Int.14:異国より来たりし少女④

 そして、ステラを加え入れた一真たち六人は学食棟を訪れる。昼時真っ只中ということもあり、昨晩瀬那と来た時とは比べものにならないほど混んでいる様子だ。詰めかけて来ているのは訓練生が大半だが、中にはポツリポツリと教官たちの姿もある。

 学食の席は大半が埋まっていたが、しかし一真たちは運良く丁度六人掛けの窓際テーブルを確保することが出来た。他は全て埋まっているような具合だから、本当に運が良い。

「さてと、弥勒寺」

「ん?」話しかけられた一真が白井の方に顔を向ければ、当の白井は何故かニヤニヤとしていて。「ふっふっふー……」だなんて妙な声を出すと、こんなことを言い出した。

「勝負だ」

「は?」

「だから、俺と勝負だ。席のばんを賭けた、な……」

 どうやら白井が言いたいのは、この席を他の奴に取られないよう誰か一人に番をさせたいから、それを賭けて一真に何かで勝負をしろということらしい。

「俺と白井、サシで?」

「ああ」肯定する白井。「ったりめーだろ? ここは一つ、男同士で解決するとしようや」

「うーん」

 ……確かに、他の瀬那たち四人の内誰かをここに残すのは、いささか気が引けるところではある。だがお互い同性である一真と白井なら、互いにどちらが勝とうが負けようが、正直ここで番をさせたところで何の引け目も感じない。

「……分かった。受けるぜ、その勝負」

 だから一真は、白井の仕掛けてきたその勝負とやらを受けることにした。

「っしゃあ! 話が分かるぜ、弥勒寺ぃ」

「で、何で勝負するんだ?」

「当然、アレだよアレ」

「アレ?」

「アレはアレだって。男と男の、恨みっこ無し一発勝負! ――――じゃんけんだ」

 まあ、こんなことだろうとは思っていた。だが確かに一番手っ取り早く決着が付く、恨みっこ無しの最善策だ。

「よし、乗った」

「なら早速だ、行くぜ―――」

 この文句なしの一本勝負に、余計な説明や手間は必要ない。早速拳を握り締め構えた白井に応じ、一真もまた己の右拳をそっと握り締める。

「じゃーんけーん……」

 互いの拳を振り被る二人。この一撃で、全ての雌雄が決する……!

「――――ぽーんっ!!」

 ――――そして振り下ろされた二人の拳は、互いに違う格好を作り出していた。





「じゃあアンタ、後は頼んだわよ」

「せっ、殺生なぁーっ!!」

 ふふん、と鼻を鳴らすステラに縋り付こうと必死に手を伸ばすが、それは叶わず。燃え尽きた顔の白井は、バタリと力なくテーブルに顔を伏せた。

「男の勝負だ、恨みっこ無しだろ?」

 ポンポン、と伏せる白井の肩を叩き、一真が言う。あの勝負の勝者が一真で、敗者が白井。それだけのことだった。

「うう……。俺も男だ、二言は無えさ……!」

「席番ぐらいで、大げさな奴らよの」

 そんな二人のやり取りを、腕組みをし呆れた顔で眺めながら瀬那が言う。

「「男の勝負に貴賤はえぜ!」」

「そ、そうであるか……」

 くっと示し合わせたように瀬那の方を向き、迫真の顔でそんなことを言う二人に思わず瀬那は気圧けおされ、若干引いた顔になる。

「まあいい。一真、我らも行くとしようではないか。何やら混んできたしな」

「ああ」話題を元に戻した瀬那の言葉に乗り、彼女に付いて行こうとした一真はピタッ、と立ち止まる。

「そういや白井、お前はどうすんだ?」

 振り返ってそんなことを訊いてくる一真に、白井は「俺? 俺は……そうだなあ、カツカレーでいいや」と答え、自分のICカードをシュッと一真に投げる。

「確かに」

 白井のカードを指先で挟み空中で掴んだ一真は、軽くウィンクをすると再び瀬那の後を追って小走りで駆けていった。

彼奴あやつの分も?」

「ああ」追いついた一真が、瀬那に訊かれて頷く。「流石にそれぐらいは、な?」

「うむ」

 そうして二人は、食券の自動販売機の前に出来た待機列に並ぶ。やはり昼時だからか、列の長さはかなり長い。前の方を見ると、先んじて並んでいたらしい霧香に美弥、それにステラがひとかたまりになって順番待ちをしているのが見える。

「そういえばさ、瀬那」

「ん?」

「なんで待ってたんだ? 先に霧香たちと並んでりゃ良かったのに」

「? 何故だ?」

 一真のそんな何気ない問いかけに、瀬那は意味が分からないといった顔を浮かべ、

「私が先に行ってしまったら、其方が独りで並ぶことになろう」

 と、至極当然のようにそんな一言を口にした。

「でも、その分瀬那が遅く……」

「其方の気にすることでは無い。所詮、些細な誤差よ。そのような些事よりも、其方を独り置いていく方が、私には辛いのだ」

「……そうか」

 フッと小さく笑いながら一真が言うと、瀬那は「うむ」と頷く。まだ出逢って三日少々の間柄ではあるが、一真はなんとなくこの綾崎瀬那という女がどういう人柄なのか、何となく分かってきた気がする。寝食を共にし、背中を預けるに値する人物であると――――少なくとも現段階では、一真は瀬那に対してそういう印象を抱いていた。

