Int.19:ブルー・レイン/少年と金狼、二匹の獣は決戦の舞台へ②

「やあ、カズマ」

 整備区画の73式トレーラーに機体を戻し、降りてきた一真を真っ先に出迎えたのは、意外にもあのエマ・アジャーニだった。

「エマか、どうしてここに?」

「午後から試合があるんだよ。君と同じ、準決勝のね」

 軽くウィンクをしながらそう言うエマの格好は、時間に余裕があるからかまだCPW-52/Aのパイロット・スーツでなく、士官学校の制服のままだ。そんなエマの傍には美弥の姿もあり、いつものおどおどとしながらも何処か人懐っこい笑みを浮かべながらぺこり、と一真にお辞儀をしてくる。

「試合? 確か一日一組ずつのはずじゃねーのか?」

「本来は、ね。ただ君とステラが戦ったり、後は軍が演習でここを使う関係もあって、日程がカツカツみたいなんだ。だから多少無茶でも、今回は午前と午後で一組ずつ試合をやってるらしいよ。知らなかったのかい?」

「ああ」困惑した顔で頷く一真。「あんま、ヒトの試合興味無かったしな。それどころじゃないぐらい疲れてたし」

 ――――実は、今日は既に七月も二週目に突入しているような日なのだ。といっても七月一日はこの間の土曜であるから、気分的には今週が七月一週目のようなものなのだが。

 エマが言うには、どうやらこの間の対・ステラ戦――――A組のクラス代表決定戦が少なからず日程に影響しているらしい。そのせいで原則一日一組ずつで行うはずの試合が、こうして午前と午後で二組ずつ行うことになっている。だからか一真は、変に気が引けてしまっていた。それを作った原因は、自分にも少なからずあるのだから。

「ふふっ、そう気に病むこと無いと思うよ」

 するとそんな一真の心の内を読んだかのように、微笑みながらエマがそう言う。

「寧ろ、皆やる気出たんじゃないかな? あんな熱い戦い見せられたら、誰だってその気になっちゃうよ」

「そ、そうか……?」

「そうだよ」肯定するエマ。「第一、君にたかる彼女らが良い証拠じゃないか」

「あー……」

 エマの一言で、試合を終えて士官学校に帰る度に出くわす盛大な出迎えのことを思い出し、一真は憂鬱になって肩を落とす。恐らく今日も、白井辺りに助けを乞う必要があるだろう。

「ところでさエマ、それに美弥も。瀬那見なかったか?」

 ふと、瀬那の姿がここに無いことに気付いた一真が訊いてみるが、しかしエマは「ううん、見てないけど」と首を横に振る。

「あ、瀬那ちゃんならさっき、西條教官と話があるって言ってましたよぉ」

「ほんとか?」

 一真が訊き返せば、「はいっ」と美弥が肯定する。

「なんだか、大事な話っぽい雰囲気でしたねぇ。二人とも顔、険しかったですし」

「そうか……」

 ――――もしかしたら、昨日話した一件のことか?

 多分、そうだろう。このタイミングで瀬那が西條に話すことといえば、一真が予想できる範囲だとそれ以外に考えられない。

 だとすれば、ここは彼女に任せておくべきかと一真は判断した。どう考えても込み入った話なのは明白だから、自分が下手に首を突っ込むことではないだろう。一通り終わった後、改めてゆっくり瀬那か、或いは西條に直接訊いた方がいい。

「えっと、ところで、一真さん?」

「ん?」美弥がおどおどとしながら突然話しかけてきたものだから、一真は何のことだか分からないままに反応する。

「……その、相談があるんですけれど。少しだけお時間、良いですかぁ?」

「構わねーよ。どのみち瀬那も居ないしな……。パイロット・スーツ着替えた後でも良いか?」

「あっ、はいっ! それは勿論っ!」

 元気よく美弥が頷くのを見て、一真は「じゃあエマ、そういうことだから俺は」と言って、別れる旨をエマに告げる。

「そうだね、僕に構うことはないよ」

「……エマ」

 スッ、と一真はグローブに包まれた拳をエマの前に突き出す。その行為の意味が何のことだか分からないエマが首を傾げると、

「大丈夫だと思うが、勝てよ。折角俺がここまで勝ち残ったんだ。折角だからエマ、決勝は君と戦いたい」

「――――ああ、なんだ。そういうことか」

 一真のそんな一言で突き出された拳の意味を理解すると、エマはフッと小さく笑う。そして自分も白すぎる華奢な手で握り拳を作ってみせると、それを一真の拳と真っ正面からコツン、と軽くぶつけてみせた。

「勿論、勝つさ。決勝で戦うのを楽しみにしているのは、何も君だけじゃない」

「ヘッ、そりゃあ嬉しい」

 ニイッ、と一真も笑みを浮かべてみせる。

「僕は勝つ。そして決勝の場で――――カズマ、君にも僕は勝ってみせる」

「そりゃあこっちの台詞だぜ、エマ。俺は君を、真っ正面から叩き伏せる」

 フッと不敵に笑い合う二人。そして一度拳を離すと、拳の底同士をお互いに一瞬ぶつけ合った。

「勝てよ、エマ」

「待ってなよ、カズマ」

 ――――この女なら、必ず決戦の舞台に上がる。

 己の顔をじっと見据えるアイオライトのような蒼い双眸の、その奥に垣間見えるモノを見て、一真はそう確信していた。

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