Int.32:飛鳥双月、誓いの爪痕③

 そして、霧香に連れられるがままに一真は京都駅を出て、そうして歩くこと暫く。駅の南側を少し横丁に入った、比較的住宅街の多い一体の中にある小ぢんまりとしたとある店の前で彼女は唐突に立ち止まった。

「……?」

 その店の掲げる看板こそ"雑貨店 八番街"といった具合だが、小汚い店の見た目はどう見ても雑貨屋というよりは質屋か古物屋のそれで、しかも軒先からガラス越しに見えるのは何故かトーテムポールやら小さなモアイやら、どこぞの東南アジアの土産物屋で売っていそうな、言い方は悪いが怪しげな雰囲気を滲み出させる品々ばかり。店の外観がやたらと小汚いこともあって、店の軒先に漂う怪しさは凄まじい。

 そんな――――とりあえずは雑貨屋を名乗っているらしい店の前で立ち尽くしながら、物凄い引き攣った顔で一真が首を傾げていると、それをよそに霧香は当然のような顔をしてその店の戸を潜ってしまう。

「あ、おい霧香っ」

 平然とした風に店に入って行く霧香の後を追って、一真も慌ててその店の中に足を踏み入れた。

「うわ……」

 そうすれば、開口一番にそんな風に引き攣った声を漏らしてしまう程に、店の中は物凄い怪しい雰囲気が漂っていた。

 やたらと線香の匂いが漂う店の中は、やはり外から見たのと同じように怪しげでアジアンテイストな品々が統一感無く雑多に並べられていて。かといってその中には明らかに古い日本刀があったり、と思えばどこぞの野球場から持ってきたペナントやらが壁に掛けられていたり、かと思えば西部劇に出てくるような、リヴォルヴァー拳銃用の古式めいたガンベルトが無造作に並べられていたりするものだから、更にここがどんな店なのか訳が分からなくなってくる。

(いや、雑貨屋なんだろうけども)

 そんな風に一真が混乱していると、しかし霧香はそんな一真の困惑っぷりもまるで気にすることなく。勝手知ったる風な足取りで奥まで歩いて行くと、カウンターの奥で座って寛ぎながら新聞を眺めていた、白髪まるけで肌は皺だらけな親爺の前に、カウンター越しで無言のままに立つ。

「……ん」

 すると、その親爺は新聞の陰から横目だけを流し、そして見下ろしてくる霧香の顔を見れば「おんや、霧香ちゃんか」と、どうやら顔見知りのような反応を示した。

「久し振りだね……」

「そっちの兄ちゃんは、お前さんの連れか?」

「……うん」親爺の短い問いかけに、霧香が小さく頷いてそれを肯定する。

「奥、使うか?」

「……その為に、来た」

「なら、勝手に開けて入ってろ。――――ほれ」

 すると、親爺はカウンターの後ろにあった低い棚の上に置いてあった鍵を雑に引ったくると、それをぽいっと霧香に投げ渡してくる。

 飛んで来た鍵をパシッと眼前の空中でキャッチすれば、霧香は片手の中に収まるそれにチラリと視線を落としてから「……確かに」と頷いた。

「それと、例の物も、ちゃんと受け取ったよ……」

「ん、なら良い」

 親爺は霧香が肩に背負う例の黒いバッグに一瞬チラリと視線を移すと、そうやって軽く頷く。

「しかし、わざわざ向こうに入れんでも良かろうに」

 そんな親爺の言葉に霧香は「ふっ……」とまた例の妙な笑みを浮かべれば、「気分の問題だよ、気分の……」と言葉を返す。すると、親爺は露骨に呆れたような溜息を大きく吐き出し、

「その気分とやらの為に、年寄りに要らん手間を掛けさせるんじゃない……」

 なんて、至極辟易した顔付きで霧香にそう言った。

「まあ、いわ。他に要り用の道具はあるかね?」

「……鉤爪銃とか、例の足音の立ちにくい靴とか、かな……? もしかしたら、これから先、潜り込む機会があるかもしれないしね……」

「備えあれば何とやら、というわけか。

 ――――うむ、分かった。さっさとそっちの兄ちゃん連れて、奥に行け」

 親爺にそう急かされ、「じゃあ、借りるよ……?」と言った霧香は突然振り返れば、一真にちょいちょいと手招きをしてくる。

 ――――来い、ということか。

(ったく、ワケわかんねえな……)

 完全に蚊帳の外な雰囲気にいい加減辟易しながら、一真は一瞬肩を竦めてみせれば、店の中を歩いてそんな霧香に合流する。

「……付いて来て」

 そう言う霧香に従って、一真はカウンターの横を通り過ぎて店の奥に入ろうとした。

「――――坊主」

 すると、相変わらずカウンターの後ろで新聞に視線を落としていた親爺がそんな風に一真に呼びかけてくる。

「えっ?」立ち止まった一真が、意外そうな顔で親爺の方に振り向く。そうしていると、親爺は新聞の陰からチラリと出した双眸で、じいっと暫くの間、一真の顔をまじまじと眺めていた。

「えーっと……お、俺に何か?」

 いい加減どうしていいものか分からなくなった一真が、引き攣った顔で親爺にそう訊くと。すると親爺は「……ふん」と興味をなくしたかのように視線を逸らし、

「何でもないわ。ほら、さっさと行け」

 そうやってさっさと自分の前から消えるように催促してくるものだから、一真は親爺の妙な態度を怪訝に思いつつも、しかしこれ以上訊いても絶対ロクなことにならないと察し、霧香の後を追って店の奥に入っていく。

 そして、一真の気配が遠ざかっていくと。親爺は読んでいた新聞を畳み、また「……ふん」と小さく息をつく。

「あの坊主が死神の、ねえ」

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