 そうして長い列を並び、やっとこさ一真たちの順番が回ってくる。レディ・ファーストということで瀬那に先を譲り、その後で一真が券売機に向かい合う。自分の分の唐揚げラーメン定食と、白井の分は注文通りカツカレーだ。

 それぞれのICカードを通し、二枚分の食券を券売機から取り上げた一真は、横で待っていた瀬那と一緒になっていつものカウンターへ。すると昨日も会った四ッ谷のおばちゃんが、こんな混雑でごった返す中にも関わらず目ざとく二人の姿を見つければ「おっ、カズマに瀬那ちゃん!」と、元気いっぱいの笑顔で声を掛けてきた。

「あっ、お姉さん」

「まっ! カズマったらもう、お姉さんだなんて! お世辞はおよしよ」

「ははは……」

「ところで二人、今日も一緒かい?」

「うむ」瀬那が肯定する。「他の者共も一緒ではあるがな」

「あっ、ひょっとしてさっきの赤い髪の

「ほう? 四ッ谷殿、よくお分かりになったな」

「何となくよ、何となく! でもあのもかなり可愛いわよねぇ。外人さんかしら?」

「そうらしいっすよ」と、今度は一真。「なんでも、アメリカ空軍からの交換留学生らしいっす」

「へーえ、アメリカから遙々ねえ。そういえば、C組かどっかにももう一人、留学生の可愛い居たわねえ……」

「欧州連合軍からの者であろう。其奴そやつ女子おなごなのか?」

「そらそうさね。肌は白くって、キラッキラしたパツキンよ、パツキン? 

 ……まあそれはさておき、このご時世、男よりか女の方が出くわす確率は多いじゃないか」

 あははは、なんて福の神みたいに笑いながら、四ッ谷のおばちゃんが言う。

 ――――その通りだった。四十年以上も続く異星起源の敵性生命体との絶滅戦争の影響で、全世界の男の数は戦前に比べてかなり減って来ている。勿論全く居ないわけではないし、人類種の存続に致命的な影響を及ぼすほどではない。だが、男の数が少なくなってきているのは、特にここ十数年から如実に表れていた。

 この食堂の中に女子訓練生の数が多く見えるのも、その為だ。しかし女を動員しても数は十分とは言えず、一真たちの期は一クラスにおおよそ二十人からそれ以下。それより少ない人数のクラスもザラで、全クラス合わせても一期につき訓練生の数は百人にも満たない……。

 勿論、ここが前線よりそう遠くない京都という立地だということも大きい。東京や東北の方へ行けば、訓練生の数はもっと多いだろう。だが現状として世界的に兵員の数が不足し始めているのは周知の事実であり、このまま戦争が五十年、六十年と長くなるにつれて、やがて人類はジリ貧になるだろうとも予測されているのが現状だ。

「おっと、話し込んでもアレだね。お腹空いてるでしょ? ホラ、食券寄越しな」

 四ッ谷のおばちゃんに言われ、一真と瀬那は食券を差し出す。途中で「おや? 二枚かい?」と訊いてきたから、「あっちに居る席番の分ですよ」と、未だに真っ白になって伏せったままの白井の方を、苦笑いしながら一真は指し示してやる。

「まあ、この混みようだからねえ。――――うっし、ちょいと待ってなよ! すぐ出してあげるからね!」

 と、気合いを入れた四ッ谷のおばちゃんが奥に引っ込んで、暫くもしない内に三人分の昼食が出来上がってきた。本当に早い。

「はいお待ち! 唐揚げラーメン定食にかき揚げうどん、それにカツカレーね!」

 ドンッ、と三人分のお盆がカウンターの上に置かれる。瀬那の分のかき揚げうどんはさておき、一真の定食に付いてくる白飯の茶碗も、そして白井のカツカレーも。盛られている量が明らかに多い。また瀬那の盆には、どうやらサービスらしい並盛の茶碗が白米を盛って置かれていた。

「ちょっ、お姉さん良いんすか、こんなに?」

 明らかに盛りすぎに見えるその量を見た一真は流石に申し訳なさそうにそう訊いてみるが、四ッ谷のおばちゃんは「いいのいいの!」と言い、

「若いんだから、これぐらい食べないと身体持たないでしょ? アタシからのサービスよん」

 と、恰幅の良い腹をドンッと自分で軽く叩きながら言った。

「これは、すまぬな四ッ谷殿。気を遣わせてしまったな」

「いいのいいの! 昨日見てたけど、瀬那ちゃんもカズマもよく食べるじゃない。もう一人の方はオマケでだけど、まま細かいことは気にしない! ホラ、行った行った! 連れがもう席で待ってるよっ!」

