Int.55:純白の炎と紅蓮の焔、激突する魂の一閃⑥

 ――――舞い上がった大量の土埃が、重力に従い雨のように降り注ぐ。まるで隕石の落ちたクレーターのように窪んだ大地の中に、純白の装甲を土にまみれさせた≪閃電≫・タイプFが、左手の刃を半ば以上まで地面に埋めるような格好で膝立ちになる姿でそこに居た。

 そして――――数m離れた所に、深紅の巨人も立ち尽くす。米製超高性能機・FSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫は、ステラ・レーヴェンスは確かに未だ健在だった。

「……ヘッ、まさかアレ避けられるとはな…………」

 地面に刃を突き立てしゃがみ込んだまま、一真が呟く。

『避けられたのは、運が良かっただけ。一歩間違えれば、確実にやられてたわ』

 ステラも小さく笑みを浮かべながら、両手のマニピュレータに握っていたM10A2コンバット・ナイフ――――刀身が半ばでへし折れたそれを、雑に投げ捨てた。

 あの時ステラは、咄嗟に二本のコンバット・ナイフで一真の片手平突きに似た強烈な刺突を受け止めながら、なけなしの補助スラスタも吹かしなんとかバックステップすることでギリギリ避けていたのだ。しかしその代償として、コンバット・ナイフを失ったというワケになる。

『にしたって、随分と妙なモンを隠し持ってたことね』

「切り札は最後まで取っておくもんさ、だろ?」

 一真はそう言うと、地面に深く突き刺さって抜けなくなった対艦刀の柄から手を離した。そして両手首の裏から00式近接格闘短刀を射出展開すると、あろうことかその二本ともをステラ機の足元に投げてしまう。

『……何のつもり?』

 自機の足元に突き刺さった近接格闘短刀を見下ろしながら、怪訝な顔でステラは言う。すると一真は「ふっ」と小さく笑い、

「お前とは、最後までフェアに勝負を付けたい。それだけだ」

 と言って、大きく後ろに飛んでクレーターじみた窪みから脱出すると、地面に突き刺さっていたもう一本の73式対艦刀を抜き放った。先程、牽制代わりにステラに向けて投げつけた奴だ。

 地面から抜き取ったそれを回転させながら両手でつかを握った≪閃電≫は、腰を低く落としつつそれを下段に構える。

『わざわざ勝ちを譲ろうってワケ?』

「違うね、意地だ」

『意地?』

 ああ、と一真は頷けば、ニィッと笑みを浮かべながら、視界の端に網膜投影で映るステラの顔に向けてこう言ってやった。

「意地だよ意地、男の子の意地って奴だ。ステラ、お前は正々堂々、真っ正面から叩き潰さなきゃ気が済まねえ」

 すると、ステラもフッと笑みを浮かべる。そして足元に刺さった00式近接格闘短刀二本を抜くと、それを再び逆手に持ち例の独特な構えを取った。

『施しを受けたつもりはないわ。でも――――感謝するわ。アンタとの喧嘩、こんな中途半端な形で終わらせたくなかったもの』

「奇遇だ、俺も終わらせたくはねえ」

 くくくっ、と笑う一真。それに釣られるかのように、ステラも笑い出す。

「……やるか」

『ええ、やりましょう。私たちの喧嘩を。私たちだけの、二人っきりの喧嘩を』

 ひとしきり笑い合った後、二人は静かにそう言葉を交わし合った。一真もステラも、自ずと理解していたからこそ出てきた、この場面としてはあまりに平静すぎるその言葉。――――恐らくこれが、どう転んでも最後の剣戟になると。

「――――ッ!!」

 最初に踏み込んだのは、一真だった。対艦刀を下段に構え、ステラに向けて真っ直ぐ突撃を敢行する。

『来なさい、カズマァッ!!』

 それにステラは敢えて後ろに飛んで間合いを確保すると、再び近接格闘短刀を構え直し一真を迎え撃つ。

 クレーターめいた大きな窪みを"ヴァリアブル・ブラスト"を併用しつつひとっ飛びで飛び越えた白い≪閃電≫が、着地し再び走り出すとステラ機に向けてその刃を振るう。

 下段構えから振り上げる、逆袈裟の初撃――小さな横っ飛びで避けられる。すぐさま刃を返し、続けざまに同じ軌道で袈裟斬りを閃かせるも、これも避けられてしまう。

『ほらほら、どうしたの! 掛かってらっしゃいカズマ、アンタの剣で、アタシを屈服させてみなさいッ!!』

「まだまだァッ!!」

 今の袈裟斬りで左手を離していた一真は、更にもう一歩踏み込みながら右手一本でFSA-15Eストライク・ヴァンガードの胸部目掛けて鋭い刺突を放つ。左手は、あくまで添えるだけだ。

