見開いた一真の言葉を、軽く頷きながらそう言うことで霧香は肯定し。その後で、こうも言葉を続けた。

「正確に言えば、瀬那の家の関係だけど……。一真は、瀬那からどこまでのこと、聞いた?」

「……家のことか?」

 逆に問いかける一真にうん、と霧香が頷くのを見て、一真は一瞬迷いながらも、瀬那から何処までのことを聞いたかをざっと話した。相手は、他ならぬ霧香なのだ。心配は無用だろう。

「ふーん……」

 ――――綾崎財閥のこと、そして瀬那の出自と、今置かれている状況のこと。あの日、瀬那の口から直に聞いたそのことを思い出しながら、自分が大体どこまで知り得ているか。それを掻い摘まみながら霧香に説明すれば、彼女はそうやって小さく唸る。

「大体、全部だね……」

 次にそうやって呟くと、霧香はテーブルの前の椅子を引いて、そこに座る。「一真も、とりあえず、座って……」

「あ、ああ」

 どうにも妙な雰囲気のこの部屋に戸惑いながら、一真はそんな霧香の対面に座る。その間にも霧香は肩に掛けていたバッグを降ろしていて、それは今、テーブルの上へ無造作に放られていた。

「……さっきの話の、続き、だけれど」

「ここが、綾崎財閥の関係だって言いたいんだろ?」

「……うん」短く頷いて、霧香がそれを肯定する。「相変わらず、一真は察しが早い。説明の手間が省けて、助かる……」

「…………でも、正確に言えば、私たちの拠点の、ひとつ」

「拠点?」

 続けてそう言う霧香にもう一度問いかけると、霧香はまた「うん」と頷く。

「詳しいことは、あんまり、話せないんだけれどね……」

「要は、忍者の隠れ家ってことだろ?」

「……まあ、そういう解釈でも、間違いじゃないかな……?」

 軽く首を傾げながら霧香はそう言うと、唐突に立ち上がり。そうして床の間の方に歩いて行くと、掛けられていた埃だらけの掛け軸をペロッと捲ってみせた。

「こういうのも、ある」

 すると、捲られた掛け軸の向こうにあるはずの壁には、ぽっかりと穴が空いていて。人一人が屈んで通れそうなぐらいの狭く、暗い空間が奥へ奥へと続いていた。

「隠し通路って、おいおい……」

 何故かニヤリとした顔の霧香と、彼女が捲った掛け軸の向こう側に見える隠し通路を眺めながら、一真が苦笑いを浮かべる。ここまで典型的な忍者屋敷だと、どんな反応をして良いものやら……。

「道具の調達とか、後は万が一の時の、一時的な隠れ家が、ここの役割かな……?」

 そんなことを呟きながら、掛け軸から手を離した霧香は再び椅子に座り直す。その頃になって傍らのバッグが気になった一真が「そういや、結局コイツは何なんだ?」と問いかければ、霧香はフッとまた妙な笑みを浮かべ、

「よくぞ、聞いてくれました……」

 何故か上機嫌になりながら、しかし声のトーンはやはり変えないままでそう言うと、手繰り寄せたバッグのファスナーをグッと開き、その中から何かを取り出した。

「……トンファー?」

 首を傾げながらそう言う一真に「せいかい」と頷く霧香の、その手の中には。何やら太い棒の上に、取っ手のような追加の短い棒が垂直に生えた道具があった。

 トンファーだ。或いは旋混ともいうが、琉球古武術の用いる格闘戦用の武具にそれは相違なかった。刀に対してすら対等に渡り合うことの出来る、攻防一体の優れた武具に間違いない。

 本来は木製の物だが、どうやら霧香が取り出した黒染めのソイツはアルミニウム合金、それも航空機用ジェット・エンジンのファン・ブレードに用いられるような強度の高い物で造られた品のようだった。

「にしては、丈が短いな」

 だが、トンファーにしてはあまりにも小振りだった。それを一真が何の気無しにそうやって指摘すれば、霧香は「ふっ……」とまた小さく笑い、そのトンファーを両手に握った格好で立ち上がる。

 すると、霧香は唐突に腕ごとトンファーを鋭く振るえば――――遠心力に従い、トンファーが一気にその丈を伸ばした。

「……こういう、こと」

 どうやら、特殊警棒のような伸縮式らしい。なるほど、確かに短くコンパクトになる物なら、携帯にもうってつけだ。

「便利なもんだな……」

 そんな霧香の一連の動作を眺めていた一真が、感嘆したように唸る。すると霧香も「ふふふ……」と満足げに笑いながら、伸ばしたトンファーを元の形に縮めた。

「でも、霧香には忍者刀があるだろ? わざわざトンファーなんて……」

 なんてことを一真が言い掛けたところで、しかし霧香は「……そうでもないよ」と、一真の言葉が半ばで遮りながらそれを否定する。

「この間は、ちょっとした短刀しか持ててなかったからね……。ちょっと、危なかったんだ……」

「この間……?」

 霧香の言ったその一言に一真は一瞬首を傾げるが、それが先日の――――夜に瀬那が楽園エデン派の刺客に襲われ、それを退けた一件のことだと気付くと、一真は「ああ」と納得して唸る。

「だから、トンファー?」

 うん、と霧香は頷いた。「これなら、袖とかに仕込んで、隠しやすいからね……」

「それを受け取るのが、今日の目的だったってことか」

「……そういう、こと。流石に、士官学校に直接ってのは、リスクがあるからね…………」

「だな」

 霧香の言葉に一真が納得して頷くと、すると霧香は「……でも」と続けて、

「……それだけが、目的じゃ、ない」

「どういうことだ?」

 一真が訊き返せば、霧香は珍しく目の色を真剣なものに変えて。トンファーを入れ直したバッグを邪魔に思い遠くに追いやると、数秒の間を置いてから意を決し、重たい口を開いた。

「――――覚悟を。一真の、覚悟を、聞かせて」

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