Int.06:幻想世界、白狼と金狼を導くは巫女の加護③

「し、死ぬ……」

 ――――それから暫くして。シミュレーションが修了し、シミュレータ装置が乗降用キャット・ウォークの近くのスタンバイ位置に戻るなり、"01"のシミュレータ装置から這い出てきた一真が飛び降りると、彼はそのままキャット・ウォークの床に大の字になって崩れ落ちてしまった。

「弥勒寺、何をあの程度でへばってる」

 そんな一真の傍にまで歩み寄り、一真を見下ろすような位置に立ちながら腕を組む西條が若干厳しい語気でそう言う。珍しく煙草を吹かしていないのはここが火気厳禁だと気付いたからなのだろうが、しかしたまにそれを忘れてシミュレータ・ルームでも吹かしているような気もする。ともかく、今自分を見下ろす西條は、珍しく煙草を咥えていなかった。

「あの程度って……む、無茶苦茶な量だったじゃないっスか教官っ。ぜ、絶対後からチョロッと弄りましたよね……」

 必死の形相で一真が言い返せば、西條は何故か「チッ」と舌を打ち、

「バレたか」

 なんて、まるで悪びれる様子もなくそんなことを口走る。

「ほれみろ、ほれみろ! やっぱり教官が設定弄くってたんじゃないっスかぁ!」

「馬鹿、折角なら死ぬほど難しくしないと面白くないだろうが」

「面白いのは教官だけですよ……」

 最早言い返す気力も無く、一真は辟易したような顔で絞り出すようにそう呟くと、力なくバタッと頭を床に付けて再び倒れた。

「アレは幾ら何でもやり過ぎですよ、教官」

 すると、トントンっと軽快な足音が聞こえてきて。ともすれば、西條の後方から彼女に向かってそう言葉を投げ掛けるのはエマだった。制服のままで、ヘッド・ギアは既に外し、片手にぶら下げている。

「そうか?」

「そうです」きょとんとした顔で訊く西條に、呆れたみたいに軽く肩を竦ませながらエマが頷く。

「あれじゃあ、中規模どころか大規模集団じゃないですか。とても二機で相手にする量じゃない。"デストロイヤー"まで見えた時は、ホントに無理だと思いましたって」

「ははは、まあいいじゃないか。220mmロケットも配置しておいただろ?」

「冗談じゃないですよ、本当に……」

 何故か高笑いをする西條に、エマが深々と溜息をつきながらそう苦言を呈した。しかしそれでも、息ひとつ上げていない辺りは流石エマというだけはある。

 ――――今の今まで仮想空間上で戦っていた敵の集団は、今エマの言った通りとても中規模というような量でなく。明らかに大規模集団、文字通り地面を埋め尽くす勢いの量だったのだ。

 しかも、その中にデストロイヤー種――――身長40mオーヴァーの、八本脚で歩く文字通りの破壊者デストロイヤー。幻魔最大級の超大型種までもが加えられていたものだから、一真は本気で戦慄したのを覚えている。

 そもそも、デストロイヤー種はTAMSが相手にして良いような相手ではない。あんな文字通りの化け物をTAMS単騎で狩れるのは文字通りの生ける伝説、今一真の目の前に立つ正真正銘のスーパー・エース、"関門海峡の白い死神"こと西條教官ぐらいなもので、普通の人間にはとても真似できる芸当じゃないのだ。何せ、相手は戦艦の主砲や超強力なバンカー・バスター爆弾を何発も喰らわせてやっと倒せるような相手なのだから……。

 そんな凄まじい敵を相手にして、一真とエマがたった二機で戦闘状況を完遂できたのも、エマの類い希な操縦センスと、そして何よりも美弥の的確な状況判断と指示が大きな要因だった。

 エマの操縦技能は言わずもがな、美弥の指揮統制能力も一真が想像していたよりずっと凄いものだった。二人を散開させての挟撃や、後退するタイミング。何処でどんな兵装を使ってどの辺りの敵を仕留めるべきだとか、肝心のデストロイヤー種に対してはどう立ち回るかなど……。

 その全ての指示が的確で、それでいて無理がないものばかり。これには一真も、戦いながらかなり感心していたのを今でも覚えている。武闘大会の時に自分に対してくれた的確なアドヴァイスや戦術指示から、確かに美弥は天才の類だと思っていたが……これは、想像以上だ。

 勿論、そもそもとしてこれが仮想空間上でのシミュレーションということが一番大きな要因だ。幾らコンピュータ上でリアルに再現しているといえ、所詮シミュレーションはシミュレーション。実際とはまるで異なるものだ。

 だからこそ、一真とエマはたった二人で大量の敵を殲滅し、それでいてあのデストロイヤー種までもを仕留めることが出来たのだ。

 しかし、もしこれが現実世界での実戦だとしたら。そうだったとしたら、こんな芸当は絶対に不可能だろう。それが出来る人間が居るとすれば、ただ一人。"死神"西條舞依と、そして彼女の率いていた伝説の機動中隊≪ブレイド・ダンサーズ≫だけだ……。

