Int.12:異国より来たりし少女②
それから一限目始業の鐘が鳴るや早々、西條・錦戸両名の教官に連れられたA組一同は、ぞろぞろと行列を作り廊下を歩き始めた。とはいえA組は訓練生総数が二十名に達するか達さないかぐらいの少人数なので、大した邪魔にはならない。
ぞろぞろと校舎内を歩いたかと思えば、昇降口に行けば外履きへ履き替えるように言われた。よく分からないまま、一真たちA組の面々は外履きのローファーや運動靴へと履き替え、外に出る。
広大なグラウンド――簡単な演習場も兼ねているから、元の公立高校の物から面積が広くなっている――の横を通り抜け、暫く歩くA組一同。途中でB組らしき一団とすれ違った辺り、この午前中の見学は今期新入生全体の行事なのだろう。
そして、演習場代わりのグラウンドの果ての果て。長いこと歩いたA組の面々がやっと辿り着いたのは、埠頭の倉庫めいた巨大な建屋――――TAMS格納庫だった。
「さて諸君、到着だ」
格納庫の傍で立ち止まり、振り返った西條がそんな一言で話の口火を切る。
「ここが、TAMSの格納庫……」
一真が独り呟く間にも、ゴクリと生唾を飲む音が周囲から微かに聞こえてくる。当然だ。何せここにあるTAMSは、いずれ自分たちが乗り込む、或いは整備を担当することになるもの。ここに来た本懐と言っても良い。そんなものが今、目の前の格納庫の中で眠りに就いているとなれば、自然と生唾の一つや二つ、出てくるものだ。
「さて、格納庫の見学に入る前に、まずは青空ながら軽い講義といこう」
そんな訓練生たちの反応を知ってか知らずか、西條はそんなことを言い出した。
「まずは、TAMSとは何なのか。事前に諸君らに配布しておいた参考書は読んでおけといったはずだから、ある程度は心得ているだろう。では……白井、答えてみろ」
「おっ、俺ですか!?」
何の脈絡も無く指名された白井が、慌てたのか驚いたのか、そんな様子で素っ頓狂な声を上げる。しかし西條はそんな白井の反応を意にも返さず、寧ろ楽しんでいるような嫌らしい顔で「ん? どうした、まさか答えられんとは言わんよな?」と、意地の悪い追い打ちを掛ける。
「うっ……」
蒼い顔になった白井は少しの間押し黙った後、
「――――すんません、分かりませんっ!」
と、負けを認めた。
「白井よ、あれだけ事前配布の参考書には目を通しておけと言っただろうに」
「すんませんっ! すっかり忘れてましたっ!!」
「ふっ、まあいい。これからその遅れを取り戻せ……。
――――では、弥勒寺。代わりに答えてみろ」
白井の代打で次に指名された一真は「はっ、はい」と言って、
「≪
そう、サラッと答えてみせた。
「ほう?」一真があまり当然のように即答したものだから、西條の目の色が少し変わる。「では、日本語に直すと?」
「"
「正解だ」またも即答してみせた一真に、腕組みをした西條が満足げに頷く。
「では、TAMSの兵器としての開発コンセプトを言ってみろ」
「はっ――――」
一真は頷き、
「『戦車と戦闘ヘリコプターの中間、自在に戦う兵士の身体の延長線上』です。従来陸上兵器並みの火力と、人型を生かした柔軟な戦術に優れた汎用性。そして陸上兵器にあるまじき機動性の全てを成立させる為に開発されました」
「ふむ、よかろう」
そんな風にスラスラと一真が答えると、西條はやはり満足げに頷いた。いつしかA組の面々の視線が自分に集まっているような気がするが、一真は気にしない。それよりも、一刻も早くあの格納庫の中へ入りたい欲の方が勝っている。
「弥勒寺、お前は中々に知識のある人間のようだ。事前配布の参考書だけではあるまい?」
「はい」一真は肯定した。「元々、好きで色々調べてましたから」
「なるほど、
「はい」
「己の扱う兵器に関して熟知していることは、パイロットにとって必然でありなくてはならないことだ。好き者になれとは言わんが、他の諸君らも今の弥勒寺のように、スラスラと言えるようになって貰わなくては困るぞ」
「では皆さん、そろそろ参りましょうか」
前に出てきた錦戸に指示され、一同は格納庫の中に入るべく再び歩き出した。
「一真は詳しいのだな」
隣を歩く瀬那が、そんなことを言う。「そうでもないさ」と一真は否定するが、瀬那は「いいや」と首を振り、
「参考書を暗記した程度では、あれほどの知識は身につかぬ。平時ならさておき、今は戦争中だ。まして訓練生として軍の士官学校に通う身であるのだから、其方はその努力を誇っていいと私は思うぞ」
「そう、かなあ」
「うむ」瀬那は今の言葉を肯定するように、強く頷いた。「頼りになるな、其方は」
そんな会話を瀬那と交わしている内に、A組の一同は格納庫の中へと足を踏み入れていく。
「うおー! すげー!!」
近くを歩いていた白井が、興奮した様子でそんな声を上げる。他の連中も騒ぎはしなかったが、しかしヒソヒソと小声で何かを呟いている。
そんな彼らの、見上げる視線の先――――。そこには人の形を模った鋼の巨人が、直立し整備ハンガーに固定された状態でズラッと数十機が並ぶ壮大な景色があった。
立ち並ぶ鋼の巨人――身長8mの人型兵器・TAMSの中には外部装甲を全て外され人工筋肉パッケージなどの内部構造が露出している機や、フレームまでドンガラにして
