Int.20:少女と巫女、交錯する二つの想い
「――――で、弥勒寺にあのことを話したと」
一方その頃、嵐山演習場の隅に停められた京都士官学校が所有する公用車の黒いセダン。その後部座席でくつろぎながら言う西條の言葉に、隣に座る瀬那は「うむ」と、フロアに鞘を突く刀の柄に両手を置きながらの格好で頷いた。
「で、何処まで話した?」
「そうであるな――――」
そして瀬那は、昨日どこまで一真に話したかを西條へ簡潔に説明した。"
「ってことは、綾崎家のことはまだ?」
「話してはおらぬ。……まだ、一真にこれを話す踏ん切りは付いておらぬ故、な」
「ま、いいや。その辺を話すタイミングは瀬那に任せるよ。こればっかりは君と弥勒寺の問題だし、ね……。
――――それで? 私は結局、"
「うむ」頷き、瀬那がその言葉を肯定した。「其方の方が、何かと説得力があるというものだろう。一真もそれは了承しておる」
「はいはい、了解しましたよっと。
…………それと、瀬那。一つ訊きたいんだが」
「む?」
首を傾げながら瀬那が西條の方へ横目の視線を投げると、西條の横顔は何処かシリアスな顔色を浮かべていた。
「君から見て、弥勒寺はあのエマ・アジャーニに勝てると思うかね」
そう言われて、瀬那は少しの間思い悩む。観戦し、直に見たエマの動きを思い出しながら。
「……率直に言って、私にも分からぬ」
「だろうね」納得したように西條がうんうん、と頷いた。
「太刀筋に関しては、
「で、弥勒寺の勝算は?」
「勝負は時の運、とも言う。こうだ、と確実に言えることでは無いのであるが……五分もあれば、
「ふむ……」
瀬那の意見を聞き、西條も顎に手を当てて少し思案を巡らせた。
「まあ、いいや。とにかく意見は参考になった。そろそろアイツも降りてる頃だろうし、瀬那は戻るといい。"
「うむ、頼んだぞ舞依」
瀬那はそう言うと、己の刀を携えて車を出て行く。車内に一人残された西條はふぅ、と息をつくと、今まで我慢していた煙草を燻らせ始めた。流石にこれだけ狭いと煙草の臭いが瀬那に付いてしまうかと思い、我ながら珍しく自重していたのだ。
パチン、と蓋を閉めたジッポーを懐に戻し、西條は紫煙混じりの息を大きく吐き出す。
「……さてさて、相手はあのエマ・アジャーニだ。弥勒寺よ、お前はどう戦ってくれる……?」
誰にも聞こえぬ、独り言のようなその問いかけは、立ち上る紫煙と共に空気の中へと霧散していく。
同刻、所は変わって嵐山演習場・簡易格納庫の傍。格納庫の壁に背を預けながら腕組みをする制服姿の一真が立ち、そのすぐ傍に美弥も居た。
次の、エマが出る試合の準備で慌ただしく動く演習場を遠目に眺めながら、一真が「……それで、相談って?」と、暫くお互い黙りこくっていた中で漸く話の口火を切った。
「……その、私の部門転向のことで」
――――ああ、そのことか。
口には出さなかったが、しかし一真は胸の内でそうひとりごちていた。何せ他でもない彼が、美弥のオペレータ部門への転向の相談を西條に持ちかけたのだ。いつか美弥の口から、こんな話が出るとは思っていた。
「ああ」
だから一真は、敢えてぶっきらぼうなぐらいに短く一言を言うだけで相槌を打つ。
「その、一真さんが、西條教官にお話してくれたんですよね?」
「……まあな。もしかしたら、余計なお節介だったかもしれんが」
「そっ、そんなことないですよぉっ!」
何故か剣幕を変えた美弥が、半分怒鳴るみたいに言う。それに一真がぽかんと呆気に取られていると、ハッとした美弥は「ご、ごめんなさいっ!」と突然謝り出す。
「急に怒鳴っちゃったりなんかして、本当に……。でも一真さん、自分を卑下さないでください。これでも私、感謝してるんですから」
「感謝?」
「はいっ」元気よく美弥が頷く。
「その……私にパイロットの才能がまるで無いのは、多分気付いてると思います」
「…………」
しかし、一真はとてもじゃないが「そうだ」とは言えなかった。しかし無言を肯定と捉えたのか、美弥は「いいんですよ」と言って、
「自分でも、なんとなく分かってましたから。……でも、パイロットになるのは夢だったんです。お兄ちゃんみたいな、強いパイロットになるのが」
「……美弥には、兄貴が居るのか?」
「はいっ。今は九州に居るらしいですけれど、パイロットをしてる兄が一人」
顔には出さなかったが、しかし一真は十分すぎるぐらいに驚いていた。美弥に兄が居ただなんて、初めて知った。
「とっても強いらしいです、私のお兄ちゃん。だから私も、お兄ちゃんみたいになりたくて……。
――――でも、才能が無いのはなんとなく分かってたことなんです。それでも夢だったから、諦めきれなくて。踏ん切りが付かなくて……。そんな時に教官からお話を貰って、それを提案してくださったのが一真くんだって聞かされて。だから、一度お礼がしたかったんです」
「……礼を言われる程のこと、俺はしてないよ」
フッと小さく笑いながら一真が言えば、「でも、私がお礼をしたいんです」と美弥は言う。
「一真さんの提案のお陰で、私は救われたんですよ?」
「…………俺に、ヒトは救えない。最終的には美弥、君が自分で決めることなんだ。俺はあくまでも、余計なお節介を働いたに過ぎない」
「それでも、です。私にとっては、一真さんが切っ掛けを作ってくれたんですから」
「……そうか」
どうやら美弥がオペレータ部門への転向を了承しているらしいことは、今までの口振りから察せられた。だからなのか、一真の口からは安堵の息が漏れてしまう。
「パイロットの方は残念ながらからっきしかもしれないが、美弥。君にはソッチ方面の才能がある。俺も瀬那も、きっと他の奴だってそれは認めてくれるはずだ。だから美弥、君は自信を持ってその道を進むといい」
「――――はいっ!」
美弥は、一等明るい笑みを浮かべてそう言った。
「へへへ……でも、補習はちょっと厳しいですけどね……」
「夏休み、食い込むんだったな」
「みたいです。でも、良いんです。分かってることですから」
そうしていると、遠くから誰かの足音が近づいてくるのが一真の耳には聞こえてきた。聞き慣れた足音だと思ってそちらに眼を向ければ、こちらに歩み寄ってくるのは凛とした出で立ちの少女。それは誰と見紛うことなく、確実に瀬那だった。
「探したぞ、一真。ここに
「用事は済んだのか?」
ああ、と頷く瀬那は、どうやら自分をわざわざ迎えに来てくれたらしい。
「エマの試合、見ていくのか?」
「いいや」一真はそんな瀬那の問いに、首を横に振った。「今更見ても仕方ない。それより、早く帰ろうぜ」
「うむ、心得た」
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