Int.16:幕間、金狼と白狼②
「お邪魔しまーす……」
訓練生寮・203号室の扉を開けた一真が勝手知ったる顔で部屋に入って行けば、その後に続いてエマが恐る恐るといった風に玄関を潜る。
「はいはい、狭いとこだけどな」
小さく笑みを浮かべながら後ろのエマに言い、一真は部屋の電灯を灯した。パチン、とスウィッチが音を鳴らすと、数秒遅れて部屋の蛍光灯が灯る。
「何言ってんのさ、僕のとこも変わんないよ」
「違いねえ」
苦笑いするエマに一真もそう言い返しながら、靴を脱いで玄関を上がる。それに続いてエマも「お邪魔しまーす」ともう一度言って、一緒になって入ってくる。
「へえー……ここがカズマの」
「瀬那も含め、だけどな」
言いながら一真は上着のブレザー・ジャケットを脱ぎ、適当な所へ雑に投げる。するとエマは「あっ」と言って、一真が乱雑に放ったそのジャケットを拾い上げた。
「もう、駄目じゃないかカズマ。こういうのは、ちゃんとハンガーに掛けないと」
「あ、ああ。悪い……」
「案外ガサツなんだね、君。――――あ、クローゼットここ開けていい?」
「好きにしてくれ。――――悪かったな、嫌いになったか?」
「ううん」開けたクローゼットから取り出した空のハンガーに一真のブレザー・ジャケットを引っ掛けながら、エマが首を横に振る。「そんなぐらいで、僕が君を嫌いになるワケないじゃないか」
「ははは、そりゃありがたいことで……」
参ったように引き笑いを浮かべながら、一真が制服ワイシャツの襟元のボタンを幾らか開いていけば、
「――――あっ」
ハンガーに掛けたジャケットをクローゼットに掛け、こちらに振り返ったエマの視線が一真の右腰に集まり――――そして、凍り付いた。
(やっべ……)
ここに来て一真は、己の迂闊さを呪った。何せ自分の右腰にはカイデックス樹脂のホルスターがスラックスのベルトに括り付けられる形で引っ掛けられていて、その中には西條から譲り受けた自動拳銃・グロック19が差さっているのだから……。
「あー……エマ、これはだな」
慌ててベルトを抜き、ホルスターごとグロックを腰から離しながらで一真が何か取り繕うと口を開くが、
「――――いいよ、何も言わなくて」
しかしエマはスッと視線を逸らすと、一真が何かを言う前に先んじてそう告げてきた。
「で、でもな……」
「多分、僕には言いづらい……ううん、言っちゃいけない事情があるんだよね、多分」
そう言われて、一真は数秒押し黙ってから「…………ああ」と、エマの言葉を肯定する。
「なら、無理に言うことないよ。僕は何も見てないし、何も知らない。それでいいんじゃないかな?」
すると、エマは一真の方に視線を戻しながら、立てた人差し指を唇にわざとらしく当てる仕草をしてみせながら、そんなことを口走った。
「…………悪い、エマ。恩に着る」
「いいさ」エマが頷く。「生憎、僕は君と違って正規の軍人だ。少尉の階級を持った、ね……。だからそういうのは見慣れてるし、別にカズマがそこまで気にすることじゃないよ」
その後でエマは「でも」と続けて、
「こういう迂闊なこと、これからは気を付けた方が良いよ。カズマが人に言えない事情を抱えてるなら特に、ね……」
「わ、分かった。肝に銘じとく……」
エマにそう注意を促されてしまえば、一真も腰を低く頷くことしか出来ず。しかし確かに、己の迂闊さはエマに言われるまでもなく痛感していた。
「相手が僕だから良かったものの、他の
「分かったって、これから気を付ける……」
「うん。なら良し、だね。――――ほら、着替えるんだよね? 僕は廊下に出てるから、早めに着替えなよ」
そう言いながら、エマは踵を返して廊下の方に歩いて行った。
「悪い、待たせたな」
「んじゃ、行こっかカズマ」
私服に着替え終えた一真はまた203号室を出て、エマに連れられるがままに訓練生寮を後にした。
とはいえ、行く先は決して遠くない。というのも、隣り合って歩くエマに連れられて歩きやって来たのは、他でもない士官学校の校舎だったのだ。
「ここ……が、目的地なのか?」
「うん、そうだよ」至極当たり前のように、エマは頷いて肯定してみせる。
「あ、もしかして意外だったかな? もっと他のとこだと思ってた?」
「ま、まあな。散歩だって言うから、外に出るもんかと」
「あはは、だよね。僕もだろうなとは思ってたし」
にこやかに笑みを浮かべながらそう言って、エマはまた一真の手を取った。
「ほらカズマ、行こっ」
「分かったって、だから引っ張るなよ」
そんなエマに手を引かれるがまま、導かれるがまま。一真はエマと共に士官学校の校舎に入っていく。
意外なことに、鍵も掛かっておらずすんなりと中に入る事が出来た。昇降口の戸だけ閉まっていて鍵が開いていたのは、まだ中に職員か教官かが残っているからなのだろうか。京都士官学校は訓練施設といえども一応、準軍事基地に該当しなくもないので、確かに二四時間体制でも不自然は無い。
とまあそんなことを考えている内に、二人はご丁寧に上履きへと履き替え。そのまま一真はまたエマに手を取られると、階段を上がっていく。
暗い校舎の中でコツン、コツンとリノリュームの床を叩きながら、しんとした廊下を隣り合って歩く二人。そうしていればエマは「ふふっ」と小さく笑い、
「いいよね、こういうのって」
「ん?」
「こういう、夜の学校みたいなの。ほら、誰も居ないからさ。独特の雰囲気っていうか……分かるかな?」
エマに言われ、一真は小さく唸りながら、視線を前に戻してみる。
「……ま、確かにそうかもね」
言われてみれば、確かに何というか独特の雰囲気がある。特別感、とでも言うのだろうか。誰も居ないところに自分がたった一人……いや、今は二人か。とにかくそんな、優越感にも似たものを感じる。まるで自分たちがここの支配者にでもなったかのような、そんな特別感。
「エマは、いつもこうして?」
「いつも、ってワケじゃないけれどね。でもたまに、こうしてぷらぷら歩き回るかな」
「その気持ち、分からんでもない気がする」
「でしょ?」
ふふっ、とまた小さく柔らかい笑みをエマが浮かべてみせる。
そうして他愛のない言葉を交わしている内に、エマは「ここだよ」と言って立ち止まり。その教室らしい所の引き戸をそっと開けると、先んじて中に入って行ってしまう。
「ここは……」
廊下で立ち止まったままの一真が見上げるのは、引き戸の近くに吊されているクラス表記の板。そこに記されているのは、確かに一真も慣れ親しんだ場所の――――A組のもので相違なかった。
「ほら、カズマも。早く入りなよ」
「あ、ああ……」
何故、エマがここを選んだのか。戸惑いつつもカズマは、エマに手招かれるままにA組の教室に入っていく。
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