Int.34:飛鳥双月、誓いの爪痕⑤
「覚悟……?」
珍しく、いや初めて見るようなシリアスな顔色で霧香に言われて、困惑したような苦々しい顔をする一真は、自然とそう訊き返していた。
「そう」と霧香がもう一度頷く。
「……瀬那から、大体の話は、聞いてる」
「瀬那から?」
うん、と霧香が今一度頷いて、首を傾げる一真の言葉を肯定した。
「だから、訊いておきたいんだ……。君が本当に、ここから先に踏み入れる覚悟が、あるのかを。この先、瀬那を裏切らない覚悟が、一真にあるのかを」
「…………」
そう言われて、一真は一瞬押し黙ってしまった。霧香が何を言いたいのか、その意図がよく分からなかったのだ。
「……どういうことだ?」
そんな一瞬の沈黙の後、一真は改めてそう霧香を問いただす。
すると、霧香は瞼を閉じながら「うーん……」と人差し指を唇に当て、少しの間思い悩み。暫くしてから瞼を開けば、やっとこさその固く閉ざされていた口を開いた。
「……君はさ、瀬那の話、聞いて、どう思った…………?」
「どう、って……」
――――似ているな、と思った。
「まあ、俺と綾崎財閥とじゃあ、まるで規模が違いすぎるんだけどさ」
後からそうやって言葉を継ぎ足しつつ、一真は苦笑いしながらそういう風に霧香の問いに答える。
「ふっ、まあそうだろうね……。似てるといえば似てるね、君と、瀬那との境遇は」
そうすれば、霧香もフッと一瞬表情を綻ばせながら、うんうんと頷きつつそうやって言い返してくる。
「一真のことも、ある程度は聞いてるからね……」
「瀬那からか?」
しかし、霧香は首を横に振る。
「……舞依ちゃんから」
そうした後で、小さく、呟くように霧香はそう言った。
――――舞依ちゃん。
霧香は敢えて、普段通りに西條教官とでは無く、そうやって西條のことだと一真に告げてきた。それがどういう意味か――今ならば、何となく分かる。瀬那と西條が幼少の折よりの親代わり的な付き合いならば、その従者であった霧香とも面識があるのは当然だ。
(まあ、あの歳でちゃん付け呼ばわりは、ちょっとアレだけどな……)
内心でそんなことを呟きつつ、一真は小さく苦い笑みを浮かべる。脳裏に西條のあのほくそ笑む顔が過ぎれば、顔が更に引き攣ってしまう。
「……?」
そんな一真の反応に、不思議そうな顔をして首を傾げる霧香に「なんでもない」と一真は言って、話題を元の方向に戻させた。
「…………一真」
「な、なんだ?」
引き攣っていた顔を何とか元の色に戻しつつ、しかし口調はまだ戸惑ったままで一真がそう反応すると。しかし霧香は瞳の色を再びシリアスなものにして、一真の双眸を真っ直ぐと見据えながら、続けてこう言った。
「……本当に、瀬那を護りたい…………?」
「えっ――――?」
戸惑う一真の反応をよそに、霧香は真面目な顔のままで言葉を続けていく。
「多分、一真の思うよりも、背負うものも進む道も、重くて険しいよ……? それでも、君は、瀬那を護っていける……? 何があろうと、最後にあの
「――――」
きっと、霧香の言っていることは本当なんだろう。何よりも、あの薄い無表情の奥底に隠した霧香の本心が、一真へ暗黙の内にそう告げてきている。一真には、それが分かってしまっていた。
だからこそ――――彼は一瞬、答えるのを躊躇ってしまった。
自信も、覚悟もある。とうに決めたことだ、迷いは無い。彼女は、瀬那は己が身を賭するに値する女だってことなんて、既に分かりきったことだ。
だが――――もしかすれば、これを決断するか否かで、全てが決まってきてしまうのではないか。一真は何の気無しに、直感的にそう感じていたから……。だから、一真は答えを躊躇ってしまった。
(……らしく、ないよな)
押し黙ったまま、一真は声を出さずして胸の内でそう小さくひとりごちる。己を嘲け笑うようなことを無言の内に呟けば、顔色も自然と自嘲めいたものに変わっていく。
