Int.26:純白の剣、少年が赴くは決戦の舞台②

 横倒しになったコクピットへ乗降ハッチから飛び込むように一真が滑り込めば、身体を預けるシートにパイロット・スーツの非接触式コネクタが接続され、機体と同期する。同時に装着していたヘッド・ギアから視界に各種情報が網膜投影され、同期が正常に行われていることを一真に示した。

 コクピット・シートの真正面にあるコントロール・パネルを指で弄り、乗り込んだ機体の起動操作を開始する。一真の操作に従い、まずはコクピット内の計器や補助灯に光が灯り、次に目を覚ましたのが彼の周囲を囲む、半天周型のシームレス・モニタだ。

 目を覚ましても白一色にホワイト・アウトしたままのモニタ中央に、"SENDEN-TYPE F"という文字が一瞬だけメーカー・ロゴと一緒になって浮かび上がり、それが消えるとやっと、機体のカメラが捉える外界の映像が映し出された。目の前いっぱいにどんよりとした曇り空が浮かぶのは、この機体がトレーラーの上で仰向けに寝転がっている格好だからだろう。

「UHF/VHF無線機、動作チェック。燃料電池コンディション……グリーン。コンデンサ、各部人工筋肉パッケージ及びサーボ・モーター、いずれも正常に動作中。High-Level高度 Tactical戦術 Data Linkデータリンク Control-System制御システム起動。戦術モード・プラクティスにてデータリンクを開始……」

 計器やコントロール・パネルの液晶タッチ・パネル、それにトグル・スウィッチを操作し行う起動作業を一真は逐一それを独り言のように口で反芻しつつ、作業を進めていく。いい加減この操作にも慣れてきたもので、さっさと早く、それでいて正確に作業をこなせている。

「起動手順、フェイズ44から56までを省略。セルフ・チェック開始――――異常なし。正常動作を確認。

 ――――ヴィクター2よりCP。機体起動作業、及びセルフ・チェックを完了。指示を請う」

『CPよりヴィクター2、了解した。オスカー1は既に移動を開始している。兵装の受領が終わり次第、貴様も演習場・B区画へ移動しろ』

 無線から聞こえてくる男性オペレータ士官の声――――CPコマンド・ポスト、即ち嵐山演習場の管制センターに詰めるオペレータの指示に、一真は「ヴィクター2、了解」と頷き返せば、肩の力を抜くと小さく息をつく。

「さて、ここからだ……」

 ここまでは順調だ。というか、順調でなくては困る。戦う以前に機体を起動できないってのは最早色々通り越して問題外もいいところだ。

 だが、問題はここからだ。いや、寧ろここからが本番と言っていい。エマ・アジャーニとの闘いに勝ってこそ、初めて肩の力を抜けるというものだ。

「ったく、我ながら何肩肘張ってんだか……」

 自嘲するような笑みを浮かべながら、一真がひとりごちる。何故だかエマが相手と考えると、最近はずっとこうだ。妙に考えすぎるというか、何というか。

 とにかく、今更あーだこーだと考えたところで仕方がないのだ。やれることは全てやった、さっきもそう思ったばかりではないか。

 だというのに、胸の昂ぶりは収まらない。それどころか、勢いを増している。

「怖いのか? いや――――」

 ――――寧ろ、その逆だ。

 この間の試合を見ていたときからビンビンに感じていた、エマの圧倒的なまでの強さ。それに自分は、どうやら期待しているらしい。自分を圧倒的に凌駕する、下手をすればこちらがやられかねない程の圧倒的なエマ・アジャーニの強さに。

「へっ……決勝まで残って、正解だったぜ……」

 言いながら、一真は操縦桿を握り締めていた右腕を目の前に伸ばす。真っ直ぐ伸ばした手の中で指を折り、硬く握り締めるのは無骨な握り拳。

 ――――そうだ。勝つ、勝ってみせる。あのエマ・アジャーニに、俺は勝ってみせる。

「俺の目の前に、飛び越えられないほどのドデカい壁が立ちはだかるってのなら――――」

 ――――俺はそれを、全力を以て叩き壊す。

 いつか呟いたその言葉を、また一真は独り呟いてみせた。

 エマとの闘いはステラの時とは違う。喧嘩でもなければ、越える必要も無い壁だ。背負うモノも無ければ、負けて失うモノも何一つない。

 だが、それでも一真は立ち向かってみたくなった。眼前にそびえ立つエマ・アジャーニという巨大すぎる壁に、己の拳ひとつで。この拳たったひとつを武器に、この壁に何処まで通用するか――――それを、確かめたくなったのだ。

「楽しい、楽しいぜエマよぉ……」

 思わず、口角が緩んでくる。クラス対抗TAMS武闘大会の決勝戦、それを前にして一真の心は熱すぎる程に燃え上がり、その闘志は尋常じゃ無いぐらいに湧き上がっていた。

 やがて、一真の乗り込む機体――――純白の装甲を纏いしエース・カスタムのTAMS、JS-17F≪閃電≫・タイプFを乗せた73式トレーラーの荷台が、油圧仕掛けで独りでに起き上がる。その荷台が八十度近くの角度にまで起き上がってしまえば、モニタに映る景色には豊かな緑色が多くなり。直立姿勢の時と殆ど変わらないような視界に変わっていた。

『デッキ、スタンバイ完了。アームの固定解除のタイミングはそっちに任せる』

「ヴィクター2、了解。行ってくるぜ」

 地上に展開する整備クルーからの更新にそう答えた一真は、すぐさま機体を荷台に縛り付けていた固定アームを解除させた。

 一歩を踏み出し、≪閃電≫・タイプFの巨大な足が大地を踏みしめる。人の双眸にも似た頭部の赤い双眼式カメラ・アイが鈍く光り唸れば、白き相棒に呼応するように一真の闘志もまた、熱く燃え滾る。

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