Int.56:純白の炎と紅蓮の焔、激突する魂の一閃⑦

「……ど、どうなったんだ?」

 モニタに映るライブ映像を固唾を呑んで見守っていた白井が、半分無意識の内にそんなことを呟く。

「わ、分かりません……」

 そんな白井の隣で呟くのは、美弥だ。ぷるぷると小刻みに身体を震わせながら二人の決闘を見守る彼女の仕草はまるで小動物のようだったが、今はそれを気にする者は誰一人として居ない。

「…………瀬那、今の、どっちが勝ったか、分かった?」

「いや」

 隣に立つ霧香に囁きかけられて、瀬那は腕組みをしたまま小さく首を横に振った。

「こうなってしまえば、どちらが勝っても負けてもおかしくはあるまい。今の一撃、お互い完全に互角であった」

「……凄いね、一真。土壇場の片手平突き、完璧だった。これも、師匠の教えの、賜物たまもの?」

「無論、あの技は私が一真に教えた技だ。しかし……」

「? ……しかし、なに?」

 首を傾げる霧香に、瀬那は「うむ……」と意味深げに頷いてから、こう言う。

「一真の成長速度は……ハッキリ言って、私の眼から見ても異常だ」

「異常?」

「うむ」頷く瀬那。「アレをこの短期間で物にするとは、尋常ではない。幾らTAMSありきといえども、しかし……」

「……才能?」

「ありきたりな言葉で片付けるのは好まぬが、そうとしか言いようがあるまい」

「…………天才、か。天才の、オタクさん?」

「最後のは余計であるぞ、霧香」

 瀬那はフッと小さく笑いながら霧香に言うと、試合の様子を中継するモニタに視線を戻す。

(一真……)

 金色の双眸で見据えるのは、モニタの奥の奥、その更に奥。ただ祈るのは、あの男が無事であることだけだった。





「――――」

 一瞬の斬り結び。互いに静止し、背中を向け合わせ一瞬の静寂。振り上がるのは紅いFSA-15Eストライク・ヴァンガードの左腕と、膝を突く純白の≪閃電≫・タイプFの振り上げた対艦刀。

 勝負は、付いていないかに見えた。しかし――――。

「っ……」

 ≪閃電≫の、一真の左手から、対艦刀が滑り落ちる。重力に従い虚しく落下した対艦刀はその切っ先を真っ直ぐ地面に突き立て、そして≪閃電≫の左腕は唐突に力を失ったかのように、だらんと垂れ下がった。

 視界の端に映る、左腕の破壊判定。右腕の平手を地面に付けたまま、ただ項垂れる≪閃電≫と、そのあるじたる一真。彼らが敗北したと確信した、その瞬間――――。

『……惜しかった。あと一歩踏み込みが足りなかった、か…………』

 そんな、何処か清々したようにも聞こえる一言を残したかと思えば、一真と≪閃電≫の背後で紅い機影が――――ステラと相棒FSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫が静かに膝を折り、倒れ伏す気配がした。

『――――そこまで、試合終了。ヴィクター1に撃墜判定。勝者、ヴィクター2。

 ――――――弥勒寺一真、君の勝ちだ』

 管制センターからの声が聞こえたかと思えば、一真はフッと笑う。

「ヘッ、美弥め。結局ハンドガン、使わなかったじゃねえか……」

 うわごとのように呟きながら、一真は瞼を伏せた。何故だか異様に身体が怠かった。瞼も、鉛のように重かった。

「勝ったぜ、瀬那。お前のお陰だ――――」

 ――――"彼奴あやつの、ステラの性格を考えろ! ――――それが私から其方に言える、最後の助言だ!"

 ここに来る前、≪閃電≫に乗り込む直後に瀬那が言ってくれたその一言が、一真を救った。

 ――――ステラは、不意打ちに弱い。

 土壇場でそれを思い出したからこそ、一真は横薙ぎの追撃でステラを斬り伏せられた。それを思い出せたのは、他でもない彼女の――――瀬那が告げた、最後の助言があったからに他ならない。

「へへへ……全くどうして、楽しい喧嘩だったぜ…………。

 ステラよ、確かに刻んだぜ、俺の胸に。ステラ・レーヴェンス、お前の名を……」

 ――――ああ、なんだか無性に眠い。眠たくて仕方が無い。

「さあ、帰ろうか。瀬那、一緒にあそこへ――――」

 ポツリ、と呟けば、一真の意識はそこを切れ目に糸が切れるみたくプツン、と途切れ、暗闇の奥深くへと墜ちていった。





 ――――勝者、弥勒寺一真。

 その宣言と共に、簡易格納庫内で試合進行を固唾を呑んで見守っていた一同がワッと歓声に沸き立つ。

「勝った! 勝ちやがったよ弥勒寺の野郎っ! ひゃっはー! はっはっは! すげえや、すげえや弥勒寺はよぉっ!!」

 馬鹿みたいに喜ぶ白井も、今日ばかりはこんなことだって許されて然るべきだ。何せ一介の訓練生風情が、あの米空軍アグレッサー部隊のエリート、ステラ・レーヴェンスに勝ってしまったのだ。多少阿呆みたいに騒いだところで、バチは当たらない。

