Int.48:アイランド・クライシス/孤独二人、遠く雷鳴の唸る嵐の夜に⑤

「……カズマたち、大丈夫かな」

 それから、少しして。濡れきった野戦服から着替えたエマは先程と同じプレハブ小屋の外、雨の当たらない軒下にしゃがみ込みながら、隣のステラに向けてそう呟いていた。

「どうでしょうね、こればっかりは」

 そんなエマの隣、立ったまま壁により掛かるステラが、遠い目で彼方に見える雨の日本海を眺めながら、静かにそう呟き返す。

「今はただ、カズマと瀬那の無事を祈るのみよ。……それ以外、今のアタシたちに出来ることって、無いしね」

「だね……」

 しゃがんだまま、俯くエマが少しばかり影色を落とした声音でそう、頷いた。

「ったく、アンタもしゃんとしなさいよね、エマ。そんなの、アンタらしくないわよ?」

「……仕方ないさ、こうもなるよ。僕も、出来る限りは普段通りに振る舞っていたいんだけれど、ね。こればっかりは、どうにも……」

「まあ、アンタの気持ちは痛いぐらいによく分かるけどさ……」

 ふぅ、と小さく息をつきながら、ステラも同じように影の色を垣間見させる声色でそう、俯くエマの言葉に頷き返す。

 無言のまま、二人は隣り合っていた。聞こえるのは、激しく打ち付ける雨音ばかり。天上の暗雲から降り注ぐ強すぎる雨は止む気配が欠片もなく、どうやらまだまだ止んでくれそうにはなかった。

「……雨、いつ止むのかな」

 ふとした時に、しゃがみ俯いたままのエマがそんなことを呟く。

「さあね。こればっかりは神のみぞ知る、って所かしら……」

 ステラも遠い目をしながらそれに言葉を返し、壁にもたれ掛かったまま軽く腕を組む。ふぅ、と今一度息をつけば、それは湿気の濃すぎる雨模様の空気の中に霧散していく。まるで、今の二人のやりきれない想いを、少しでも散らそうとするかのように。

「――――大丈夫だと、思うよ。あの二人なら…………」

 ともすれば、いつの間にかステラの反対側、エマの隣に立っていた霧香がボソリ、とそんなことを呟いていた。今までまるで気配を感じさせなかった霧香の突然の言葉に芯から驚いたステラは「っうひゃぁっ!?!?」なんて素っ頓狂な声を上げながら、大きく横に飛び退く。

「ふふふ……。びっくり、した…………?」

「びびび、びっくりってそんなレベルじゃないわよっ!? ったく霧香ったら、驚かせないでよね……!」

 顔を赤くしながらステラがそう言うと、霧香は「ふふふ……」とまたいつもの妙な笑みを浮かべる。

「あははは……。霧香、まるでニンジャだね」

 苦笑いしながら霧香の顔を見上げるエマが冗談めいたことを言えば、霧香はまた「ふふ……」と笑い、

「ま、ニンジャだからね……」

 なんてことを、したり顔で口走った。

「ニンジャって……霧香、冗談も大概よ?」

 呆れたように肩を竦めながらステラが言えば、その隣でエマがまた「ははは……」と苦笑いを浮かべているのを横目に「ふっ……」と小さく笑えば、次に口にしたのはこんなことだった。

「ふふ……ニンジャ、嘘つかない…………」

「あのねえ……」

「ニンジャだからね。ニンジャは、嘘つかないよ……?」

 完全に霧香のペースに呑まれながら、ステラは「はぁ……」と大げさすぎる溜息をつけば、無意識の内に片手を腰に突く仕草をしてみせる。

「面白いね、霧香って」

 エマがそう言えば、霧香は「お褒めに預かり、なんとやら……」なんていつもの調子で頷くと、

「……でも、本当に、あの二人なら、大丈夫だと思うよ……?」

 と、いつも通りの薄い無表情の中に少しばかりの真剣な色を織り交ぜながら、そう呟いた。

「…………あー、一応訊くけど霧香。その根拠は?」

 参った顔でステラがそう訊けば、霧香はまた「ふふふ……」と笑い、

「勘……」

 と、さも当然のような顔をして言ってみせた。

 ともすれば、ステラは「はぁーっ……」と大きすぎる溜息をつくしかなく。続けて霧香が「ニンジャだからね……。ニンジャ千里眼、とっても便利。ふふふ……」なんて口走るものだから、ステラは一体全体どうしてよいものかと頭痛を抑えるみたいに眉間を指で押さえてしまう。

 すると、しゃがみ込むエマも「あははは……」と苦笑いをし、

「でも、霧香もあの二人のこと、随分信頼してるんだね」

 と、隣に立つ彼女の方を見上げながら、いつもの柔らかな声音でそう言ってみた。

「まあね……。瀬那は元より、一真も、信じるに値するだけの、男だからね……」

「あー、それ分かるよ」

 ニコニコと微笑みながら、相槌を打つエマ。

「まあ、そうでないと僕だって惚れたりしないんだけれどね」

「ふっ、気持ちは分かるよ、エマ……?」

「もしかして、霧香も僕のライバルになるのかな?」

 冗談めかして、しかし半分は本気でエマがそう問いかければ、しかし霧香は「ふっ、それはどうだろうね……」といつもの調子で軽くいなせば、上手い具合にはぐらかしてしまう。

「まあ、とにかく今のアタシたちに出来ることっていえば、ただひとつ。二人の無事を、祈るだけよ」

 そんなステラの言葉に、エマと霧香の二人も黙ったままに頷く。

「……待ってなさいカズマ、瀬那。この雨が止んだら、その時は――――」

 ――――アタシが、アタシたちが。必ず、アンタたちを迎えに行く。

 そんな決意を秘めたステラの瞳は、降り注ぐ雨の景色を淡く反射する金色の瞳に宿る色は、確かな意志の炎を再び宿していた。

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