Int.29:武者巫女と白狼、ある日のありふれた二人の朝②

「おやお二人さん、今朝は早いんだねえ!」

 そうして、二人して食堂にやってくるなり。食券を券売機で買い求めてカウンターに行くと、一真と瀬那の二人の姿を見つけるなりそんな威勢の良い声で出迎えたのは、やはり四ッ谷のおばちゃんだった。このやたらめったらな有り余る元気は、例え朝っぱらだろうが夏休みの真っ最中だろうが関係ないらしい。

「あはは、まあ今朝はチョイと早起きしすぎましてね」

 ニコニコとする四ッ谷のおばちゃんに半笑いでそう言いながら、一真は手持ちの食券をスッと手渡す。それに続いて瀬那も「早起きは三文の得、ということもある」なんて妙に斜め上のことを一真に向かって言いながら、同じく食券を四ッ谷のおばちゃんに手渡した。

「あっはっはっは! まあね、確かに瀬那ちゃんの言う通り、早起きはいいことさね!」

 四ッ谷のおばちゃんは二人から差し出された食券を受け取りながら、こんな朝っぱらだというのに物凄い勢いで笑う。そうやってニコニコとしながら「えーと」と手元の二人分の食券を見れば、

「おや、カズマったら珍しく唐揚げじゃないのかい?」

 なんて、一真の分の食券に視線を落としながら、目を丸くしてそんなことを言う。

「まあ、流石に毎日毎日ってのもアレですしね。この後、行くとこもありますし」

 あはは、なんて苦笑いしながら一真がそう言えば、しかし四ッ谷のおばちゃんは「ふーん……? へぇー……?」なんて、何処か勘ぐるような嫌らしい目付きになり。

「もしかして、今日は瀬那ちゃんとデートかい?」

 なんてことを聞き出すもんだから、きょとんとした一真の横で一気に顔を真っ赤にした瀬那は、それこそぼんっと頭頂部から蒸気が噴き出しかねないぐらいに真っ赤になって硬直し。それから「でっ……!? でっ、ででっ……っ!?!?」なんて具合に何かを紡ぎ出そうと必死に口をぱくぱくさせるが、しかし詰まらせすぎて、一向に言葉が出てこなくなっていた。

「残念ながら、今日のところはハズレっスよ」

 そんな瀬那をよそに、一真はわざとらしく肩を竦めながら、至極平静とした声で四ッ谷のおばちゃんにそう答える。すると四ッ谷のおばちゃんは「あら?」と首を傾げ、

「なんだ、アタシの勘違いか」

「三分の一は正解っスけどね」

「あ、もしかして別のかい?」

「そこは敢えてノーコメントで」

 敢えて冗談めかしたみたく一真がそう答えれば、四ッ谷のおばちゃんは「あっはっは!」とまた大きく笑う。

「ったく、アンタって男はホントに色が多いんだからさっ! 瀬那ちゃんも、グズグズしてっと他のに横からかっ攫われちまうよっ!」

「そっ、それぐらいが男の甲斐性……っ! ……し、しかし、四ッ谷殿の申すことも一理ある、か…………?」

 にしし、なんて笑う四ッ谷のおばちゃんと、未だに頬を朱に染めながらもじもじとそう言う瀬那のやり取りの意味は、根本までは一真には分からなかったが、しかしそんな二人が言葉を交わす様子が傍から見ていても平和そのもので、だからか一真は、横からぼうっと二人を見ているだけでなんだか幸せな気分に浸れていた。





 それから、少しのやり取りがあった後に、やはり四ッ谷のおばちゃんが超特急で食事の乗った盆を用意してくると。それを抱えた二人は、やはりいつもの窓際の席へ陣取れば、互いに向かい合わせになってそこへ座った。

 士官学校の人間ほぼ全員の食事を賄う流石の食堂といえども、この夏休みの時期とあっては普段よりも閑散とした雰囲気だった。とはいえ幾らかの他の者たちの姿もあり、決してガラガラというわけではない。

 恐らくはあの連中、ここへ詰めている正規の国防陸軍兵だろう。殆どが整備クルーのように見えるが、とにかくここは士官学校といえども軍事施設の一種。しかも近接する桂駐屯地が士官学校の一部を間借りしているということもあって、こういった正規兵の姿もこの京都士官学校では多く見られるのだ。他にも、幾らかの教官の姿や、それに補習か何かで夏休みもここを訪れている前期訓練生たちの姿も見受けられる。

