Int.25:純白の剣、少年が赴くは終局の舞台①

「――――カーズマっ!」

 そしてときは過ぎ、決勝戦直前の嵐山演習場・整備区画。眼前の73式TAMS前線輸送トレーラーに横たわる相棒を85式パイロット・スーツに身を包んだ一真が見上げていると、突然そんな声が聞こえてきたかと思えば、唐突なまでに背中から誰かに飛びつかれてしまう。

「いぃっ!? な、何だよステラっ!?」

 首に両腕を回して身体を押し付けてくる彼女――――ステラ・レーヴェンスに驚いた一真が素っ頓狂な声を上げると、当のステラ本人は「ふふーん」と少し意地の悪い顔をし、

「何って、アンタに抱きついてんだけど?」

 なんて、至極当然な風に言ってくる。

「当たり前みたいに言うんじゃねえっ! ったくお前と来たら……」

「えー? いいじゃないの、別にこれぐらい。ねえ?」

「ねえ? じゃねーっつの!」

 そんな具合に口では言いつつも、やたら距離を近づけてくるステラを引き剥がせないのは一真の性分が故か。まあ背中に押し当たるアホほどふわふわした感触は決して悪いものではないので、これはこれで楽しませて貰うことにする。無自覚だろうが分かった上でやっているのか、どちらにせよこの幸運をフイにすることはない。

「ほれ、いい加減離れぬか」

 ともしていると、ステラがいい加減に背中から瀬那の手で引き剥がされる。その際に「うぇー!」なんて妙ちくりんな声を上げていたが、まあ気にしないでおこう。

「ったく、毎度毎度……」

 ブツブツとぼやきながら一真が振り返れば、不満げな顔のステラと呆れた様子で腕を組む瀬那の他にも、霧香や白井、それに美弥といったいつもの連中の姿があり。「一真さーん!」と手を振る美弥を筆頭とした彼らも、どうやら一真の応援に来てくれているようだった。

「おっ、来てくれたか」

「あったぼうよ!」真っ先に威勢良く反応したのは、やはり白井だ。「折角の決勝戦、俺たちが来ないで何がダチだっての!」

「…………がん、ばって」

 次に霧香にボソッと言われ、一真も「ああ」と頷く。口数こそ少ないが、しかし彼女の想いは短い言葉だろうが確かに伝わった……ような気がする。

「あっ、一真さん。戦術プランの方、覚えてますよね?」

「勿論だ。折角美弥が必死こいて組み立ててくれた作戦、無駄に出来っかよ」

「そうですか、ならよかったですっ!」

 にぱーっと無邪気な笑みを浮かべて美弥に言われれば、自然と肩の力も抜けてくる。

(そうだ。今回も、やっぱり美弥の作戦が肝だ)

 そんな美弥に小さく笑い返しながら、一真は内心で独り頷いていた。

 ――――やはり、今度のエマ戦も美弥の作戦が通用するか否かで、勝敗は分かれてくる。他でもない美弥の立てた作戦だから信頼は置けるが、しかしそれが何処まであのエマ・アジャーニに通用するか……。

 だがまあ、ここまで来てしまった以上は、後は全てをアドリブに任せるしかない。事前にやれるだけのことは全てやった。ならば後は、己が剣に全てを託すのみだ。

「カズマ」

 なんて思考を巡らせていると、いつになく神妙な声色でステラにそう呼びかけられる。

「気を付けなさい。エマは多分、アンタが思うよりずっと厄介な相手よ。迂闊な行動を取り過ぎないようにしなさい。でないと、こっちのペースに流すつもりが、逆にエマのペースに流されてしまうから。

 ――――それが、アタシからアンタに言える、たった一つのヒントよ」

 腰に片手を突きながらで、しかしシリアスな表情のステラに真っ直ぐ見据えられながらそう言われては。一真も「……ああ」と小さく頷くことしか出来ない。

(俺が行く予想の上、更にその上を行くのが――――エマ・アジャーニ)

 ゴクリ、と生唾を飲み込む。思わず武者震いすらしてしまう。

(だが――――)

 ――――だからこそ、面白い。

 エマ・アジャーニ、相手にとって不足なしだ。闘いに臨む前、これ程までに胸躍る相手はステラ以来だろうか。正真正銘の全身全霊、全開の更にその先まで絞り尽くさねば勝てないような相手だからこそ、一真の闘志も燃え上がる。

「……ふっ、余計なお世話だったか。そうだそうだ、アンタはそういう奴だったわね」

 いつしか一真はその顔を不敵な笑みに染め上げていて、それを見たステラは大げさに肩を竦めながらそう言ってみせる。

「っと、そろそろ時間だ。んじゃ、俺行くわ」

 知らぬ内に時間は過ぎていて、良い具合な頃合いになっていた。一真はみなにそう言うと、ヘッド・ギア片手に踵を返しトレーラーの方へ歩いて行こうとする。

「一真」

 と、そうした時に瀬那の声が背中越しに聞こえてきたものだから、立ち止まった一真は首だけを後ろに向けて振り向いた。

「…………なんだ?」

 振り返った一真がそう訊けば、腕組みをしたままの瀬那はフッと小さく笑い、

「――――其方の思うまま、思う通りの喧嘩をしてくるがい」

 そう、彼に告げた。

 すると一真も「へへへっ……」と笑い出し、

「だから、喧嘩じゃねえって言っただろ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る