Int.54:純白の炎と紅蓮の焔、激突する魂の一閃⑤

「オォォォオオ――――ッッ!!」

『だぁぁぁぁぁ――――ッッ!!』

 73式対艦刀を構え走り出す一真の≪閃電≫と、クロスさせた両腕にM10A2コンバット・ナイフを携えたステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードが激突する。

 初手の一撃は一真が先手を取った。霞構えからの刺突を一真の≪閃電≫は繰り出すが、しかしステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードはそれをチョイと首を捻るだけで容易く回避してしまう。

『ふっ……!』

「まだぁぁぁッ!!」

 しかし回避された直後、一真は雄叫びを上げながらその対艦刀を大きく振り上げた。そのまま刃を返し、ステラ機の頭上へと対艦刀を振り下ろす重すぎる縦一文字の一撃を繰り出した。

 それをステラはクロスさせた腕の、更に先で交差する二振りの短い刃で鋏のようにして受け止めれば、強化炭素複合繊維で出来た一真の対艦刀と、超音波で目に見えないぐらいの振動を繰り返す瀬那のコンバット・ナイフ二本とが激しく激突する。激しい火花が舞い散り、けたたましく響く金切り音にも似た高音は、きっとステラのコンバット・ナイフの超音波振動と一真の対艦刀とが共鳴しているからだろう。

『――――ッ!!』

 ステラは対艦刀の刃をコンバット・ナイフでガッチリと挟んだまま、両腕ごとFSA-15Eストライク・ヴァンガードの上半身を大きく側方へ振り、一真の機体ごと対艦刀の向きを逸らした。

 勢い余って、ステラ機の横を何歩か前のめりにたたらを踏む一真の白い≪閃電≫。マズいと直感的に判断した一真は動物的な反応で体勢を立て直そうとするが、

『甘っちょろい!』

 しかし、ステラの方が早かった。一真の≪閃電≫はチョイとステラに足を引っ掛けられ、そのまま前のめりに倒れ込んでしまう。大きな土埃を上げながら、8mの巨体が演習場の地面へ倒れ伏した。

『そら、これでチェック・メイトよッ!』

 前のめりに地面へ伏せった一真機に向け、ステラは振り向きざまに左手マニピュレータのコンバット・ナイフを振り下ろしてくる。背中への直撃コース、当たれば撃墜は免れない――――!

「だぁぁぁっ!!」

 一真は破れかぶれに機体ごと大きく地面を転がり、ギリギリの所でステラの刺突を回避した。≪閃電≫の肩部装甲を若干掠めたステラのコンバット・ナイフは、その勢いのまま地面に深く突き刺さる。

 ステラに出来たその隙を突いて、一真は転がりながら膝立ちに起き上がると、そのままの勢いを利用して大きく後ろに飛ぶ。一度大きく間合いを取った一真の≪閃電≫が再び対艦刀を下段に構え直す頃には、ステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードも地面に刺さった左手のコンバット・ナイフを抜いていて。白と赤の巨人は再び間合いを取れば、一瞬身動きもせずに睨み合う。

(クソッ、何がステラの奴が格闘戦に弱い、だ)

 十分すぎるぐらいに、強えじゃねえか――――!

 誰に向けてでもなく心の中で毒づきながら、肩で息をしつつ一真はコクピットのシームレス・モニタに映る正面のFSA-15Eストライク・ヴァンガードを凝視した。

 両手マニピュレータで逆手に持ったコンバット・ナイフを隙無く構え、腰を低く落としつつ待ち構えるその姿勢は、正に「何処からでも掛かってこい」と言わんばかり。勝手の分からぬ対艦刀相手を受けに徹する、即ち見てからカウンターの一撃を叩き込むスタイルを取る腹づもりらしい。

 全く、随分と理に適った戦い方をしてくれる。分からぬ物が相手なら、見て理解してから対応すればいい――――。なるほど、どうして単純だが、しかし攻めに入らざるを得ないこちらとしては随分と厄介だ。こちらにとってもステラの格闘スタイルは独特すぎて、対応が分からないのだから。

『どうしたの、掛かって来なさいよカズマ』

「へヘッ、焦るなよ……? 勝負はまだついちゃいねえんだ。折角の喧嘩、ゆっくり楽しむとしようぜ……」

 不敵に笑い、口先ではそう言いながらも、しかし操縦桿を握る一真の両手は強張っていた。背中に伝う冷たい感触は、きっと冷や汗だろう。

(さてと、コイツ相手にどう立ち回る……? どう、アイツの防御を切り崩す……?)

 ステラの守勢は強固極まりない。自分のこの一刀で容易く斬り崩せるような、そんなヤワなものでないのは構えを見れば明らかだ。我流か、はたまた幾千の闘いの中で編み出された、仮想敵アグレッサーならではの技術か……。

(嘗めんじゃねえ。こっちにだってまだ、切り札はある……!)