それらTAMSのどれもに整備兵――恐らくは正規の者と、先期生の実習が混ざっている――が大量に張り付いていた。作業用のツナギを着た連中が格納庫の中を慌ただしく行き交っており、ここは校舎の中とはまるで別世界のようにA組の訓練生たちの眼には映った。
「やっぱり、殆ど≪
「……なに、それ」
一真が独り言を呟くと、いつの間にか傍に立っていた霧香が唐突に話しかけてくる。
「JST-1。国防軍のJS-1≪
「……ん。もうちょっと聞かせて」
何故か深くまで首を突っ込んでくる霧香に、しかしマニア心を刺激された一真はまんざらでも無さそうな感じで、立ち並ぶ訓練機・JST-1≪新月≫のことを話し始めた。
「中身は≪神武≫そのもので、部品が九割以上共有できるのが特徴なんだ。少し改装すればこのまま実戦に投入できるし、新品以外にも前線から戻ってきた中古のJS-1をそのまま改造した奴だって居る。それぐらい、≪神武≫とは互換性が高いんだ。ちなみに一人乗りの単座式と二人乗りの復座式と二種類のコックピットがあって、一人乗りの方は正式に言うとJST-1A、二人乗りはJST-1Bって型式番号なんだ」
「……へえー」
「そもそも≪神武≫自体は日・米・英の三国が共同で立ち上げたTAMS開発計画で造られた世界最初のTAMS、コードネーム・MTD-1がベースで、あっこれはアメリカのFSA-1≪インターセプター≫そのまんまなんだけどさ、そのMTD-1をベースに格闘戦用のOSチューニングと関節パッケージを改良したのがJS-1、つまり≪神武≫なんだ。そもそも≪神武≫は――――」
「待て、弥勒寺」
熱中して霧香に語っている最中、突然背中から西條の声が飛んできたかと思えば、バンバンと強く肩を叩かれる。
「えっ、なんですか教官?」
「なんだ、じゃないだろ。……ほれ、周りをよく見てみろ」
西條に言われ、怪訝そうな顔で一真が辺りを見回してみると――――。
「…………げっ」
――――いつの間にか、A組の連中全員が一真の方に視線を向けていて。どうやらその全員が、一真の話に耳を傾けていたようだ。その中には整備兵の姿も混じっていて、彼らですらも作業の手を止めて一真の話を聞き入っている。
「あー……」
どうにもバツの悪そうな顔をした一真は西條の方に向き直ると、
「…………すんません、ちょっと熱中し過ぎました」
と、大きく溜息をつく西條に謝罪した。
「詳しいのは結構だし、訊かれれば教えたくなる気持ちも分かる。……だが、私ら教官の仕事まで取ってくれるな。立つ瀬が無くなってしまうだろうが…………」
「いやもう、ホントすんません」
「ったく、前にもこんなの居たな……。――――まあいい! とにかく、ここにある訓練機に関しては、今弥勒寺が言ってた通りだ。
一応補足しておくと、≪神武≫は既に旧型で、一線級というわけではない。だが未だに現役だから、諸君らが乗る、或いは整備対象として扱う機会も多いだろう。また本校では扱いやすさから、訓練機のJST-1を現役運用している。旧式だからって馬鹿にするんじゃないぞ」
はぁ、と溜息をついて、西條はA組の先頭に戻っていくと、一団を連れて再び歩き始める。
「やりすぎた……」
どうにもこのテの話題となってしまうと、周りが見えなくなってしまう癖がある。一真が大きく溜息をつきながら項垂れていると、また肩をポンポンと誰かに叩かれる。
振り返ると、一真の肩に手を置くのは錦戸教官だった。その強面がすぐ近くにあったものだから一真は一瞬ギョッとしてしまったが、錦戸の浮かべる表情が相変わらずその強面に似合わないぐらい温和な顔だったもので、何故かホッとしてしまう。
「弥勒寺くん」
「あっ、はい」
「君は熱心な生徒だよ」
「はあ……」
妙に脈絡が掴めない言葉だったので、一真は微妙な色で返事をする。しかし錦戸の方はうんうん、と満足げに頷いていて、
「その深い知識は、間違いなく君の強みだ。今まで他の場所ではどうだったか知らないけれど、ここは軍の士官学校。君のそれは褒められはせれど、無駄になるものではない。まして、馬鹿にされるようなことでもない。――――弥勒寺くん、ここはそういう場所なんだ」
錦戸は言うだけ言うと、「はっはっは」と細く笑いながら、一真の返答を待たずしてさっさと西條の方へと戻っていってしまった。
「褒められはせれど、無駄にはならない……か」
独り残された一真が、ぼそりと独り言を呟く。
あくまで、趣味の範囲として蓄え続けてきた知識。今まで役に立たないだろうと思っていたそれが、これからは一真にとって確実に有意義なことに直結する。ここは軍であり、今まで趣味の中で調べてきた兵器を、実際に扱う場所だ。
ミリタリー・マニアとしては、複雑な思いもある。だが……もしこの知識が、自分や仲間の役に立つのであれば。そうなるのであれば、きっと無駄なことじゃない……。
「どうした一真よ、何をぼうっとしている」
「……! ああ、今行く」
先に歩いていた瀬那に呼びかけられ、ハッとした一真も慌てて後を追う。そんな彼の横顔は、何処か晴れやかだった。蓄積してきた知識が役に立つ日が来てくれたのが、何故だか無性に嬉しかった。
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