Int.27:金狼の牙と白狼の炎、斬り結ぶは神速の剣①

 どんよりとした曇天の空の下、入り組んだビル街を模した嵐山演習場・市街地フィールドに二機の巨人が向かい合い、無言のままに睨み合っていた。

 片方は純白に塗装された西條教官謹製のエース・カスタム機、JS-17F≪閃電≫・タイプF。研ぎ澄まされた刀のように鋭角なシルエットを、その塗装のせいか灰色の仮想ビル群の中で若干ながらの迷彩効果を発し、少しばかり輪郭が揺らいでいる。

「…………ヘッ」

 それを駆るのは、勿論この少年――――弥勒寺一真だ。猛獣のように闘志剥き出しの眼で睨むのは、眼前に立つ倒すべき敵の姿。闘いを前にして身体が奮い立ち、両サイドから生える操縦桿を握り締める手の力も、自然と強くなる。

『…………』

 一方でその一真が睨む、眼前に立ち尽くす灰色の機体――――こちらも欧州連合・フランス軍のエース・カスタム機たるEFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫。そのコクピット・シートで、パイロットである交換留学生エマ・アジャーニは以前までの戦いと同様、俯く顔で無言のままに瞼を閉じて己の内側に潜り込み、その神経の全てを目の前の戦いだけに注ぐべく、最大まで研ぎ澄ましている最中だった。

 ≪シュペール・ミラージュ≫もまた何処か鋭角的なフォルムであったが、その装甲は灰色を基調とした完全な市街地迷彩の為、一真の≪閃電≫よりも更にその輪郭を仮想市街地の中へ曖昧に溶け込ませている。≪閃電≫の各種センサーが情報を拾い、視界の中の≪シュペール・ミラージュ≫の機影に網膜投影でターゲット・ボックスを表示してくれているから理解できるが、しかし肉眼だけならば、それがTAMSであると遠目には分からないだろう。

(やっぱり、持ってきてやがったか……)

 内心で毒づく一真の視界の中で、輪郭を合間にさせる≪シュペール・ミラージュ≫の機影の中で、しかし唯一ハッキリと見える物があった。奴が右手のマニピュレータで握り、左手をハンドガードに沿わせる93B式20mm支援重機関砲だ。

 当初の予想通り、やはりエマはこの間観戦した試合と同様の兵装選択をしてきていた。左腰の73式対艦刀に、右腰に吊した88式75mm突撃散弾砲。背部左側マウントには93B式用の大容量ガンナー・マガジンの予備を二つ抱えているなど、本当にあのままなスタイルだ。

 というのも、過去の映像を閲覧した美弥によると、エマは武闘大会の全試合をこの兵装セットで臨んでいるらしいのだ。あの時一真が言ったように、やはりこの組み合わせがエマにとってベストなモノなのだろう。

 一方一真の方はといえば、こちらも比較的軽装ではあった。両腰に一本ずつマウントする73式対艦刀はいつものことだが、手に持つのは93式20mm突撃機関砲が一挺のみ。一応機関砲のアンダーマウント部分には対応品の93式130mmグレネイド・ランチャーを装備しているが、しかし手に持っているのはその一挺のみだ。

 後はといえば、背中の右側マウントにはお得意の88式突撃散弾砲、左側にグレネイド・ランチャー用の予備弾倉を懸架しているぐらいだ。一真にしては割と軽装な方だが、これは速攻を仕掛けるという作戦の都合上、少しでも身軽な方が良いと判断してのことだ。それでも、両腰の対艦刀だけは譲れなかったが……。

「なぁ、エマよ」

『……なんだい、カズマ』

 視界の端に網膜投影される、瞼を伏せたままで反応するエマに、一真はもう一度「ヘッ」と笑うと、

「いや……なんでもねえ」

 そう短く言うのみで、それ以上の言葉を発さなかった。

『変わった男だね、君は』

「そうかい?」

 そうさ、とエマは瞼を伏せたままで小さく口元を綻ばせ、

『決勝の晴れ舞台だってのに、緊張ひとつ見せていないじゃないか』

「そういう君だって、そうだろ?」

『……ふっ、違いない。僕も大概、おかしいのかもね』

 一真はそれに「だな」と言い、

「お互い、ヒトのこと言えねえってワケだ」

『……ふっ、ふふふっ…………』

「ヘッ、ヘヘヘッ…………!」

 何がおかしいのか、唐突に二人は笑い合う。エマは瞼を伏せたまま、一真はその双眸に闘志を燃え滾らせたままで。

『さあ、やろうかカズマ。ここまで来たら、後は何も関係ない、何も知ったことじゃない。僕と君で一対一、サシの真剣勝負だ』

 閉じていた瞼を開き、そう言うエマの双眸はパッと見とれるぐらいに真っ直ぐ純粋な色をしていて。戦いひとつの為に己が全てを削ぎ落とし、研ぎ澄ましたその瞳に釘付けになって、一真は一瞬だけ言葉を失ってしまった。