「やった! やりましたよ一真さん! 凄い、凄いですぅっ!!」

 美弥もきゃっきゃと子供みたいに喜びはしゃぎ回る。直接彼に助言をした身の美弥にとっては、その喜びはひとしお・・・・だろう。

「…………ふっ、勝ったね、一真」

「ああ……! 勝った、勝ったな……!」

 隣で囁く霧香の言葉に、瀬那は腕組みをしたままうんうんと頷く。瀬那が沸き立つ喜びの感情をなんとか外に出すまいとしているのは、霧香にはお見通しだ。それに霧香だって、ガラにもなく少し嬉しそうにしている。

「……やるときは、やる男だね。いい男、瀬那にはぴったりかも……ふふ」

「こ、これ霧香っ! こ……こんな時にからかうでないっ!」

 フッと笑う霧香のからかう言葉に、やはり瀬那はいつもの調子でぱっと頬を赤らめる。

「それにしても、本当にやっちゃうとはね。……思ってもみなかった」

「そうか? 私は信じておったぞ、霧香よ」

「ほんとに?」

 うむ、と瀬那は頷き、モニタに映るボロボロになった純白の≪閃電≫・タイプFの姿をその双眸で見据える。

「本当によくやった、一真よ。其方は本当に、よくやってくれた……!」

 ――――流石は其方だ、私の認めた男だ……!

 腕組みをしながらモニタを見据え、瀬那は魂を震わせていた。その見事な剣戟に、一真にステラ、どちらも一歩も退かぬ、見事なまでの剣戟に。





「……やりましたな、少佐」

 隣で煙草を吹かしながらポツリ、と呟く錦戸に、西條もマールボロ・ライトの煙草を吹かしながら「ああ」と短く答えた。

「弥勒寺くんも、レーヴェンスさんも。どちらも互いに譲らぬ接戦。こんなに良いものが観れるとは。いやあ、存外長生きはしてみるものですな」

「ジジ臭いことを言うな、錦戸。お前にはまだまだ働いて貰わねば困るんだ」

 言いながら、西條はフッと小さく笑うと一度煙草を口から離し、紫煙混じりの吐息をふぅ、と吐き出した。

「…………ステラ・レーヴェンスを倒したか、弥勒寺が」

「ええ、倒しました」

「やってくれたな、アイツ」

「全くです」

「"ヴァリアブル・ブラスト"も一切使い方教えちゃいないのに、土壇場でキメやがった。全く、嬉しいサプライズ仕掛けやがって、アイツは」

「あの機構は、確か少佐の肝入りでしたよね?」

「ああ」西條は肯定して、吸い殻を携帯灰皿に入れると新しいマールボロ・ライトを一本咥えた。「それと、少佐はやめろ」

「おっと、これは失礼」

「全く……。それで、"ヴァリアブル・ブラスト"の件だったか」

 西條がジッポーで煙草に火を点けながら話題を戻すと、錦戸も「はい」と言って新しい煙草に火を点けていた。彼の銘柄は西條愛用のマールボロ・ライトでなく、ラッキー・ストライクだ。

「私が昔、≪叢雲≫に乗ってた頃を覚えてるか? あの頃に無理矢理改造した奴を、そのまま組み込んだ」

「それは、まあなんとも……」

「だが、アレは一体多の格闘戦には必須だ。特に、相手が幻魔ともなれば、な……。

 …………しかしまあ、あの"ヴァリアブル・ブラスト"を土壇場で使いこなしおったか。全く、アイツには驚かされる」

「剣の方も中々筋が良いですね。綾崎さんが仕込みを?」

「そうだ」西條が頷いた。「瀬那以上の適任者はいない。結局、私の判断は正しかったということだな」

「はっはっは、全くです。少佐の判断に間違いはあまりありませんから」

「あまりは余計だ、あまりは。ったく……」

 一瞬ギロッと錦戸の方を睨んだ西條は、遠くにある中継用モニタへと視線を移した。

 そこに映るのは、純白の装甲を汚した≪閃電≫・タイプF。ボロボロに傷付きながらも、それでも一真と共に僅かな勝利をもぎ取った武士もののふの鎧。膝を突き大地に項垂れるその姿は満身創痍だったが、しかし既に彼の、弥勒寺一真の相棒と言っていいほどにそれは頼もしい姿だった。

「……ま、何はともあれだ。よくやったよ、弥勒寺め」

 フッと小さく笑い、西條は今日もまた煙草を吹かす。吹き付けてきた風に白衣の長い裾が揺れると、西條は短くも長かったこの決闘の終わりを感じていた。

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