Int.13:異国より来たりし少女③

 そうして士官学校内のTAMS格納庫を見学している内、一真はあることに気が付いていた。

 ――――保有機の数が、尋常ではないのだ。大半が訓練機ではあるものの、恐ろしいぐらいに数が揃えられている。またそれ以外にも実戦用の機体の姿が少数ながら見受けられ、珍しいものとしては≪神武≫を極限まで改修した最終型のJS-1Z≪神武しんむ弐型にがた≫までもがあった。

 弐型もそうだが、こんなのはとても士官学校に配備する機体とは思えない。何の為にこんな一線級の高性能機があるのか、ミリタリー・マニアとしては疑念が尽きぬ所であったが、一真は敢えてその疑念を胸の内で封殺した。これ以上自分が出しゃばるのも良くないと思ったからだ。

「なぁ一真、あれ何だろ?」

 ということを考えていた時、近くに寄ってきていた白井が何かを指し示しながらそんなことを訊いてきた。

「ん?」白井が指さす方向へ視線を向ける一真。そこには――――深紅に機体を染め上げた、アメリカ製の最新鋭機があった。

「あれは……≪ストライク・ヴァンガード≫?」

「そうよ」

 と、驚愕した一真が言った途端に自慢げな声が飛んでくる。振り向いてみれば、その声の主はやはりというべきか、噂の編入生ステラ・レーヴェンスだった。

「私が本国から持ち込んだの」

「新鋭機じゃないか」

「ええ」サッと髪を靡かせながら、自信満々といった顔でステラが頷く。「当然よ、その為の交換留学生だもの」

 ≪ストライク・ヴァンガード≫――――。

 正式に言えば、FSA-15E。現行の米軍主力機FSA-15≪ヴァンガード≫を全面的に再設計し改良した新鋭機で、つい五年前から漸く配備の始まった超高性能機だ。一機調達するに当たって掛かる費用は馬鹿にならないが、しかしその性能は折り紙付きだ。

 そんな最新鋭機を、あろうことか自己の専用機として特別カラーを塗装してまで持ち込んでいる――――。

 普通なら考えられないことだ。だが相手は交換留学生。慣れぬ他国の機体を使うよりか、多少無茶をしてでも自前の使い慣れた機の方が何かと都合が良いのだろう。

 しかし、目の前に立つステラの機体以外に、この格納庫内に外国製TAMSの姿は見受けられなかった。今朝の話だとステラの他に欧州連合軍から派遣されてきた交換留学生が居るはずだが、しかし欧州製の機体どころか、ステラのFSA-15E以外にそんな目立った機は存在していない。

(搬入、遅れてるのか……?)

「ところで、アンタさ」

(運ばれてくるとしたら何だろうか。ヨーロッパからわざわざこんな極東まではるばる寄越されるぐらいだし、腕は立つんだろうなあやっぱり)

「……ちょっと、聞いてる?」

(やっぱり主力のEFA-22≪ミラージュ≫かな。いや、もしかしたらカスタム・モデルのEFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫かも……)

「ちょっと、アンタねぇっ!」

「……うおっ!?」

 鼓膜を殴りつけるようなステラの怒鳴り声で、やっと一真はハッと我に返った。どうやらまたいつもの悪い癖が出ていたらしく、先程からステラが何度も呼びかけていたらしいことは、腕を組み忙しなく指を叩くステラの態度からも明らかだ。

「すまん、ボーッとしてた」

「アンタねぇ、ヒトをおちょくってんの!?」

 軽く一真が謝ると、よほどかんさわったらしく、ステラがかなりの剣幕でまくし立ててくる。

「……そんな言い方、ないだろ」

 そんなステラの態度が気に食わず、一真もつんけんとした態度で思わずそう返してしまう。一瞬ステラはかあっとなって「なによっ!」と口先での反撃を仕掛けてこようとしたが、小さく溜息をつくと少し顔色を落ち着かせ、

