Int.57:エピローグ/拳、力を求めた少年の還る場所

 ――――夢を、視ていた。

 そこに在るのは、己の姿。無力な、独りじゃ何も出来ないかごの鳥。籠の中で飼われ、何もすることなくただ、与えられた餌を貪るのみの、無力なかごの鳥。無力だった、嘗ての己自身。

(……何も、出来ない)

 何も、出来やしない。ただそこに居るのみで全てが与えられ、許されるこの空間の中では。

 無力だから、己は――――俺は、自然と憧れの念を抱いていた。力強く頼もしい、物言わぬ兵器たちに。人類の希望の象徴、寡黙なる鋼鉄の巨人たちに。

(俺は、視ているだけなのか)

 その内に、俺はもどかしくなっていた。彼らのようになりたいと、彼らのように強くありたいと思う自分自身が、彼らを籠の中から眺めていることしか出来ないことに。

 いつしか俺は、その殻をブチ破りたいと思うようになっていた。この殻を破り、籠を突き抜けて、広く過酷なこの世界で生きていこうと。その中で、己だけは強くあろうと。

 俺は、必死に強くあろうとした。籠の中で必死に抗い、己を鍛え続けた。

 ――――その拳を、あの人が受け止めてくれたのは、一体いつのことだっただろう。覚えてなんていない。けど、俺はあの人が外から引っ張ってくれたお陰で、漸くその固く閉ざされた殻をブチ破り、己を囲っていた籠を叩き壊すことが出来たんだ。

(俺は――――)

 突き出すのは、硬く握り締めた拳。突き付けるのは、己への戒めと決意。籠の中から飛び出した以上、もう後戻りなんて出来やしない。出来なくても、構わない。

 ――――俺は、強く在り続ける。例えその先に、何が立ちはだかっていたとしても。どんなに高い壁が待ち構えていたとしても、この力で突き破る。その為に、俺は強くある。誰よりも、何よりも――――。





「ん……?」

 一真が目を覚ますと、最初に視界へ映ったのは見覚えのない白い天井だった。どうやらベッドか何かに寝かされているらしい自分の左腕は、何故か上に向け突き出されていて。硬く握り締めていたその左拳を、少しひんやりとした細い両手が包み込んでいた。

「……瀬那、か」

「目を覚ましたようであるな、一真」

 一真の左拳を包み込むそれは、他でもない瀬那の両の手だった。一真の寝かされたベッド脇の丸椅子の上に座り、横たわる一真へ静かに語り掛ける。

「俺は……? って、もう夕方なのか?」

 チラリと見渡せば、ベッドの周りを囲うカーテンの隙間から茜色の低い日差しが差し込んでいるのが見えたものだから、驚いて一真が呟く。しかも格好までいつの間にか記憶にある85式パイロット・スーツから士官学校の制服に着替えさせられているものだから、余計に混乱を誘う。

「うむ。其方は過労と軽い脳震盪で意識を失っておったのだ。ゆえに学校の保健室へと連れて来て、寝かしておいた。案ずるでない、其方の身体に何ら不都合はないぞ」

「そ、そうか……」

「全く、突然腕を突き上げるものだから驚いたぞ。其方という奴は……」

 フッと小さな笑みを浮かべながら、瀬那は突き出されたままの一真の左腕をそっとベッドの端に伏せ、握っていた手を離す。

「……夢を、視ていた」

「夢?」

 ああ、と頷く一真。

「多分……昔の夢だ。遠い昔、ここに来る前の」

「……左様か」

 何処か遠い目をした一真が呟けば、瀬那は小さく笑みを作るとそれ以上は訊かず。ただ黙って、一真の傍に居続けた。

「そういえば、瀬那はずっと……?」

「と、いうわけでもないのだがな。しかし、其方を放ってはおけぬ」

「……悪いな、無茶やらかしちまって」

「気にするでない。其方は、よく戦ったではないか」

 瀬那の細い左手が、再び一真の左手に振れる。瀬那の少し冷えた右手が、包帯の巻かれた額にそっと触れる。

 一真は、己の左手に触れる瀬那の手をそっと握り返した。起き抜けでまだ握力はそこまで入らないが、しかし確かな存在をそこに感じられる。

「……さあ一真、帰ろうではないか。我らの住み処へ。其方の、還る場所へ」

「…………ああ」

 張っていた肩肘がスルッと和らぎ、入っていた力が切れた緊張の糸と共にそっとほつれていく気がした。

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