Int.47:アイランド・クライシス/孤独二人、遠く雷鳴の唸る嵐の夜に④

「――――ちょっと待って、カズマたちがまだ帰ってないですって!?」

 ズブ濡れになりながら元居た海岸沿いに立つ大きなプレハブ小屋へと戻ってきたステラたちを出迎えたのは、一真と瀬那の二人が未だ折り返しポイントに着いておらず。そして連絡も取れないという衝撃的すぎる事実だった。

「……どういうことですか、教官」

 あからさまに狼狽するステラの隣で、エマはあくまでも冷静な口調で。しかし、何処か困惑と微かな怒気の色も込めた声音でそう、目の前に立つ錦戸に詰め寄る。

「恐らく道に迷ったか、或いは不測の事態が起きたかのかと……」

 それに錦戸が困った顔で、しかし珍しくシリアスな顔付きでそう、鋭い視線を孕んだ瞳で見上げてくるエマの言葉に答えた。

「恐らくは、後者の可能性の方が高いだろうな」

 すると、近くの壁に寄りかかり煙草を吹かしていた西條がいつもの調子で、しかし何処か声のトーンを落としつつそう付け加える。態度こそいつもと変わらないが、しかし今回ばかりは西條の横顔に浮かぶ表情も、何処か深刻めいた色を見せていた。

「ちなみに教官、そう判断できる根拠ってあるんスか?」

 そんな西條に、白井が問いかける。彼もまた、普段の調子に似合わず珍しく深刻そうな顔付きだった。いつもは言うこと為すこと全部が冗談みたいな男だが、しかし今ばかりはその顔にも、言葉にも、冗談の色は欠片も見受けられない。それだけ、白井にとっても深刻な事態だったのだ。

「ん? まあ、あるといえばあるな」

 咥えた毎度お馴染みの銘柄、マールボロ・ライトの煙草を口から一度離した西條がふぅ、と紫煙混じりの息をつきながらそう言えば、再び煙草を咥え直してから西條は言葉を続けた。

「何せ、弥勒寺のサヴァイヴァル技術は私が徹底的に仕込んである。アイツがこの程度の森で、これぐらいの距離で道に迷うなんざ、天地がひっくり返ったって有り得ないよ」

 何処か一真との関係を示唆するような言い方でもあったが、しかしことこの状態に在ってはそんな些細なことをいちいち気に掛ける者など誰一人もおらず。ステラたちはただ、教官二人の言葉に耳を傾けていた。

「ですが教官、アタシたちが帰ってくる最中にも、カズマたちの姿は見かけませんでした。道に迷った他の班は幾らか引っ張って帰って来ましたけれど、カズマたちなんてただの一度だって見ていません」

 少しばかり落ち着きを取り戻したステラが、目の前に立つ錦戸と西條に向けてそう告げる。

 ――――ここまで帰ってくる道中、ステラたち三人は幾らかの道に迷った班と遭遇していた。崩れてきた天候を鑑み、これ以上の訓練続行は困難と見たステラは無線機で教官たちに確認を取った後、彼女ら他の班も一緒に連れ帰ってきたのだ。

 しかし、その中に一真と瀬那の二人は混ざっていなかった。錦戸も先程から何度も無線機に呼びかけているが、応答はない。そして未だに帰ってこられていない所を見ると、やはり想定すべきは最悪の事態……。

「――――実はな、ステラ」

 そうしてステラが思案を巡らせていると、ボソリと口を開いたのは西條だった。

「お前らに渡した荷物の中に、GPSトラッカーは仕込んであるんだ」

「……!」

 さも当然のような顔をして言った西條の言葉に、ここに詰めかけた一同が揃って驚いていた。すると西條は「まあ、あくまで保険のつもりだったんだけれどね……」と参ったような顔で呟き、

「だから、一応アイツら二人の居場所は把握してる。多少の誤差は出てるだろうが……大まかな位置は、既に掴んでる。だから、安心して――――」

「――――教官」

 安心させる為に言葉を紡いでいた西條だったが、しかしそれを遮るようにステラが彼女の前に詰め寄れば、

「今すぐ、捜索隊の編成を」

「駄目だ」

 しかし、西條はそんなステラの提案を一蹴する。「何故ですっ!?」とステラが反論すると、西條は続けてこう言った。

「この雨の中、あんだけ深い森の中に潜れる人間が、この場に居るとでも思うか?」

「私とエマなら可能ですっ!」

 語気を荒くして、ステラがそう反論する。その後ろで、エマも無言の内に頷いていた。すると西條は「……はぁ」とあからさまな溜息をつき、

「……確かに、お前たち二人なら大丈夫だろうよ。それは認める。

 ――――だが、二人で何が出来る?」

「っ、それは……」

 何か言い返そうともしたが、しかしステラは上手い言葉が思い浮かばず、言葉を詰まらせてしまう。歯痒い思いを抱きながら西條と顔を突き合わせていれば、彼女はそれを意に返さぬといった風に言葉を続けた。

「もし仮に、弥勒寺も瀬那も、二人ともが怪我を負っていたとしよう。お前たちはそんな二人を担いで、この大雨の中、あの森から脱せられるとでも思っているのか?」

「…………」

「結論から言おう。――――不可能だ。せめて、あと二人は欲しい」

 西條がそうバッサリと切り捨てれば、しかし隅の方に無言のまま立っていた霧香がスッと手を挙げて、今まで閉ざしていたその口を開いた。

「……私なら、問題なく、付いていけるよ…………?」

 こんな状況下でも相変わらずの調子で、しかも「ふふふ……っ」なんて妙な笑みまで浮かべている霧香の方に一瞬視線を流せば、今度は物凄く大きな溜息を西條は吐き出し、

「あのなあ、霧香よ……。お前の実力はな、私だってよーく分かってる。分かってるさ。かといって、あと一人足りないだろうが」

「あっ、そっか……。失敗、失敗…………」

 至極参ったような顔で西條が冷静に指摘してやれば、霧香は何故か独りで満足したようにうんうんと頷きながら、そんなことを口走る。

 ともすれば、西條も大きすぎる溜息を今一度ついてしまい。霧香のせいで完全に緊張の糸が緩んでしまった中で「ったく……」と呆れたように肩を竦めると、

「――――とにかく! 二人の居所は掴めてるんだ。捜索は雨が止み次第! そういうことで、一旦解散だ! お前らズブ濡れなんだから、さっさとシャワーでも浴びて来い。でないと、風邪引くぞ。……良いな!」

 パンパン、と大げさに手を叩きながら西條は告げて、収拾の付かなくなりかけたこの話を一方的に終わらせた。

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