「――――ああ。一対一だ、誰にも邪魔はされねえ」

 そしてハッと我に返ってから、再び不敵な顔を浮かべてみせた一真が言う。

『実はね、カズマ。君がステラと戦うって言い出した時から、僕は君と戦うのが楽しみで仕方がなかった』

「…………」

 突然そう言い始めたエマの言葉に、一真は少し困惑しながらも黙って耳を傾ける。

『そして、君とステラの戦いを見せて貰った時から、もう僕は君に釘付けさ。あそこまで血の滾る戦い方をするパイロットは、久々に見たからね』

「……へえ、そりゃあ光栄なことで」

『もう、一目惚れだよね。たまらないよ、君の戦い方は。どうやら僕はさ、カズマ。戦う君の姿に、恋をしてしまったみたいだ』

「――――ヘッ」

 また、一真が小さく笑う。犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みだ。しかしその顔色は、何処か嬉しげでもあった。

『ああ、ハッキリ言わせて貰うよカズマ。僕は君が好きだ、たまらなく好きになってしまった。恋する乙女ってワケじゃ無いけれど、ね……。

 ――――だから、カズマ。この戦い、ひとつ賭けをしないかい?』

「…………言ってみな、エマ」

 視界の端に映るエマの顔がフッと小さく笑ったかと思えば、

『この戦い、僕が勝ったら――――カズマ、君は僕の彼氏になってくれ』

 そう、エマがしたり顔で言った瞬間、他の連中が騒ぎ出すのが遠く離れた一真の背中にまで伝わってきたような気がした。勿論何の根拠もない勘だが、しかし勝っても負けても、帰ってから随分と厄介な事態になるのは間違いないだろう。

 だからか、一真は少しだけ肩を落とし、辟易したような溜息をほんの少しだけついてしまった。後のことを考えると、憂鬱になってしまう。

「……ヘッ」

 だが――――自然と浮かび上がってくる表情は、あまりに不敵な笑い顔だった。

「おもしれえ、おもしれえぜ。その賭け、乗ったぜ」

 顔の前で軽く右の拳を握り締めながら、一真がそう言う。

「とはいえ、俺が勝ったらどうしろってんだ。別に俺は、君に求めるモノなんて何もアリはしないぜ?」

『うーん、そうだね……』

 するとどうやらエマの方も完全な思いつきで言っていたらしく、そこまで考えていなかったのか、顎に手を当てると少しだけ思い悩むような仕草をする。

『折角だし、なんでもひとつ、君の言うことを聞こう』

「……本当に、なんでもか?」

 そう訊き返せば、エマはフッと柔らかく笑ってみせ、

『ああ、なんでも。なんだって構わないよ、カズマ……?』

 わざとらしく妖艶な風に表情を作ってみせると、そんなことをエマが口走った。

「へえ……?」

 ――――実際、一真としてもまんざらでもない賭けだ。勝っても負けても、正直一真にとっては得しかない。傍目に見てエマはかなり美人な類だし、ぶっちゃけ負けた方が良いんじゃないかとすら思ってしまう。

(……ま、そうもいかねえよな)

 だが――――何故か、思い浮かぶのは瀬那の顔だ。彼女のことを思い返してしまえば、負けるのがまんざらでも無いなんて思考が、一気に頭の外へと吹き飛んでいってしまう。

(そうだよな、瀬那。俺は負けられねえ、負けちゃいけねえ)

 そして――――抜けかけていた熱い闘志の炎が、再び一真の瞳に戻ってきた。

『ヴィクター2、オスカー1。悪いが、お話はそこまでだ。

 ――――両機共、マスターアーム・オン。テンカウントで試合開始だ』

『オスカー1、了解だ』

「ヴィクター2、了解」

 水を差すような管制センターの通信に、しかし二人は顔色ひとつ変えずに正面コントロール・パネルに生えるトグル式のマスターアーム・スウィッチを、安全位置のSAFEから解除状態のARMへと指先で弾く。

『何はともあれ、今は目の前の戦いに集中するとしよう、カズマ』

「あたぼうよ」

 言いながら、一真は再び両の手で操縦桿を握り締める。既に彼の中でエマ・アジャーニは挑戦する壁でなく、越えなければならない巨大な壁へと姿を変えていた。

(俺は越える、壊す。この壁を、エマ・アジャーニというドデカい壁を。この拳で、俺の拳で壊す。叩き壊す――――!!)

 ――――そうだろ、瀬那?

 何故、こんな時にまで彼女の顔が思い浮かぶかなんて分からない。しかし瀬那のことを想えば、目の前に立つエマ・アジャーニと≪シュペール・ミラージュ≫は、絶対に討ち倒さなければならない敵へと姿を変えていくのだ。

『スリー・カウント――――』

 ポツリ、ポツリと曇天の空が泣き出す中、睨み合うは二機のエース・カスタム。お互いのプライドを、意地を、そして何もかもを賭け、男の拳と金狼の牙が激突し合おうとしていた。

『――――試合開始』

 その号令が告げられ、決勝戦の火蓋が遂に切って落とされた。

『…………行くよ、カズマ』

「派手にいこうぜぇッ!! エマァァァ――――ッ!!」

 ≪閃電≫・タイプFと≪シュペール・ミラージュ≫。互いの意地と誇りを具現化したようなカスタマイズ・マシーンが火花を散らし、降り出した雨に身体を濡らしながら激しく激突しようとしていた。

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