 不敵な笑みを浮かべながら、一真は今の今まで隠し続けてきたその切り札を切るタイミングを、今か今かと待ち望んでいた。

 ――――この≪閃電≫強化改修型・タイプFにはひとつ、特異な機能が隠されている。それは肘や肩に脚、その他機体の様々な箇所に仕込まれたサブ・スラスタだ。

 無論、他の機体にも姿勢制御用として背中のメイン・スラスタの他に小型のスラスタ噴射口は存在する。だがタイプFのそれは姿勢制御用としてはあまりに推力が高いのだ。

『――――タイプFのサブ・スラスタは"ヴァリアブル・ブラスト"という名だ。私が名付けた。無論、私の要望で取り付けさせた。至近距離格闘戦に於いて、異次元の機動性と威力を約束する機能……。これが、これこそがタイプFをタイプFたらしめる絶対唯一の存在なんだ。

 ……だがな弥勒寺、これはギリギリまで隠しておけ。切り札ってのはね、最後の最後まで隠し持っておくものだ――――』

 いつぞやに西條から言われたそんな言葉が、一真の脳内でフラッシュ・バックする。一真はその言いつけを守って、ここまでタイプFの隠し機能"ヴァリアブル・ブラスト"を見せずにいた。コイツの存在は、瀬那にでさえ明かしていない。

(さあ、どう決める……!)

 チャンスは、恐らく一度きりだ。相手は対人戦のプロ、ステラ・レーヴェンス。一度その切り札を見られてしまえば、次はない……!

「さあ、仕切り直しといこうぜ……!」

 しかし一真は恐れることなく。対艦刀の柄から左手マニピュレータを離すと、右腰にマウントしていたもう一本の対艦刀を抜刀した。二刀流の格好になって、一真は構え直す。

『へえ、今度は二刀流?』

「ま、そんなトコだ――――ッ!」

 瞬間、一真はあまりにも唐突に攻勢を仕掛けた。

 大地を蹴り飛ばし、突進する純白の≪閃電≫。それにステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードはただ待ち構えるように、その場に仁王立ちしたまま両手のコンバット・ナイフを構える。

 そして、今にも斬り結ぶかといった――――その時だった。

『なんですってッ!?』

 そのまま対艦刀で真っ正面から斬りかかる――――かに思われた一真の≪閃電≫は、あろうことか地を蹴って飛び上がったのだ。

 驚愕の色を隠せないステラの頭上を飛び越え、大空へと舞い上がった純白の巨人。なんのつもりかとステラが混乱していると、

「――――ヘッ、ここからだ!」

 一真は満を持して大推力サブ・スラスタ・システム"ヴァリアブル・ブラスト"を起動。ステラに背中を向ける格好で空中を舞いながら、両肩のサブ・スラスタをそれぞれ前後互い違いに吹かしとんでもない速度で後方へ向けて回転する。

『なっ!? なんなのよ、その動き……ッ!?』

「派手にいこうぜェ――――ッ!!」

 そして一真は、驚くステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードへ向け――――その左手に持つ対艦刀を振りかぶると、あろうことかそれを全力で投げつけた。

 ブーメランのように横回転をしながら迫る、巨大な対艦刀。焦るステラはそれを咄嗟の判断で後ろに大きくバックステップをかますことで回避した。

 ――――しかし、これはあくまで牽制でしかない。

「オォォォオオオッッ!!!」

 その間にも、肩と脚の"ヴァリアブル・ブラスト"を吹かした一真の≪閃電≫はとんでもない速度でステラの頭上から迫る。もう一本の対艦刀は既にその柄を左のマニピュレータに握られていて。大きく左肘を引き峰に右の平手を這わせるその構えは、"片手平突き"と呼ばれる技法によく似た構えだった。

『しまった、こっちは囮っ!?』

 投げられた対艦刀が囮と気付いたステラは回避行動を取ろうとするが、しかし突きの構えを取った≪閃電≫が飛びかかってくる方が明らかに早い。

(チャンスは一度きり! 外せねえ、外させねえッ!!)

 意識を研ぎ澄ませろ。神経を切っ先に集中させろ。外すわけにはいかない。この一撃で、全てを決める――――!!

「おおおおおおおっっっ――――!!」

 直前、ダメ押しと言わんばかりに左肘の"ヴァリアブル・ブラスト"も最大出力で吹かす。最大級の加速を以て繰り出される神速の突きが、≪閃電≫の着地と共にその衝撃で凄まじい高さの土埃を上げる。カーテンのような土色の幕に覆い隠され、一真の≪閃電≫とステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードはその凄まじい土埃の中に姿を消した――――。

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