Int.15:幕間、金狼と白狼①
「しまったな、長居しすぎたか」
そんな独り言をぶつぶつと呟きながら、美弥と別れた一真は訓練生寮の廊下を歩いていた。
あの後、なんだかんだ美弥と話し込んでしまったせいで、こうして帰る頃には外がすっかり真っ暗になるような時間になってしまっている。陽の長いこの初夏の時期にこれだから、時刻は中々に遅い。
「瀬那、多分もう帰ってんだろうな」
エマたちと何処かに出かけたらしい瀬那も、流石にこの時間となれば帰ってるはずだ。まさか彼女の帰りより遅くなる羽目になるとは思ってもみなかったものだから、一真は思わず肩を竦めてしまう。
「あれ、カズマ?」
なんて具合に廊下を歩いていれば、そこで一真は偶然エマとすれ違い。きょとんとした顔の彼女にそう声を掛けられると、「ん?」と一真は伏せていた視線を上げた。
「珍しいね、こんな時間に出歩くなんて」
「そりゃこっちの台詞。――――ってことは、瀬那ももう戻ってんのかな」
「えっ?」
そんな風に独り言めいたことを一真が言えば、またエマはきょとんとした顔をする。
「ん? 瀬那、一緒じゃなかったのか?」
そういうエマの反応を怪訝に感じた一真が訊けば、エマは「途中までは、一緒だったけどね」と言い、
「帰ってきてから、なんか霧香と二人で行くところがあるって言うから。それでちょっと前、別れた所なんだ」
「霧香と、行くところ?」
――――変だな、そんなこと聞いた覚えはないんだが。
「あれ、もしかしてカズマも初耳?」
「あ、ああ。ってことは、瀬那まだ帰ってないのか……?」
「うーん、それは僕の方が訊きたいところなんだけれどね……」
あはは、と苦笑いをしながらエマは言うと、更にこう言葉を続けた。
「つまり、カズマも今帰るところなの?」
「まあな。たまたま美弥と出くわしたもんだから、話し込んでたらこの時間さ」
わざとらしく肩を竦めながら一真がそう言ってみせれば、またエマは「あはは」と小さく苦笑いをし、
「だったらさ、カズマ。今から少し、僕に付き合ってくれないかな?」
そう、一真に対しあまりに唐突な提案を持ちかけてきた。
「んん?」首を傾げる一真。「付き合うったって、何処にさ」
「まあ、大したことじゃないんだけどね。
――――そうだなあ。ちょっとした夜のお散歩、って所かな?」
首を傾げてみせ、軽くウィンクじみた仕草なんて交えながらのエマにそんなことを言われてしまい、一真は少し思い悩んだ。
(…………まあ、瀬那はまだ戻ってないみたいだしなあ)
もし瀬那が戻っていたのなら、彼女に悪いと思ってこの誘いは断っていたところなのだが。今のエマの話を聞いた限り、恐らくはまだ戻っていないだろうと思われる。本当に霧香と二人での用事だと言って離れたというのなら、きっと時間の掛かることのはずだ……。
「うーん、まあいいか。良いぜエマ、俺も付き合うよ」
それを思い、一真は敢えてこのエマの誘いに乗っかることにした。
「あ、ホント? やったね、嬉しいなあ」
ともすれば、エマは本当に嬉しそうな顔を浮かべてそう言い。彼女にそんな表情をされてしまえば、一真も無意識に頬を緩めてしまう。
「一人で部屋に籠もるってのも、暇だしな。どのみち瀬那が戻ってないんなら、折角エマが誘ってくれたこと、
「あははっ、ありがとねカズマ」
ニコニコと笑顔を浮かべながらエマは言い、後ろに手を組んで、軽く跳ねるようにしながら小さく歩けば、廊下の壁に背中をもたれ掛からせる。
「つっても、一旦部屋に戻らせて貰っても構わないか?」
そんなエマに一真がそう言うと、「いいけど、なんで?」とエマが首を傾げながら訊き返してくる。
「何、単に着替えたいだけだよ。制服ってのは、どうしてこう堅っ苦しくていけねーや」
一真は大げさな手振りと一緒にそう呟き、わざとらしく制服の襟元を緩めるような仕草をしてみせた。
それに「あははっ」とまた笑うエマの格好はラフな薄手の私服で、堅苦しいブレザー制服を着る一真とは対照的にかなり涼しげだ。ちなみに格好としては、肩の部分が大きく開いた、肩紐だけで吊す感じなオフショルダー式のキャミソールに、その上から半袖の薄いデニム地の上着を羽織り。そして下は足のラインが割とタイトに出る細身なデニム・パンツといった具合だ。
エマの格好は上がそんなのだから、正直一真としてもさっきから目のやり場に困っている。まして胸の高低差が瀬那やステラほどで無いにしろ、しかし割とあるエマなものだから、割と胸元が開けている格好のキャミソールのせいでそれがやたらと主張してきているのだ。
ともすれば、一真も不自然に視線を逸らすしか出来ない。全くどうしてこう、ステラといい留学生組はこういう目のやり場に困る私服ばかりを着たがるのか。
(まあ、目の保養になるから大歓迎なんだけどな)
もしこの場に白井が居たら、それはそれはもう飛びつくぐらいの勢いだろう。……その後で、何処からか飛んで来たステラに蹴り飛ばされる未来しか見えないので、逆に居なくて幸運だったと思えてしまうが。
「じゃあ、一旦カズマの部屋に戻ってからだね。折角だし僕も付いてくけど、いいかな?」
「ん? ああ、別に良いけども」
そんな風にエマの言葉に一真が答えれば、「じゃあ、決まりだねっ」と柔らかく微笑みながらエマは言って、もたれ掛かっていた壁から離れた。
「じゃあ、善は急げだよカズマっ!」
ともすれば、何故かエマは一真の手を取って。「お、おおっ!?」と突然のことに一真が狼狽えている暇も無く、エマは早足で廊下を歩き出してしまう。
「ほら、行こうよカズマっ!」
「分かった、分かったから! やべっ、転ぶ! 転ぶって!」
そんな具合に騒ぎながら、二人は廊下を歩いて行く。手を引かれる一真は慌てふためきつつも、しかしその顔には何処か、うっすらと笑みが浮かんでいた。
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