Int.28:武者巫女と白狼、ある日のありふれた二人の朝①

「ん……」

 それから、更に数日後の朝。閉じたカーテンの隙間から差し込む光に誘われ、一真は眠りに落ちていた意識を覚醒させた。

「今、何時だ……?」

 寝ぼけた眼を擦りながら瞼を開き、壁に掛けた時計を見れば、時刻は午前七時の少し手前頃。普通に起きても良い頃合いだが、予定していたよりは割と早く起きてしまった。

 まだ半分眠った身体を叩き起こしつつ、重い身体をむくりと起こし、一真は両脚を部屋の床に付ける。そうすると、

「――――目覚めたか」

 どうやら既に起きていたらしい瀬那が、ベッドに腰掛ける格好で座る一真の目の前に居て。床に直置きした座卓めいた背の低いテーブルの上で座布団の上に正座をし、静かに湯呑みを啜っていたらしいそんな彼女が、起き抜けた一真へチラリと横目で視線を投げてくる。

「早いな、君は相変わらず」

「習慣だ」フッと儚く頬を緩めつつ、瀬那はそう言葉を返してくる。そんな瀬那の格好も和装か浴衣めいた具合の真っ白な寝間着で、どうやら彼女とて起き抜けてそう時間が経っていないらしいことが、一真の寝ぼけた頭でも理解出来た。

「確か、今日は霧香と何処いずこかへ参ると申しておったな?」

「あ、ああ」未だにふわふわとした頭のまま、一真が頷く。すると瀬那はまたフッと小さな笑みを浮かべて、

「分かっておったことではあるが、其方は忙しいな」

「悪いね、留守番ばかりさせちまって」

 一真がそう言うと、しかし瀬那は「気にするな」と一切合切何ひとつ気にしていないような横顔で言う。

「それに、今日に限っては其方がらぬとて、私も暇はせぬ」

「ん?」

 そんな妙な一言に一真が首を傾げていると、頭の上に一真が浮かべる疑問符を察してか瀬那は「簡単なことだ」と言って、

「其方がらぬ間、何やらエマがここに遊びに来るそうだ」

「マジで?」

「うむ、マジだ」

「初耳だぜ、そんなこと」

 すると、瀬那は一瞬だけきょとんとした顔になり、その後で何故か独りで合点がいった風な素振りを見せれば、「そういえば、其方には申していなかったな」なんてことを言ってくる。

「まあ、いいけどさ」

 そんな瀬那の口振りに軽く肩を竦めながら、よっこいしょと一真はベッドから立ち上がる。

「それより、起きたらカーテンぐらい開けようぜ?」

 言いながら、一真は窓際に歩くと閉じていたカーテンをバッと開く。「其方を起こしては悪いと思ったのだ」と普段の調子で言う瀬那の言葉を背中越しに聞きながら、カーテンを開いた途端に差し込んでくる強烈な朝日を一真は全身に浴びる。なんだか、これだけで眼が覚めてきそうな気分だ。

「シャワー浴びるけど、瀬那は? 先、入るか?」

「私は後で構わぬ。其方の方が、急ぐ用であろう」

「あらそう、んじゃあお構いなく」

「浴びておる最中、風呂場で眠るでないぞ?」

 珍しく悪戯っぽく小さな笑みを浮かべながら、そんなことを口走る瀬那に見送られながら。そんな彼女に後ろ手を振りながら「分かってるよ」なんてぶっきらぼうに返しつつ、一真はそのまま浴室へと向かった。

 寝間着を脱ぎ捨て、風呂場に入り頭から熱いシャワーを浴びれば、肌を伝い湯と共に流れ落ちていく寝汗と共に、纏わり付いていた眠気が一気に吹き飛んでいく。ほくほくと湯気を纏いながら浴室を出る頃になっては、あれほど鬱陶しかった眠気はどこ吹く風。すっかりと目が冴えた様子で、見違えるような顔になって一真は浴室から出てきた。

「にしたって、エマがねえ」

 そうして風呂から上がって、冷蔵庫から引っ張り出したギンギンに冷えたミネラル・ウォーターのペットボトルを煽りながら、先程の話をぶり返すように一真が言う。すると瀬那が「む?」と振り返って、「何か不自然か?」と訊いてきた。

「いや、不自然ってワケじゃないけどさ。珍しいよなって」

「珍しい?」

「瀬那とサシで遊びたがるのがさ」

 飲みかけのペットボトルを再び冷蔵庫へ突っ込みながら一真が言えば、「そうでもない」と瀬那は軽く首を横に振る。

彼奴あやつとは妙に気が合うというか、そういうものなのでな。別に今日に限った話ではないのだ」

「へえ、そうなのか?」

「そうなのだ」

 うんうん、と何故か自慢げな顔で頷くそんな瀬那の仕草に、一真も思わず頬を綻ばせてしまう。

「それより其方、今日は急ぐのであろう? 早めに朝餉あさげにせぬと、間に合わぬやもしれぬぞ」

「いやいや、大丈夫だって。予定より大分早く起きちまったし……。それより、瀬那は? 腹、減ってないか?」

 そうやって一真が逆に訊き返せば、「私はひとつ、湯浴みをしてから参る故、其方は先に食堂へ参るがよい」と瀬那は遠慮する。

「いや、それぐらいの間待つぐらいの余裕はある。折角だし、朝ぐらいは一緒に食おうぜ?」

 一真がそう提案すれば、瀬那は何故か頬を綻ばせながら「う、うむ」と頷いて、

「其方がそう申すのなら、そうしよう。…………少し待っておれ、今より湯浴みをする」

 立ち上がりながら瀬那はそう一真に告げると、まるで先に出てきた一真と入れ替わるように、さっさと浴室の方へ歩いて行ってしまった。

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