「まあ、いきなりあんな状況に叩き込んだのは、悪かったと思ってるよ」

 そんなことを考えながら一真が未だに倒れたままへばっていると、そんな彼を相変わらず見下ろしたままで西條はそんなことを口走り。その後で「だが」と続ける前置きをすると、

「折角なんでね。美弥の他に、君ら二人の実力も見ておきたかったんだ」

「それで、結果としてはどうだったんです? 僕ら二人の、実力とやらは」

 西條に向かって、エマがふふんとクールな笑みを浮かべてみせながら、何処かわざとらしい態度で訊けば。西條は「……はぁ」と何故か溜息をついた後で、至極嫌そうな顔をして、二人に向けてこう告げた。

「こんなこと、言いたか無いが……エマ、君の腕は申し分ない。なんで留学生なんてやってるのか分からんぐらいだ」

「お褒めに預かり、光栄です、ってね。ふふっ……♪」

 最後に小さく笑みを浮かべるエマの横顔は、本当に嬉しそうな顔をしていたように一真からは見えた。

「ホント、後十五年ぐらい早く私の前に現れてくれれば、そのまま≪ブレイド・ダンサーズ≫に引き入れたかったレベルだよ……」

「そんなに、エマちゃん凄かったんですかぁ?」

 ともすれば、いつの間にか現れていた美弥が話に首を突っ込み。西條の方を仰ぎ見ながら、相変わらずの小動物めいた仕草で首を傾げてみせる。それに西條は「ああ」と頷いて、

「流石に、あの激戦区の欧州戦線で鳴らしたウデってだけはあるよ。弥勒寺じゃあエマに遠く及ばないが、しかし弥勒寺は弥勒寺でセンスは十二分にあると私は思うがね」

「ははは……そりゃあ嬉しいことで……」

 やっとこさ起き上がり、胡坐をかいてその場に座りながら一真がニッと頬を緩めれば、すぐに西條は「図に乗るんじゃないぞ」と釘を刺してくる。

「それで美弥だが、君も十分に合格点だ。あれだけの軍勢相手に、たった二つの手駒をよく動かしたな」

「あっ、はいっ! あ、ありがとうございますっ!」

 西條がそう褒めれば、美弥がぺこりとお辞儀をする。そんな仕草がどうにも小動物っぽいというか、妙に愛玩動物めいた愛くるしさを無自覚の内に振る撒いているものだから。西條はいつの間にか、自分でも知らず知らずの内に美弥の頭を片手で撫でていた。

「あっ……」

「…………」

「えっ、えへへっ……」

 最初こそ戸惑った美弥だったが、その濃緑をした髪を無言のままに西條がわしゃわしゃと雑に撫でている内に、嬉しくなったのか頬を綻ばせ始める。浮かべる笑みも、何処か愛玩動物めいていて。傍から見ているこっちまで、思わずほっこりとしてしまう。

「――――ハッ、私は何を」

 すると、ふとした時に西條は突然我に返ると、今まであれだけ弄っていた美弥の頭からパッと手を離してしまう。離れて行く西條の手を眼で追いながら「あ……」なんて寂しげな、切なそうな瞳を美弥がするものだから、彼女は本当に愛玩動物か何かの類じゃないかと、一真は本気で錯覚してしまった。

「あははは……」

 どうやら、そう思ったのはエマも同じようで。一真が思わず彼女の方に視線を流せば、眼が合い視線を交錯させながら、エマがそんな風に苦笑いを浮かべた。それだけで、お互い言葉を必要とせずに言いたいことを相互に二人は理解し合う。

「と、とにかくだ!」

 珍しく頬をほんの少しだけ朱に染めた西條がこほん、と咳払いを交えながら話題を強引に元の道に引き戻し、話を続けていく。

「美弥は合格点。エマは言わずもがな、弥勒寺も十分だ。美弥と弥勒寺はこれからも鍛錬を忘れないよう、しっかり気を引き締めていけ。

 ――――私からは以上だ。それではな二人とも、折角の二人水入らずを邪魔して、悪かったな」

「いえ」詫びるようなことを言う西條に、エマが軽く首を横に振る。「寧ろ、助かりました。一緒になって戦ってみることで、改めて分かったこともありますし」

「そうか」

 すると、西條はフッと小さな笑みを浮かべ。その後で「行くぞ、美弥」と一方的に告げると、白衣の裾を翻しさっさと歩き始めてしまった。向かう先は、シミュレータ・ルームの出口だ。

「あっ、はいっ! それじゃあエマちゃん、一真さん。今日はありがとうございましたっ!」

 そんな西條を慌てて追うように駆け出しながら、しかし一度立ち止まって振り返った美弥は二人に向けて深々とお辞儀をしながら礼をすると、先を往く西條の後を追い、再び踵を返して走り去っていってしまった。

「…………僕たちも、今日はこの辺りでお開きにしようか。ね、カズマ?」

「んだな」

 エマに言われて一真は頷きながら、「はい」と差し出されたエマの手を握り返し。そうして彼女に引き上げられながら、疲れた身体に鞭打ち漸うと二本の脚でキャット・ウォークの上で立ち上がった。

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