 そういうワケで、幾ら夏休みといえども食堂は決して暇を持て余すことはないのだ。彼ら以外にだって、一真たちのような寮生活の人間にも食事を賄わなければならない以上、内部で人員の回転こそあれど食堂自体に休みは無いに等しい。それだけ、この食堂は士官学校の全ての人間から必要とされている存在なのだ。

「今日も、暑くなりそうであるな」

 そんなことを思いながら、一真が目の前の食事を突いていると、ふとした折に瀬那がそんなことを口走る。それに一真が「だな」と短く相槌を打てば、瀬那はフッとまた小さく、それでいて何処か儚くも見える笑みを浮かべて、そしてこんなことを突然訊いてきた。

「……其方、夏は好きか?」

「嫌いじゃない、かな」

 一瞬思案した後で一真がそう答えると、「嫌いじゃない、とは?」なんて具合に、瀬那が続けて訊いてくる。それに一真は「うーん」と少しだけ思い悩んだ後で、

「まあ、単純に好みの問題? 俺、元々寒いのはあんまり得意じゃないし」

「左様か」

「そういう瀬那は、どうなんだ?」

 うんうん、と頷く瀬那に向かって、逆に一真がそんな風に訊き返せば。「む?」と反応した瀬那は、しかし次の瞬間にはいつもの凛とした顔のままで小さく頬を綻ばせ、そうしてこんな言葉を紡ぎ出す。

「私も、嫌いではない」

「冬よりも?」

「冬も、私は好きだ」

「じゃあ、いつが駄目なんだよ」

「いつが苦手だとか、そういう苦手意識は持っておらぬ。私は、巡り巡る四季の全てが、愛おしくて仕方ないのだ」

 目の前の食事を箸で突きながら、一真のぶっきらぼうとも取れる言い草の問いかけに対し、瀬那はそんな風に答えた。

 そうやって答える瀬那の表情は柔らかく、それでいて慈愛にも満ちたような色の瞳は、そんな瀬那の言葉が紛れもない本心から出てきたものだと、暗に一真へと告げてくる。

「私の出で立ちは、既に其方に話した通りだ」

「ああ」相槌を打つ一真。「今更言わんでも、大体のことは分かってるつもりだ」

「なら、い。

 ――――前にも申したと思うが、私はそういう出自故、直に自然と触れるといったことが、ついこの間まで一瞬たりともありはしなかったのだ」

「…………」

 瀬那の紡ぎ出す言葉に、一真は時折箸で摘まみ取った食事を口に運びながら、しかし無駄な言葉は口に出さず、黙ったままで聞き耳を立てる。

「それ故、私は巡るこの季節の、直にこの手で触れることの出来る、肌で感じることの出来る季節の移り変わりが、愛おしくて仕方ないのだ。

 …………一真、其方にはこの気持ち、分かるか?」

 その問いに、一真は数瞬だけ悩んだ後。その後で「……あんまり、分かんないかな」と答えた。

「左様か……」

 すると、瀬那はいつもの調子で頷きながら。しかし明らかにしゅんとした風な気配を垣間見せる。そうすると、次に一真は「――――でも」と続けて、

「なんとなく、分かる気もする」

「……まことか?」

 ああ、と一真は頷いた。

「そうか、そうであるか……」

 そうすれば、瀬那は至極嬉しそうな顔をして、うんうんと何度も頷いては、独りで納得したようにぶつぶつと何かを呟く。

「……っと、済まぬな一真。朝からこんな話をしてしまって。許すがい」

「いいよ、相手は俺だし」

 そうしていると、次に瀬那は何故か詫びてくるものだから、一真は苦く笑いながらそうやって言い返し。そうした後で、今度は取り留めのない、他愛のない話題へと、今度は一真が話の舵を取って切り替えていく。

「それでな、瀬那? この間の話なんだけどよ――――」

「――――ふっ、それはまた奇妙な」

「だろ?」

 …………こんな具合で、取り留めのない言葉を交わしながら。こうやって、二人の一日は始まっていく。今日に限っては途中で妙な話は挟まったものの、普段から一真も瀬那も、いつもこんな調子だった。

 こうやって、二人の一日はまた今日も幕を開ける。日々の残響の中に身を置きながら、しかし次の一日を始める為に幕を開け、新しい一日が始まっていくのだ…………。

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