Int.33:金狼の牙と白狼の炎、斬り結ぶは神速の剣⑦

「派手にいこうぜェェ――――ッ!!」

 先に動いたのは、一真の方だった。

 純白の装甲を雨に打たれながら、一真の≪閃電≫が大地を蹴って突撃する。背中のメイン・スラスタを全開に吹かし、そして左肘を初めとした"ヴァリアブル・ブラスト"すらをも全力で吹かす、文字通り最大速度での一撃を繰り出さんと、一真は雄叫びを上げながら眼前の≪シュペール・ミラージュ≫へと構えた切っ先の狙いを定める。

『ああ、来てくれカズマ! 楽しもうじゃないか、僕の、僕たちだけの戦いをッ!』

 それに相対するエマは歓喜の声を謳いながら、肩に担いでいた対艦刀を右腕一本で構えた。左腕は引いた格好の、相変わらずにの独特なスタイルだ。

 故に――――彼女がどう動くか、読めない。一真の知り得ている剣術はあくまで瀬那に教えて貰ったもので、日本刀を使う日本式の戦い方だ。だからこそ一真は、自分の放とうとしている片手平突きに対し、エマがどう反応してくるかてんで読めなかった。

(ンなもん先刻承知、知ったことじゃねえッ!)

 だが、そんなことはどうでもいい。仮に初手の一撃を避けられたとして、横に薙ぐもう一手がある。それこそがこの技・片手平突きの強みなのだ。ステラ・レーヴェンスでさえ打ち破ったこの技を、果たしてエマはどう受けてくれる――――!?

「オオォォォ――――ッ!!」

 着地し、更にもう一歩を踏み込む≪閃電≫。満を持して突き出される左腕は肘の"ヴァリアブル・ブラスト"で更に勢いを増し、放たれる切っ先からの突きの一撃は、正に暴力的と言えるほどの勢いを以て≪シュペール・ミラージュ≫へと迫る。

『ふっ……!』

 それをエマは、補助スラスタを軽く吹かしながら半歩右方へ身を逸らすことで回避する。右足を軸にコマのように回転して一真の撃ち放った突きを避けたエマだったが、しかし同時に一真へ己の無防備な背中を晒すことにも繋がった。

「デカいデカい、隙がデカいぜ、エマァァァァッ!!!」

 この好機を一真が逃すはずも無く。馬鹿みたいにデカい隙を晒した≪シュペール・ミラージュ≫の無防備すぎる背中へ、一真の≪閃電≫は突きを放った姿勢からそのまま左方に向けて大きく横薙ぎの一撃を振るう。

『――――掛かったね、カズマ』

 瞬間――――視界の端に映るエマの顔が、フッとほくそ笑んだような気がした。

「っ!?」

 その笑みに一真が妙な寒気を感じた途端、ガンッと硬い何かに激突した感触が対艦刀から伝わってくる。

 しかし――――左手で柄を握る一真の対艦刀が激突したのは、≪シュペール・ミラージュ≫の装甲ではなかった。

「エマ、まさか……!?」

『頭に血が上った君なら、きっと引っ掛かってくれると信じてたよ……』

 ほくそ笑むエマの、その操る≪シュペール・ミラージュ≫――――。その右腕は肩から背中に周り、そして背中に回した彼女の対艦刀は、一真が対艦刀で放った横薙ぎの一撃を、機体の背中にぶつかるよりも早く確かにその刀身で防いでいた。

(誘われた? この俺が――――!?)

 ――――完全に、策に嵌められた。

 それに一真が気付いた頃には、既に何もかもが遅すぎた。

『正面から戦うからこそ、だカズマ。僕は君を討ち倒す! 正面から、この手で! この僕の剣で――――!!』

 叫びながら、エマと≪シュペール・ミラージュ≫は踵を返すかのようにクルッと一真と≪閃電≫の方に正面を向ける。向けながら、背中で一真と斬り結んでいた対艦刀を巧みに操り、まるで柔術のように一真の持っていた対艦刀を≪閃電≫の左手マニピュレータから絡め取ると、それを彼方へと弾き飛ばしてしまう。

「しまったッ!?」

 一真は焦るが、しかし時既に遅し。≪閃電≫の手を離れ遙か上空へと弾け飛んだ73式対艦刀は、遠くのビルの屋上へと力なく突き刺さる。

(マズい、やられる――――!)

