Int.31:金狼の牙と白狼の炎、斬り結ぶは神速の剣⑤

 地面に突き刺さる対艦刀と、彼方へと吹き飛んでいく突撃散弾砲。エマが抜き撃ちでブッ放したHEAT-MPスラッグ弾頭は立ち並ぶビルの内ひとつの側面をピンク色の塗料で汚し、そして――――白い≪閃電≫と市街地迷彩の≪シュペール・ミラージュ≫は、どちらも健在だった。

「…………」

『…………』

 エマの≪シュペール・ミラージュ≫は仁王立ちをし、一真の≪閃電≫は半身を交差点からビルの陰に隠したままで。二人は互いを睨み合ったまま、暫くの間動かなかった。

 何が起こったか、二人とも理解が及んでいないのだ。一真はエマの放ったスラッグ砲弾が完全に直撃すると思い込んでいたし、エマはといえば、何があって自機の右手から突撃散弾砲が吹き飛んでいるのかが分からない。

(――――まさか)

 互いに無言のままで睨み合う中、記憶の糸を手繰り寄せていたエマはひとつの可能性に行き着いた。

 あの時、確かに自分は突撃散弾砲の照準点を、≪閃電≫が動く先の未来予測位置に合わせていたはずだ。幾らあの機体が"ヴァリアブル・ブラスト"で馬鹿みたいな機動性だといっても、一度見てしまえば大体の移動速度と距離は勘で算出出来る。エマ・アジャーニなら、それが出来る。

 だが、現実はこうだ。自分が撃ったHEAT-MPスラッグ弾は≪閃電≫の未来位置どころか、全く明後日の方向に突き刺さっているではないか。

 それを鑑み、そして直前に取った一真の行動を思い返せば――――可能性としては、ただひとつ。一真が咄嗟に投げつけてきた対艦刀が上手い具合にエマの散弾砲に直撃し、そしてその勢いのまま吹っ飛ばしたということだ。散弾砲が一撃を貰ったことは、網膜投影される情報の中でエマの散弾砲が破壊判定を受けていることからも明らかだった。

(ああ、カズマ。君って奴は、なんて――――)

 ――――なんて、胸躍る相手なんだ。

『ふっ……』

 エマはいつの間にか、凍り付いていた表情が溶け、自分の顔に笑みが浮かんでいることに気付いた。戦いの中で笑うなんて、一体どれだけ振りだろうか。いや、今まで一度だって無かったかもしれない。

『ああ、最高だよカズマ。最高だ、君って男は……! こんなにも胸躍る戦い! 僕は嬉しいよ、嬉しくて仕方ないよ、カズマッ!』

 そして、感情の赴くままに叫んでいた。腹の底から浮かび上がる歓喜の笑みを、もう隠そうともしない。隠せてなど、いられるものか。

「……ヘッ、ただのまぐれだよ。運が良かったのさ、俺は」

 一真も額に汗を滲ませながら、しかし浮かべた笑みだけは絶やさない。絶やさないまま、右腰のマウントに吊り下げる予備の73式対艦刀を左手マニピュレータで抜刀した。

 ソイツを右手に持ち替えながら、再びエマの前に出る。歩幅を広く取って腰を落とし、激しい雨に白い装甲を打たれながら≪閃電≫は両手で柄を握る対艦刀を下段に構えた。

 既に≪シュペール・ミラージュ≫は全ての遠距離兵装を失い、残るものといえば対艦刀が一本と、後は標準装備の近接格闘短刀ぐらいだ。未だ88式突撃散弾砲を背中に残している一真の方が、装備の面では圧倒的な優位に立っている。

 優位に立ちながらも――――しかし一真は、掌にじっとりと浮かぶ手汗を抑えられずにいた。

(俺が、怖がってる……?)

 間違いなくそうだと、一真は自ずと理解する。目の前のシームレス・モニタの中で立ち尽くす市街地迷彩の≪シュペール・ミラージュ≫と、それを駆るエマ・アジャーニに、自分は知らず知らずの内に畏怖の念を抱いているのだ。

 ――――あの時、破れかぶれに一真は対艦刀を投げつけた。咄嗟の行動ながらも一応≪シュペール・ミラージュ≫へ直撃する軌道を意識し投げたのだが、しかしエマは無意識の内に自分の散弾砲を盾とすることでそれを防いだのだ。

 その光景は、ハッキリと目に焼き付いている。しかし先程のエマの反応を見ると、あの行動は完全に無意識下で咄嗟に身体が動いたが故の行動だろう。

 だとすれば、余計に恐ろしい。自分の武器を盾にする判断が咄嗟に、しかも無意識で身体が勝手に動くレベルとなると、彼女は恐らく一真が想像していたよりもずっとずっと、パイロットとしての次元が高いのかもしれない。

(っ……)

 ――――背筋に冷たいものが走り、身体が震える。それは畏怖から来るのもあったが、しかし一真にとってはそれよりも、ここまで強い相手と戦えることへの歓喜の念の方がずっとずっと大きかった。