 といった具合に四ッ谷のおばちゃんに急かされ、二人分の盆を担いだ一真と、それに瀬那は伏せる白井の待つ窓際の六人掛けテーブルへと戻る。そこには既にステラたち三人が戻ってきていて、一真たちが戻ってくると美弥が「あっ、一真さん!」と声を掛けてきた。

「おう。ほれ、持ってきたぞ白井」

 と、一真が白井の分のカツカレーを彼の鼻先へと持って行ってやれば、

「――――ムッ、この匂いはッ!!」

 なんて具合に、今までの燃え尽き感が何のその。暑苦しいぐらいのうるさい顔で、バッと起き上がり白井が復活した。

「っしゃあ! 来たぜ俺のカツカレー!」

「現金な奴だな、お前」

 苦笑いしつつ、一真は起き上がった白井の前にカツカレーの盆を置いてやると、そのまま彼の隣に座った。瀬那もまた、一真の横にスッと腰を落とす。位置関係的には窓際から順に白井・一真・瀬那、そして対面側が霧香・美弥・ステラといった感じだ。

「……うむ、美味いな」

 かき揚げうどんをズルッと一口啜った瀬那が、ふとそんな一言を漏らす。それを見て小さく笑みを作りつつ、一真も自前のラーメンを啜ると、

「…………ねぇ、アンタたちってさ、もしかして付き合ってるわけ?」

 対面のステラが、呆れた顔で余りに唐突にそんなことを言い出すものだから。一真と瀬那は二人揃って大きくむせてしまう。

「……っ! そっ、其方! 突然何を申すか!?」

「げほっ、がはっ……。そ、そうだ。一体全体、突然何なんだよ……」

「いや、だって……ねえ?」

 ステラが隣に目配せすると、美弥がうんうんと頷く。「なんか、そういう関係なのかなーって。さっきもステラちゃんと話してたところなんですぅ」

「ちっ、違うぞ! 私たちは断じて……。というか、そもそも一真とはまだ逢って日も浅い!」

「そ、そうだ! あらぬ誤解は止してくれ!」

 弁明する二人だったが、しかしステラは「ふーん……」と、細めたいやらしい目付きで二人を眺める。

「瀬那にも、やっと思い人……。ふふっ」

「な――――っ!? きっ、霧香! 其方まで何を言っておる!」

「別に。めでたいことだし……」

 ニヤッとした顔で、真っ赤になった瀬那の方を見る霧香。よく考えてみれば、霧香のこんな表情を見るのは初めてかもしれない。

 参った顔で一真がコトの成り行きを見守っていると、横からポンッと肩を叩かれる。すると、

「…………良かったな、弥勒寺」

 グッと親指を立てた白井が、何故か涙を流しながらそんなことを言う。

「だから違うって言ってんだろ!?」

「いいんだ、隠さなくても……。年頃の男女が一つ屋根の下、何も起こらないわけが無い……」

「ちょっと待て!? 何言い出すんだコラ白井テメー!」

「はわわわわ……!」

 ぱぁっと顔を赤くする美弥。その横で霧香は「……ふっ」と何故か不敵な笑みを浮かべてるし、かくいう瀬那の方はというと。

「そ、そんなこと……! あるわけが……な…………」

 顔を赤くして、しゅんと口ごもってしまう。

「待って、瀬那!? そこで黙らないで、マジであらぬ疑いが生まれるから!」

「お、お二人ってそういう関係……はわわわ……」

「美弥……でいいのかな呼び方!? そういう反応やめて、マジでやめて!」

「すげぇよ弥勒寺は……」

「白井ィィ!! テメーはいい加減黙ってやがれッ!!」

 なんて阿呆なやり取りを交わしていると、呆れた顔のステラが言う。

「……何、アンタたち二人、同じ部屋に住んでんの?」

「あ、ああ……」真っ赤な顔を何故か伏せる瀬那に代わり、一真が説明する。「なんか部屋割の関係だからって、西條教官がさ」

「へぇー……」頬杖を突き、ニヤニヤとした顔をこっちに向けるステラ。

「な、なんだよ」

「いや? 何でも無いわよ」

「……ぐっじょぶ、カズマ」ステラとの会話の隙間を突き、何故か霧香がこっちに向けて親指を立てる。

「だから、違うって! 瀬那からも何か言って……瀬那? おーい、瀬那ぁ!? 戻ってこい瀬那、カムバーック!!」

 霧香の妙な仕草を切っ掛けに、また会話は阿呆な方向へと戻っていく。そんな連中のやり取りを一歩引いた所から眺めながら、ステラは胸の内でふと思っていた。

(中々に個性派揃い……ってところね。悪くない。けれど)

 ――――私に勝てるような奴は、どうやら居なさそうね。

 独り昼食を食べ進めながら、ステラはそんなことを考える。妙な連中ではあるが、自分に勝てそうなウデの見込みがある人間は、ここには居なさそうだと……。

(遙々こんな極東のド田舎まで来てやったんですもの。私を興奮させてくれる人間は、独りぐらい居て貰わなくちゃ困るわ……)

 周りを品定めするような眼で見渡しながら、ステラは独りそう思っていた。


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