 咄嗟に一真は地面を蹴って後ろに飛び、"ヴァリアブル・ブラスト"やら全部のスラスタを逆噴射させて一気にエマから距離を取ろうとする。しかし、

『逃がさないよ、カズマ!』

 ≪シュペール・ミラージュ≫もまた地を蹴り、背中のメイン・スラスタを全開出力で吹かしながら、逃げる≪閃電≫に向けて突撃を敢行して来た。

「クソッ、なんてこった!」

 一度機体を着地させた一真は、地面を削るように後ろへ滑る≪閃電≫の手の中へ、腕の裏から00式近接格闘短刀を射出展開させる。

 手の中に収まる、二本のナイフめいた短刀。しかしそれを一真は、その二本ともを迷うこと無く≪シュペール・ミラージュ≫向けて投擲した。

『甘いよ、カズマ! その程度の小細工で、その程度のチャチなナイフで! 僕の、この僕の想いが止められるものかよッ!』

 向かい来る二本の近接格闘短刀。しかしエマはニッと小さく口角を緩ませながらそう叫ぶと、飛んで来たその近接格闘短刀を―――あろうことか、その右手の対艦刀で二本ともを弾き飛ばしてしまう。

「嘘だろ、オイ!?」

 そんな光景を見せつけられてしまえば、流石の一真とて狼狽せざるを得ず。投げた二本で≪シュペール・ミラージュ≫の何処かしらは頂けると思っていたが故に、彼が取るべきだった回避行動はほんの数瞬、遅れてしまう。

 ――――そして、エマにとってその数瞬の硬直は、大きすぎる程のチャンスとなった。

『読みが外れたね、カズマ!』

 これで、決める――――!

 硬直する≪閃電≫の目の前に着地し、その勢いに押され思わず背中から地面にスッ転んだ≪閃電≫に向け、更にもう一歩を大きく踏み込んだエマの≪シュペール・ミラージュ≫が、その右手に持った対艦刀を大きく振り被った。狙うはただ一点、純白の装甲に護られた、その胸部に他ならない――――!

『チェック・メイトだ、カズマァァァァッ!!!』

 このまま、負けるのか――――?

 エマの叫びと共に振り下ろされる対艦刀を目の前に、一真の頭の中にそんな言葉が過ぎった。

(負ける? 俺が、エマに負ける……?)

 とても、受け入れられない。受け入れられないが、しかしそれは紛うことなき事実として、振り下ろされる対艦刀の刃と共に、強烈なリアルを伴って一真に突き付けられている。

(……仕方ない、のか。俺の力が及ばなかったから。俺が弱かったから、エマに負けるのか)

 脳内でアドレナリンが過剰分泌されているせいか、スローモーションのようにゆっくりと見える世界の中、一真は諦めの境地に立っていた。こうなってしまえば全てがどうしようもなく、ただ負けを受け入れるしか一真に出来ることはない。

(終わった、な。悔しいけど、俺の負けだ――――)

 ――――"一真よ。其方は私を、信じてくれるか?"

「ッッッ!!!」

 そんな時、一真の頭に駆け巡ったのは、そんな言葉だった。あの雨の日の公園で、瀬那が自分に向けて告げた、そんな言葉が頭の中に駆け巡った途端、一真の意識は再び覚醒する。

(そうだ、俺は負けられねえ。俺だけじゃねえ、俺だけの為じゃねえ……!)

 "其方だけは、此処にいてくれ。其方だけは、私と共に在ってくれ"――――。

 そして今一度頭の中で瞬くその言葉は、何処かで聞いたようなその言葉は。降りしきる雨音を聴くまどろみの中、聞こえたような気がしたそんな瀬那の独白が――――諦めかけていた一真の魂に、再び熱い炎を取り戻させた。

「ああ、そうだ! 俺は負けねえ、負けられねえ! 俺が俺である限り、俺がそこに居る限り! 俺は強くなくちゃならねえ! 何よりも! 誰よりも!

 なあ、そうだよなァ!? ――――そうだろ、瀬那ァァァァ――――ッ!!!」

 烈火のように燃え盛る魂の炎を宿した双眸を見開き、一真は右の操縦桿を砕かん勢いで硬く握り締める。

 展開するのは、背部右側マウント。チャンスは一度切り、それも一瞬だけ――――!

「チャンスは、一瞬だァ……?」

 上等だろ、それでよ――――ッ!!

 ≪閃電≫の右腕が、肩越しに背中に回る。右手マニピュレータでガッチリと掴むのは、88式75mm突撃散弾砲の銃把。

 マウントのロックを解除し、右腕で力任せに振り抜いた突撃散弾砲の砲口を、眼前で対艦刀を振り被る≪シュペール・ミラージュ≫の腹へと突き付ける。

『カズマァァァァ――――ッ!!!』

「行こうぜ、見せつけてやろうぜ! これが俺の、俺たちの! 俺たちだけの、輝きだァァァ――――ッ!!」

 振り下ろされる対艦刀と、砲口で激しく火花を散らす突撃散弾砲。雷雨の降りしきる鬱蒼とした曇り空の中、ダブルオー・キャニスターの砲声だけが虚しく響き渡った――――。

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