『運も実力の内さ、カズマ』

「いいや、運は運だね」

『君にもそのうち、これが分かるよ。運を引き寄せる力も、ちゃんとした実力なのさ』

「へえ、ソイツは楽しみだ」

 不敵に笑いながら一真が待っていると、立ち尽くしていた≪シュペール・ミラージュ≫がやっと動きを見せる。

『今日は本当に楽しいよ、カズマ。君みたいなのと戦えるだけで、僕がここまで勝ち残ってきた意義があったというものだ』

 そんなことを口走りながら、エマは今までピクリとも動かなかった愛機≪シュペール・ミラージュ≫に息を吹き返させた。

 右腕が腰に走り、左腰マウントに吊していた73式対艦刀の柄に手を掛ける。固定を解除し抜き放ったそれを、エマは右腕一本で保持し、何故か刀身を荒っぽく肩に掛けてみせる。

『――――来なよ、カズマ。僕はもう逃げも隠れもしない、したくない。君とだけは正々堂々、正面からり合いたくなった』

 恍惚の表情でそう言いながら、エマは肩に対艦刀を掛ける機体を半歩下がらせ、スッと自然体に腰を落とす。そして、

『さあ、何処からでも掛かってくるといい。君がサムライなら、僕は騎士ナイトだ。円卓の騎士ナイト・オブ・ラウンズってワケじゃあないけれど、しかしこれでも祖国の旗は背負ってるつもりだからね。

 ――――だから僕は、今このときを以て初めて、僕自身の誇りを賭けて君と対峙する。僕の意地と名誉は、全てこの一刀に託した』

 空いた左腕を≪閃電≫の方に突き出し、≪シュペール・ミラージュ≫はその左手マニピュレータを巧みに動かし、エマはまるで挑発するように手招きをしてみせた。

「…………オーライ。俺も乗ったぜ、この勝負」

 一真も腰を落とした格好で下段に対艦刀を構えていた≪閃電≫にその構えを解かせ、柄を左手マニピュレータ一本に持ち替えた。大きく歩幅を取り左肘を引っ込め、刀身に右手を沿わせるその構えは、紛れもなく片手平突きの構え。一真が最も得意とし、そして切り札とする一撃を繰り出さんとした時の構えだ。

「エマ、君の誘いは嬉しいが、俺はこの賭けに負けるワケにはいかねえ。俺が俺自身である為にこの勝負、負けるワケにゃいかないんだ」

 するとエマはフッと小さく笑い『知ってるよ』と呟いて、

『それが、君って男だからね。だからこそ僕は、君が賭けに勝ちに来ると踏んでいたからこそ僕は、あの賭けを提案した』

「……ヘッ、敵わねえや。俺はまんまと一本取られた、ってえワケかい」

『いいや? 僕が君に恋をしてしまったのは紛れもない真実さ。今だって胸の高鳴りが止まらない、すぐにでも張り裂けてしまいそうだ。君とこの剣を交えることを想うだけで、身体の奥から湧き上がる興奮が抑えきれない』

 恍惚の顔でそう言うエマの言葉が紛れもなく真実だと、彼女自身の潤んだ蒼い瞳が暗に告げていた。アレだけ底なしに奥が深いように見えていたエマのアイオライトみたいな蒼い瞳が、今ではその奥の奥まで見通せてしまえるような気がする。それだけ、今のエマ・アジャーニは一真に心を許しているのかもしれない。

「どんなに言い寄られたって、俺は負けてやる気はさらさら無いぜ。気持ちだけは、有り難く受け取っておくけれども」

『良いんだ、それで良い。君はそうでないと、逆に僕が困ってしまうから』

 ――――そして、一瞬の静寂が訪れる。聞こえるのは機体の稼働音と、後は降りしきる激しい雨音。そして、遠くで鳴り響く雷鳴のみだ。

『…………このままでも仕方ない。始めようか、カズマ』

 静寂を破る、呟くように細いエマの言葉に一真も「ああ」と頷く。

「始めようぜ、第二ラウンドだ。仕切り直しと行こうじゃねえか、エマ」

『飛び道具も全部失い、刀一本で君と戦うなんて……ああ、たまらないよカズマ。君が決勝まで勝ち残ってくれて、本当に良かったと心の底から思える』

「御託はそこいらにしとこうぜ。いつまでもこのままじゃあ、観客もシラけちまう……」

 ――――二機の巨人が、睨み合う。いつ晴れるとも知らぬ暗雲の下、叩き付けるような激しすぎる雨にその身体を晒しながら、白い武士もののふと灰色の騎士とが睨み合う。

『さあ、始めよう。僕たちの戦いを。僕たちだけの、誰にも邪魔されない戦いをさ。

 戦おう、僕たちの戦いを! カズマァァァ――――ッッ!!』

「俺が、俺がブチ抜く! エマも、この賭けも、この勝負も! 何もかもを、俺自身の拳でだ!

 派手にろうぜ! 俺たちだけの、この勝負をッ! そうだろ!? なぁ、エマァァァ――――ッ!!」

 ≪閃電≫が、≪シュペール・ミラージュ≫が、雨に濡れた大地を蹴って走り出す。互いの意地と誇りを賭けた剣を携え、互いを討ち倒さんと突き抜ける。

 剣と剣が火花を散らし、激しくぶつかり合う。神速とも呼べる速さで振るわれた一対の剣が、激しい火花を瞬かせながら斬り結ぶ――――!

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