「――――まあいいわ、アンタ名前は?」

 と、どうやら彼女が話しかけてきた本意らしいことをやっと口にした。

「……弥勒寺一真だ」

「カズマ・ミロクジ……。カズマね、覚えておいてあげるわ」

 一真の名を聞くだけ聞いたステラはうんうんと独りで納得し、さっさと一真の元を歩き去って行ってしまった。

「なんなんだよ、アイツ……」

 ステラが何処かに行ってしまうと、一真は苦い顔でひとりごちる。そんな彼に「一真よ」と瀬那が話しかけてきて、

「其方、随分と嫌っているようであるな」

「ああ」一真が頷く。「やっぱり、アイツのあの態度、好きになれない」

「悪い奴ではないと、私は思うのであるが」

「瀬那にはな。……多分、俺には合わないんだよ。残念なことだけどさ」

 一真はそう言うと、先に歩いて行ってしまったA組の群れに追いつこうと、とぼとぼ後を追って歩き始める。

「一真……」

 遠ざかっていくそんな一真の背中を、瀬那は立ち尽くしたまま、細めた双眸で暫くの間じっと見ていた。





「綾崎、それに弥勒寺も! 昼飯行こうぜ」

 ――――なんだかんだで午前の校内見学が終わり、午後の一限オンリーの座学を控えた昼休み。そんなひとときの開放時間が訪れるや早々、一真たちの席に飛び込んで来た白井が開口一番にそんな提案を持ちかけてきた。

「俺は付き合ってもいいけど……瀬那は?」

「うむ。其方が行くと言うのなら、私も白井に付き合おうではないか」

 了承した二人が席を立つと、スッと霧香が無言のままに近くに寄ってくる。一真の方にじっと向けられた視線から察するに、どうやら彼女も一緒に付いてくる気なのだろう。

「よっしゃ! じゃあ後は……」

 どうやらまだ誘う気らしい白井が、教室をぐっと見回す。そして「よし、決めた!」と何やら独りで盛り上がり、目星を付けられた哀れな被害者の元へと駆け寄っていく。

 数分後、了承したらしいその新たな被害者を連れて、白井が一真たちの方に戻ってきた。

「――――ってことで、美弥ちゃんも参加するみたいだから。改めてよろしくって感じで」

 ニヤニヤとした顔を浮かべながら言う白井が連れて来たのは、昨日一真が彼と話題にしていた、あの小柄でロリっめいた緑髪の少女――――壬生谷美弥みぶたに みやだった。

「あっ……! みっ、壬生谷美弥みぶたに みやですっ! よ、よろしくお願いしますっ!」

 どうにも緊張しているらしい美弥が、緊張のせいで言葉を詰まらせたどたどしい言い方ながら、律儀にぺこりとお辞儀をして三人に挨拶をしてきた。

「俺は弥勒寺一真。って、知ってるか……。まあいいや、よろしく美弥ちゃん」

 一真が最初に名乗り返すと、「あっ、はい! よろしくお願いします、一真さん!」と、一見上げる顔に美弥はまあなんとも純真無垢な笑顔を浮かべる。

「綾崎瀬那だ」

「……東谷、霧香。霧香でいいよ…………」

 瀬那、そして霧香が続けて名乗れば、美弥は「瀬那さんに、霧香さん……。はい、覚えましたっ! よろしくお願いしますねっ!」と、やはり純粋すぎる笑みを浮かべて言った。

「よし、これで俺入れて五人か。後はどうしよっかなー」

「まだ誘うつもりかよ」

 呆れた顔で一真が言えば、白井は「あたぼうよ!」とやたらにキマった顔で返す。

「……うっし、俺も男だ! やってやるぜ!」

 独りで何か言い出した白井はまた何処かに駆け出しながら、また目星を付けたらしい一人に叫びながら近寄っていく。

「おーい! ステラっさーんっ!!」

「……げっ」

 相手はステラだ。やはりというべきか、駆け込んでくる白井の顔を見るなり、汚物か害虫にでも出くわしたみたく露骨に嫌そうな顔をする。

「ステラさーん! どうですかね、これからお食事でも……」

「却下!」

「あぅん! ひどぅい!!」

 一言で一刀両断された白井が、力なく膝を折る。これには一真ら一同も苦笑い。

「……と、言いたいところだけど」

 しかし、少し考え込むステラは、次にそんなことを言い出す。

「カズマに、あの綾崎とかいうも一緒なのよね」

「あ、ああ……」打ちひしがれ地に伏した白井が、擦れ擦れの声で肯定する。

「ふーん……」

 それを聞いたステラは顎に手を当て少し思い悩むと、

「――――いいわ、誘いに乗ってあげる」

 と、まさかの一言を口にした。

「マジですかぁっ!?」飛び起きる白井だったが、「うるさい」とステラに足蹴にされ再び地に伏せる。何故かその時「ありがとうございますっ!」なんて聞こえた気がするが、気のせいだろうきっと。うん、きっと気のせいだ。

「べっ、別にアンタの為に行くわけじゃ無いの。ただ……」

「ただ、なんですかね」

 足蹴にされて床に伏せりつつ白井が訊けば、

「…………あの二人、特に綾崎ってには、興味があるからね」

 と、ステラは一真たちの方に目線を送りながら、周りに聞こえないぐらい小さな声で独り呟いた。

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