Int.05:幻想世界、白狼と金狼を導くは巫女の加護②

『よっ、と……』

 それから少しして、シミュレータ内で待機していた一真の視界内に網膜投影される中に、再びエマの姿が戻ってきた。視界の端に映るウィンドウの背景は先程と違い、コクピットを模したシミュレータ装置内。そして格好は制服のままヘッド・ギアだけ着けているという、なんとも妙な光景が一真の視界に映る。

『データリンク通信、感度チェック。カズマ、聞こえる?』

「問題ない、感度良好だ」

 通信の接続テストの為に呼びかけてきたエマに向かって一真が軽く頷いてやると、エマはニコッと小さく微笑み『分かった、ありがと』と言った。

『02、ヘッド・ギア接続完了。起動作業開始……』

 独り言のように軽く呟きながら、エマがコクピットのあちらこちらを弄くって起動作業を始めていく。シートに座ってただ待っているだけで暇を持て余していた一真は、そんなエマの様子を網膜投影のウィンドウ越しに眺めていた。

(……流石に、早いな)

 一真が内心でそんな風にひとりごちるほど、エマの手つきは淀みなく、それでいて馬鹿みたいに素早かった。流石に慣れているというだけあるらしい。TAMSのコクピット・ブロックは細かい点を除き大まかには世界共通規格で統一されているので、例えこれが国防軍機のコクピットを模しているシミュレータだとしても、欧州連合軍出身のエマにだって問題なく扱えるというワケだ。

『シミュレータ・ナンバー02の起動を確認。流石に速いな、エマ』

 エマの起動作業が一通り終わると、相変わらずオペレータ席に座りっぱなしの西條がフッと軽く笑みを浮かべながらそう言う。それから『私の出番はここまでだ。以降は美弥と交代する』と言った西條が席を離れれば、代わりにそのオペレータ席に着いたのは、濃緑の髪を揺らす小柄な少女だった。

『すいません、一真さんにエマちゃん。私の補習に付き合わせる形になっちゃって……』

 最初の一言をそんな申し訳なさげな声音で言い放ったのは、やはり美弥だった。赤いハーフ・リムの眼鏡のレンズ越しに見える瞳には、何処か後ろめたさの色が垣間見える。

『気にしないで、美弥。大したことじゃないから』

 小さく微笑みながらそう美弥に言ってやるエマに続いて、「そうだぜ、美弥」と一真も同じように軽く口角を緩ませながら言う。

「ちゃんとCPオフィサーが居てくれた方が、雰囲気が出るってもんだ。だろ、エマ?」

『だね』ニッと軽く頬を緩ませながら、エマが同意する。『よろしく頼むよ、美弥』

『はいっ!』

 元気よく美弥が返事をすれば、その後ろで『……さて、始めよう』と西條の声が小さく聞こえてくる。どうやら美弥のすぐ傍に付いて、これから彼女の監督をするらしい。

『それでは、戦闘状況はさっきと同じ状況を読み込みますね。難易度もリアリスティック・シミュレーションのままで行きます』

「了解だ」

『分かったよ、美弥』

 相変わらずの甲高い声音で、しかし何処か真剣な口振りでそう告げる美弥に対し、一真とエマがそれぞれ頷いてやる。

『一真さんは機体も装備も、エマちゃんが設定してくれたままで行きますね。でも、エマちゃんの機体は……』

 言葉を詰まらせながら、言いづらそうに美弥が言う。するとエマは『うん、分かってるよ』と微笑みながら、まるで美弥をフォローするようなことを言って、

『僕の≪シュペール・ミラージュ≫のデータは、多分入って無いんだよね』

『そう、なんです……。すいません、エマちゃん』

『気にしないで、美弥が悪いワケじゃない。こればっかりは仕方の無いことだから』

 あはは、と小さく笑みを浮かべながら美弥にそう言うと、しかしエマはその後で『なら、どうしようかな……』と、顎に手を当てながら思い悩む素振りをする。

『――――なら、エマも≪閃電≫で良いだろう。生憎と弥勒寺のタイプFじゃなく、一般配備のC型になるがな』

 そうすると、西條が横から口を挟んでくる。エマはそれに『構いません。それで頼むよ、美弥』と了承し、自機を≪閃電≫C型に設定するよう美弥に告げた。

『分かりました。ナンバー02にJS-17C≪閃電≫を設定――――完了ですっ。装備はどうしますかぁ?』

『右にタイプ93の突撃機関砲アサルト・ライフル銃剣バヨネット付きで。後は右腰のラックに突撃散弾砲ショットガンを付けておいてくれるかな。それと太腿にはそれぞれ近接格闘短刀コンバット・ナイフを二本ずつ付けておいてくれれば、それで構わない。背中のマウントは全部、スペアのカートリッジでお願い』

