Int.34:金狼の牙と白狼の炎、斬り結ぶは神速の剣⑧

「ッ……!」

『…………』

 ≪閃電≫は≪シュペール・ミラージュ≫を仰ぎ、≪シュペール・ミラージュ≫は眼下の≪閃電≫を見下ろし。雨に打たれる二機の巨人は互いを見合ったまま、硬直していた。

 エマの≪シュペール・ミラージュ≫が振るった対艦刀は、確かに白い装甲を纏う≪閃電≫の左肩口に食い込んでいた。仮にこれがキッチリ刃の付けられた実戦用の対艦刀だとしたら、確実に≪閃電≫の胴体は内包するコクピット・ブロックごと袈裟掛けに両断されていたことだろう。無論、これは訓練用の物なので装甲に食い込む程度だが……。

 しかし――――≪閃電≫が背中から抜き撃ちして突き付けた88式突撃散弾砲の砲口、その先にある≪シュペール・ミラージュ≫の胸部装甲もまた、その市街地迷彩の塗装をピンク色の塗料で汚していた。至近距離からダブルオー・キャニスター弾での接射だから、これも実弾ならば≪シュペール・ミラージュ≫の胸部装甲は散弾で思い切り喰い破られていたに違いない。

 ――――相打ち。

 そうであることは、一真もエマもお互いに自ずと理解していることだった。だからこそ、声が出ない。ただ、どちらの撃墜判定が先に出たのかの判断を待っているといった状況だ……。

『……CPよりヴィクター2、オスカー1。少し待て』

 そうしていると、演習場の管制センターから通信が入ってくる。しかし聞こえてくる男性オペレータ士官の声は何処か困惑の色があり、管制センター側でもどう判断したものか困っているような状況のようだった。

『双方共に撃墜判定は出ている。だが……』

『だが、どうなんですか。ハッキリ言ってください、CP』

『ううむ……』

 エマに追求されたオペレータが、困り果てたように唸る。

『……撃墜判定自体は、ヴィクター2・オスカー1双方に出ているんだ。まあ、分かっていることだとは思うが』

 それを聞きながら、一真は黙ったままで小さく頷いた。ヘッド・ギアから視界に網膜投影される情報の中に、確かに自分の≪閃電≫・タイプFがエマの振るった対艦刀によって撃墜判定を受けたことが示されている。それはエマも同様のことで、彼女の視界にも一真のダブルオー・キャニスター弾で撃墜判定を喰らったと映し出されていた。

『驚かずに、聞いてくれ。――――勝敗の差は、コンマ数秒だ』

 その言葉に、息を呑む二人。コンマ数秒の差……殆ど相打ちの中、どちらが勝利したのか。それだけが、二人にとって最も気がかりなことだった。

『……カズマ、やるじゃないか。やっぱり、君は僕が惚れるだけの男だよ』

 ともしていれば、ふぅ、と肩の力を抜きながらエマがそんなことを口走る。一真の視界の端に網膜投影される彼女の顔色には流石に疲労の気配が見え隠れしていて、しかし何処かやりきったような顔色だった。

「いいや、運が良かっただけさ。殆ど反則で相打ちに持ち込んだんだ。マジで真っ正面からり合ってたら、俺は君に敵わなかった」

『謙遜はやめて欲しいな。何もこれは、剣だけで戦う試合じゃあない。先に手持ちの飛び道具を全部失った僕が迂闊で、最後の最後まで一挺残していたカズマ、君が一枚上手うわてだっただけのことさ』

「……ヘッ」

 そんなエマの言葉に一真が小さく笑うと、『そろそろ良いか、二人とも』と管制センターのオペレータが急かしてくる。

「ヴィクター2、覚悟は出来てる」

『オスカー1、こちらも。いつでも言ってください、CP』

『了解だ』

 そして、一瞬の静寂。あれだけ装甲を激しく叩いていた雨音も随分と小さくなった頃に訪れたその静寂の中で、二人はもう一度息を呑む。戦いの結末が今、告げられようとしているのだ……。

『勝者は――――』

 聞き耳を立てる一真は、その胸が少しだけ縮こまるような感覚を覚えていた。雌雄を決する勝敗を告げられる寸前だからか、身体が無意識の内に緊張を覚えているらしい。そしてそれはエマも同様のことらしく、視界の端に映る彼女の顔はやりきった表情をしていながらも、しかし少しだけ緊張したように強張っているように思えた。

 そして――――遂に、勝者の名が告げられる。

『…………勝者――――――ヴィクター2。

 ――――おめでとう、弥勒寺。君の優勝だ』

 エマに、勝った――――。

 その事実が信じられず、一真はそれを受け入れ頭で理解するのに、少しばかりの時間を要してしまう。そしてそれが紛れもない事実であることを知ると、固く結ばれていた口元が知らず知らずの内に緩んでいくことを感じていた。

『……やっぱり、か。悔しいけどカズマ、僕の負けだ』

 対艦刀を放り棄てながら立ち上がる≪シュペール・ミラージュ≫を操りながら、やりきった顔のエマがそんな賛辞の言葉を投げ掛けてくる。

「ギリギリさ。多分、次は無い」

 言いながら、一真も散弾砲から手を離しながら≪閃電≫の横たわった機体を起こす。

 立ち上がった二機の巨人が、向かい合う。しかしそこに先程までの闘志の類はまるで無く、寧ろ異様なぐらいに清々しい雰囲気が漂っていた。

『あーあ。でもこれで、僕が勝って君をモノにする僕のプランもおじゃん、か』

 ≪シュペール・ミラージュ≫のコクピット・シートに深く背中を預けながら、エマが冗談めいた溜息交じりにそんなことを口走る。それに一真が「残念だったな」とほくそ笑むような笑みを浮かべて言い返せば、

『でもまあ、これで良かったのかもね。冷静に考えてみれば、勝負の賭けで君をモノにしたって、何も面白くない』

「へえ? そんなもんかね」

『そんなもんだよ、カズマ。見てなよ? 僕は僕の力で、必ず君をモノにしてみせる』

 そんなことをエマに真っ正面から宣言されてしまえば、一真も思わずフッと小さく笑ってしまい。

「ま、精々楽しみにさせて貰うぜ」

 と、自然と口から出てきたそんな言葉を返してしまう。

『何はともあれ、今はそんなことは抜きにしよう。――――カズマ』

 ふぅ、と小さく息をつきながらエマは言い、すると≪シュペール・ミラージュ≫の右腕をスッと一真の≪閃電≫の方に突き出してきた。

「…………ヘッ」

 そんな粋なことをされてしまえば、一真はまた笑みを浮かべてしまい。彼もまた「ああ」と頷けば、≪閃電≫・タイプFの右腕を≪シュペール・ミラージュ≫が突き出す腕の方に向けてその拳を差し出させる。

『楽しい戦いだったよ、カズマ。ここまで心躍る相手、君が初めてだった』

「俺も、ギリギリの勝負が出来た。最高だったぜ、エマ」

 互いのマニピュレータに形作らせた鋼鉄の握り拳を、正面から突き合わせる二人。その頃には既に雨は上がっていて、雲の切れ間から蒼穹と共に太陽が覗き始めていた。

 雲の切れ間から、降り注ぎ屈折する陽の光が、まるでカーテンのような幻想を浮かび上がらせる。あれだけ天球に満ちていた曇天が消え始め、晴れ間の覗く空の下――――弥勒寺一真は強敵エマ・アジャーニを討ち倒し、クラス対抗TAMS武闘大会の優勝を、その拳で勝ち取ったのだった。

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