Int.53:純白の炎と紅蓮の焔、激突する魂の一閃④

 ――――鳴り響く警告音に、ズキズキと鈍痛を訴える頭。

 一真が意識を取り戻したのは、≪閃電≫が地面に墜落してほんの数秒後のことだった。

「っ……」

 どうやら今の≪閃電≫は前のめりに地面を大きく滑走し、地面にめり込んでいる格好らしい。一真は視線を網膜投影の各種情報に這わせ、機体のコンディションを確認する。

 ……大丈夫だ。背中にかなりのダメージを喰らいスラスタこそ死んでいるが、まだ撃墜判定は喰らっちゃいない。まだ、≪閃電≫は生きている。

「ってえ……」

 妙に頭が痛むものだから一真が無意識の内に手を這わせると、パイロット・スーツのグローブの掌に付着したのは、紅い血だった。

 墜落の拍子に何処かで切ったのだろう。血は顔に少し垂れるぐらいには流れているが、傷は浅い。頭の傷というものは往々にして派手に見えるものだ。

「大丈夫だ。俺も≪閃電≫も、まだ生きてる……」

 己に言い聞かせるように呟きながら、一真は操縦桿を握り直した。大丈夫だ、まだ勝負は終わっちゃいない。

 前のめりに倒れていた≪閃電≫を動かし、四つん這いになりながら機体を漸うと立ち上がらせる。立ち上がったときに一瞬ふらつく辺りバランサーが微妙に狂ったのだろうが、機体OS側の自動補正で何とかなる範囲だ。

「はぁ、はぁ……っ!」

 荒く肩で息をつきながら、一真はモニタに視線を走らせる。少し離れた先では、やはり地面から立ち上がる紅いFSA-15Eストライク・ヴァンガードの姿があって。その手の中には、未だに93式突撃機関砲が握られていた。

「ヤベえかもな、これ……」

 向こうがまだ飛び道具を持っているのに対し、こちらは墜落の拍子に突撃散弾砲を二挺とも何処かになくしてしまっている。今ある武器と言えば73式対艦刀が二本に、標準装備の00式近接格闘短刀が二本のみ。とてもじゃないが、アレを相手にするには力不足だ。

『ふふふ……。やるじゃない、カズマ。見直したわ』

 ステラから通信が入ってくる。一真は「そりゃどうも」と返しつつ、しかし背中には冷や汗をかいていた。

『そっちは……丸腰同然ね』

「まあな、トチっちまった」

『そう、なら私も礼に応じるとするわ』

 するとステラは、あろうことか両手の突撃機関砲を投げ捨てた。背中のマウントに懸架していた予備の機関砲も、その場に投棄してしまう。

「……なんのつもりだ?」

『この私を空中機動戦で、初めて地面に叩き落とした相手ですもの。そんな相手を、一方的に蜂の巣にして勝つのは勿体ないと思わなくて?』

「さあな、煮るなり焼くなり好きにしやがれ」

『この際、アンタのあの時の態度なんてどうでもいいわ。――――認識を改める。カズマ・ミロクジ、悔しいけどアンタ、センスあるわ』

「あらら、嬉しいことで。天下のステラ・レーヴェンス様に褒められたとあっちゃ、一生の誉れってな」

 皮肉めかした冗談をぬかしつつ、一真は左腰にマウントした73式対艦刀を抜刀。そのつかを両手のマニピュレータで握り締め、刀身を縦にし顔の近くに持ってくる八相の構えを取る。

『冗談で言ってるんじゃないわ。……認めなくちゃならない、アンタは天才の類かもしれないって』

「買いかぶりすぎだ、俺はそんな人間じゃない」

『じゃあ、なんだってのよ』

 一真はフッと笑い、

「ただの、冴えないミリタリー・マニアさ。少しばかり操縦が得意な、よ」

 するとステラも小さく笑みを作れば、『……アンタ、意外に面白いのね』と珍しく冗談めいたことを言ってくる。

『いいわ、アンタの心意気とその腕、アタシが買う。お互いプライドも勝敗も、この際抜きよ。アンタとアタシ、意地だけのぶつけ合いといきましょう』

「上等。喧嘩は単純であるに越したことはねえ」

『喧嘩、喧嘩ね……。ふふっ』

 何故だかステラが笑うものだから、「何がおかしい」と一真が問うてみれば、

『いや……。冷静に考えたら、私と本気で喧嘩しようなんて馬鹿、初めてだから』

「だろうな。俺も自分で馬鹿だと思うよ」

『でも、そんな馬鹿は嫌いじゃないわ。あっちに居た頃は、そんな面白みのある奴は、アンタみたいに骨のある奴は居なかった』

「当然、俺はジャパニーズ・ラストサムライだからな」

 なんて冗談を言ってやると、ステラは『ぷっ』と小さく噴き出した。

『そう、サムライ……ね。

 ――――いいわ、その心意気買った。郷に入っては郷に従え、アタシも、アンタの流儀で戦ってあげる』

 するとステラは、両手首裏からM10A2コンバット・ナイフを展開させ、それを両手に逆手で構えた。

 ――――驚いた、まさか向こうから格闘戦を仕掛けてくるとは。

 だが冷静に考えれば、落下の衝撃でステラの突撃機関砲は予備二挺が死んでいたのかもしれない。お互いスラスタも死んでいるとなれば、確かにこうしたくなるのも頷ける、か。

『アンタはさっき、アタシに名を刻めと言ったわね』

「ああ」

『……悔しいけど、刻むしかないわ。カズマ・ミロクジというアンタの名を。空の女王たる私を地に堕とした、最初の男の名を。

 ――――だから、アンタも刻みなさい。私の名を、ステラ・レーヴェンスという女の名を。アンタと真っ正面から喧嘩しようなんて馬鹿なことをしでかす、女の名をね』

 それを聞いて、一真は思わず浮かび上がるニヤける笑みを抑えることが出来ない。

「…………オーライ、俺も刻むぜステラ、ステラ・レーヴェンス。こっからはお互いプライドもクラス代表も関係ねえ、ただの人間として、馬鹿な意地の張り合いといこうじゃねえか。俺たちの喧嘩を、おっ始めようとしようじゃねえか」

 一真は両手マニピュレータに握る対艦刀を、八相の構えから刀身を横に倒し、顔の近くに持ってくる霞構えへと切り替えた。

『もう何もかも関係ない』

「何もかもがどうでもいい」

『アタシはアンタと』

「俺はお前と」

「『派手な喧嘩をやり合いたい、ただのそれだけだ――――!!』」

 そして、二機の巨人が走り出す。その身体をズタボロにしながらも、尚も戦おうと刃を振りかざして。

 しかしそこに、先刻までの確執めいた薄汚い感情は何処かに消え失せていた。戦いの中で互いを感じ、斬り結ぶ中で互いを知った一真とステラ。この二人の武士もののふの間に、もう言葉は必要無い。言葉よりも濃い感情のぶつけ合いを、二人は知ってしまっているのだから。

『掛かってらっしゃい、カズマ――――ッ!!』

「俺がお前を叩きのめす、それだけだッ! ステラ――――ァッ!!」

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