 エマが手短に装備の注文を付けると、『分かりましたっ!』と美弥は相変わらずの笑みで元気よく頷いて、手元のキーボードを指で叩きエマの注文を仮想空間内に反映させていく。兵装名は全部英語での国際表記ばかりでエマは呼んでいたが、しかし美弥は問題なくそれを理解出来たようだ。

 そして、暫くした後にシームレス・モニタがまた息を吹き返す。白一色にホワイト・アウトしていたモニタの景色がパッと入れ替わり、再び廃墟の市街地が一真たち二人の視界いっぱいに映し出された。

「おお、ホントに≪閃電≫だ」

 そうして一真がチラリと右方に視線を逸らせてみると、そこには確かに自分の機体と似たような意匠のTAMSが――――≪閃電≫が立っていた。

 しかし、その頭部カメラは一真のタイプFみたいな、人間の双眸に似た双眼式カメラ・アイではなく。まるでゴーグルのような、一体型の幅の広いレンズが装着された文字通りのゴーグル型だ。何せエマが仮想空間上で乗るコイツは現在国防軍に一般配備されているC型で、一真のエース・カスタムであるタイプFとはまるで異なるのだから、タイプF特有の双眼式カメラ・アイが無いのも当然だった。ちなみに、カラーリングはこの間の戦技演習で霧香や白井が乗っていた≪新月≫と同じ、ダークグレーの機体色だ。

 尖ったところは少ない機体だが、しかしそれが却ってエマにとっては扱いやすいかもしれないな、と一真は隣の≪閃電≫を眺めながらそんなことを考えていた。タイプFと比べてスペックは劣るものの、しかしタイプFに追従出来るだけの性能は幾らC型とて持ち合わせている。そういう意味で、西條のチョイスはベストだろう。

『それでは、シミュレーションを開始しますね。以降は便宜的に、一真さんを01、エマちゃんを02と呼称します。あっ、私はいつも通りCPで構いませんからっ』

「01、了解だ。さっさとおっ始めようぜ」

『02、了解。焦っちゃ駄目だよ、カズマ』

 ニッと笑みを浮かべながらエマにそう言われて、一真も「分かってるって」と小さく頬を緩めながら返す。

「お手柔らかに頼むぜ、エマ」

『それは、保証しかねるかな?』

 そんな言葉を交わしていると、美弥が間から口を挟んできて『01、02両機とも、マスターアームをオンに』と安全装置の解除を告げてくる。

 美弥の指示に従い、一真とエマの二人はそれぞれ正面のコントロール・パネルに生えるマスターアーム・スウィッチを、安全位置のSAFEから解除状態のARMへと弾いた。これで、全兵装の発砲が可能になる。

『じゃあ、始めますね。二人とも、準備は大丈夫ですか?』

「01、いつでもよろし」

『02だ、こっちも問題ない。美弥、いつでもいいよ』

 二人が頷くと、美弥は『分かりましたっ!』と頷いて、

『シミュレーション完了条件は、敵の全滅です。それでは――――状況、開始ですっ!』

 そう言って、美弥は仮想空間上の幻魔たちを繋ぎ止めていた一時停止を解除。市街地廃墟でのシミュレーション・プログラムを開始させた。

「01、交戦エンゲージ!」

『カズマ、突出しすぎないでよ。――――02、交戦エンゲージ

 そうして白と灰色、二機の≪閃電≫が地を蹴って飛び出していく。カズマの白いタイプFが先行し、その後にダークグレーの≪閃電≫・エマ機が追随する形で、二人は仮想上の戦場へとその身を飛び込ませていった――――。

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