『ヌルい、ヌルすぎるわッ!』

 しかしステラはその刺突を右手の近接格闘短刀一本でいなし、身を低くして大きく一歩を踏み込めば、≪閃電≫の胸目掛けて左手の近接格闘短刀を閃かせる。

「ッッッ!!!」

 響くアラート音。ステラに斬られた胸部は幸いにして浅く、撃墜判定にまでは至っていない。

「まだだ――――」

 しかし一真はそれに構わず、突き出した対艦刀の刃を思い切り右方に向けて振り上げた。

「まだ、終われねえ――――ッ!!」

 肘に刃の直撃を喰らったFSA-15Eストライク・ヴァンガードの右腕が、対艦刀に押され大きく上に逸れる。刃の付けられていない訓練用の対艦刀だから腕が飛ぶようなことはなかったが、しかし本来なら肘から下が吹き飛んでいる斬撃だ。その為にステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードは、右肘から下に破壊判定を喰らい、だらんとしたまま腕が動かなくなってしまう。

『ちぃっ! 踏み込みが甘かった!』

 右手の00式近接格闘短刀を滑り落とさせながら、ステラはその勢いのまま≪閃電≫の脇を過ぎ去り、暫く走り抜けてから静止。右腕をだらんとさせながら振り返ると、左手一本で近接格闘短刀を構え直した。

(仕掛けるなら、これが最後ね……! でも!)

『まだ、終わらないッ!』

 しかしステラは直後に脚部で地を蹴れば、再び一真に肉薄しようと腰を落としながら突撃を敢行してくる。最後の突撃。片腕一本を失った状態では長時間の戦闘継続は不可能と判断したのか、一気に勝負を付けようとステラが遂に攻勢に出てきたのだ。

「来い! ステラァッ!!」

 一真はそれに対し、左手で柄を握り峰に右手を添える、片手平突きの構えを取って待ち構える。瀬那に付けて貰った稽古で教わったこの技で、礼を以てステラに応じる。これがお互いにとって最後の一太刀になることは、互いが暗黙の内に感じ取っていることだった。

 迫るFSA-15Eストライク・ヴァンガードの姿が、シームレス・モニタに映る。一真は一点に意識を研ぎ澄ませ、そのときを待つ。

「視界を狭めろ、余計な情報は必要無い……! 後のコトなんて知ったことか、知ったことかァァァァッ!!!」

 雄叫びを上げ、一真は己の集中力を極限にまで高めていく。

 ――――そう、余計な情報は必要無い。今視るべきは己が構える切っ先と、迫る深紅の好敵手の姿のみ。

 風を感じろ、熱気を感じろ、気配を察知しろ……。五感をフルに研ぎ澄ませ、六感を引きずり出せ。弥勒寺一真よ、奴を斬り伏せろ。好敵手を、ステラ・レーヴェンスを、この一刀の下に斬り伏せろ――――!!

『カズマァァァ――――ッッ!!』

「来やがれ――――ステラァァァァッ!!!」

 重なり合い、響くのは熱き者たちの魂の雄叫び。

 ――――そして、魂を乗せた一撃が、遂に交錯する。

 正中を狙う、一真の片手平突きが左肘の"ヴァリアブル・ブラスト"の追い風を受け、突風のような勢いで突き抜ける。

 …………しかし。

『読めてたわよ、そう来るってね!』

 全力を込めたその一撃を、不敵に笑うステラは軽く右に飛ぶことで回避してみせた。

 ――――外した!?

『トドメよ、カズマァッ!!』

「……だだ」

 ステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードが、最後の一撃を繰り出さんと左手の近接格闘短刀を振り被る。

「まだだァッ!!」

 そして、その刃が閃こうとした瞬間――――。一真は雄叫びを上げた。

『ッ……!?』

 その雄叫びに、ステラは本能的な危機感を覚えた。しかし、

(ここで決めてしまえば、私の勝ち……!)

 彼女は、目の前の好敵手向けて近接格闘短刀を振り下ろすことを優先した。

 ――――それが、間違いだとも知らずに。

「ダァァァァァッ!!!」

 膝立ちになる勢いで腰を落としながら、一真は突き出した左腕を――――片手平突きを空振ったはずの対艦刀を、左斜め上方に向けて大きく薙いだ。

 ――――そう、これこそが片手平突きの真髄。避けられた所で横薙ぎの追撃を繰り出せることこそ、片手平突きの真の強さなのだ。

『仕留める! チェック・メイトよ、カズマ――――ッ!!』

「届け、いや届く! 届けェェェェッ!!!」

 ――――そして、刃が交錯する。一真とステラ、互いの全身全霊を込めた最後の一撃が、交錯した。

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