(何を、今更迷う必要があるってんだ)
――――そうだ、今更何も迷う必要はない。あの日、あの
ならば――――今更になって、悩む必要なんて何処にもありはしない。男に二言は――――必要ない。
「――――覚悟なら、とうの昔に出来てるさ」
だから、一真は知らず知らずの内に俯いていた顔を上げ、真っ直ぐとした眼で霧香に向かってそう、ハッキリと告げてやった。
きっと、今の自分の顔はひどいもんだろう。不敵というか、凶暴めいたというか。そんな笑みが浮かんでいるに違いないと、何の気無しに一真はそう思う。
だが、それで良かった。それこそが、己が誓いが揺るぎないことの証であり、男一人が覚悟を決めた証拠に他ならないのだから。
「…………ふっ」
すると、霧香は何故か噴き出すみたいに小さく笑い。そうすれば、「安心したよ……」と独り言のように続けて呟く。
「これで、私も。心置きなく、瀬那を君に預けることが出来るからね……」
「今まで、信用してなかったのか」
「信用、してなかったわけじゃないよ……? ただ、根本までは、やっぱり信じ切れてなかっただけ」
そんなことを言う霧香に「じゃあ、今ので信じてくれたってワケか?」なんて風に、一真が少しだけ皮肉めいた顔をしながら言えば、霧香はコクリと小さく頷き、
「一真の、その眼を見れば分かるよ……」
「ニンジャだからか」
「そ、ニンジャだからね……。ニンジャは勘も鋭いし、ヒトを見る眼もあるんだ……」
「ホントかぁ?」
わざと疑り深い眼をして一真が言えば、霧香は「……ふっ」と薄い無表情の上で小さな笑みを浮かべ、そして予想通りのことをキメ顔で口にした。
「ニンジャだからね、嘘は、つかないよ…………?」
いい加減に聞き飽きたそんな台詞も、ことこんな場面にあっては、なんだか頼もしくも聞こえてしまう。
そんな霧香の方を眺めながら、一真は小さく頬を緩ませながらも肩を竦めて。そうしていると、霧香は懐から何かを取り出せば、テーブルの上に置いたそれをピンっと弾き、一真の方へと滑らせてきた。
「これは……手裏剣? じゃないよな……?」
霧香がテーブルの上を滑らせてきたそれは、両側面に諸刃が付けられたダガー状の金属棒だった。棒手裏剣――いわゆる典型的な手裏剣のイメージな十字手裏剣とは違う棒状のソレによく似ていたが、しかしどちらかと言えば近代の投げナイフに近い形をしていた。
「どっちかっていうと、投げナイフの方が近い……」
そう思っていると、やはりそれは投げナイフのようで。霧香の言葉を片耳に聞きながら投げナイフを検分しつつ、一真は「これを、俺にどうしろと?」と霧香に向かって訊く。
「……信頼の証、とでも言うのかな……。これしか無かったから、渡しただけで、物自体に意味は、ない。でも、イザって時は、役に立つかもね…………」
どうやら、霧香の一真に対する信頼の証として、とりあえずこれを見立てて渡してきたというだけらしい。霧香の言う通りこれ自体に意味はまるで無いのだろうが、しかし万が一の時の武器としては役に立つ。
「そういうことなら、遠慮無く頂戴しとくぜ」
一真はそう言うと、受け取った投げナイフを懐に収める。
「……瀬那も、隅に置けないね……。いい男、見つけてきてさ…………」
ボソッと呟いた霧香の言葉が聞き取れなくて、一真が「何か言ったか?」と訊き返すが、しかし霧香は「なんでも、ないよ……」とはぐらかすのみで、それを答えようとはしなかった。
「……?」
それに一真が首を傾げているのをよそに、霧香はまたフッと小さな笑みを浮かべてみせる。そして、その後でまた小さく、彼の耳に届かない程度の囁くような声色で、こうも呟いていた。
「立場が違えば、一真は私が欲しいぐらい、なのかもね…………?」
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