Int.11:異国より来たりし少女①
「――――さて、始まって早々悪いが、編入生の紹介をさせてくれ」
翌日の朝。
「編入生……?」
「この時期に?」
「っていうか、そもそも士官学校に途中編入って意味分かんなくない……?」
突然の編入生宣言に動揺し、教室中の訓練生たちがどよめく。それは一真も同様で、後ろの瀬那も顔にこそ出さず仏頂面を決め込んでいるが、しかし入学式直後の編入生を怪訝に思っていることは、揺れ動く瞳の色からも明らかだ。
「……一真よ、どう思う」
なんて思っていると、瀬那が一真の背中をちょいちょい、と突っついて話しかけてきた。
「どうって、何を?」
「たわけ、
一真は「うーん」と唸り、
「どうだろ。実際顔見てみないと、何とも」
「左様か」
小さく瀬那が頷くと、丁度そのタイミングで教壇の西條が「入れ」と、廊下の方に向けて呼びかける。
ガラッ、と教室前方側の引き戸が、外から開けられる。開いた戸からスッと踏み出てきた、膝上丈の黒いニー・ハイソックスを張り付かせる華奢な脚は、紛れもなく少女のそれだった。
その少女が噂の編入生であることは、此処に居る誰もが自ずと察している。烈火のような紅色をした長い髪を頭の左右で結い、ツーサイド・アップの格好にした髪を揺らしながら、彼女は無言のままに教壇の上に上がる。起伏の多い肢体に制服を纏う彼女は余りにも長身で、下手をすれば一真と並び立つぐらいだ。
「彼女はステラ・レーヴェンス。アメリカ空軍からの交換留学生だ。本来なら入学式前にここに到着している手筈だったのだが、機材トラブルと調整の都合で今朝、漸く到着したところだ。一日遅れではあるが、仲良くしてやってくれ」
「…………」
西條から簡単な紹介を
「ステラ・レーヴェンス、よろしく頼むわ」
と、何処か
「では諸君、少しだが時間もある。彼女に質問がある者は挙手し、手短に訊け」
西條が言うと、ポツポツと幾つか手が上がった。その内一つを西條が指名すると、質問者の訓練生――深緑のセミ・ロングをした髪の、幼児体型めいた小柄な少女が立ち上がる。昨日白井との話にも出てきた、確か名前は
「あのぅ、レーヴェンスさん、でしたっけ」
「ステラでいいわ」ぽわわんとした口調で話しかけてきた美弥に、ステラは片手をスッと挙げるとそう言った。「ファミリー・ネームは呼びにくいし、よそよそしいのは嫌いなの」
「あ、じゃあステラさん。交換留学生って言ってましたけど、それってなんですか?」
そう言われ、ステラは何秒かの間黙りこくっていた。その後で「はぁ」と小さく溜息をつくと、
「……西條教官、交換留学生制度のこと、説明されてないんですか?」
と、呆れたような顔で隣の西條に話しかけた。
「あー、すまん。説明し忘れてたな」
どうやら本気で忘れていたらしく、西條は今思い出したような顔をして詫びた。それから西條は、噂の交換留学生という制度に関しての説明を始める。
「交換留学生制度っていうのはだな、他国間の……まあ、ノウハウの共有、って感じか」
「ノウハウの、共有?」立ちっぱなしだった美弥が反芻する。
「ああ。我が国は幻魔との戦争が始まって向こう、常にこの国土を戦場としてきた。山岳や都市の多い、お世辞にも広いとは言えない土地柄での戦いを重ねる内に磨き上げてきた、複雑な地形での近距離戦闘技術……。
それら特出したノウハウを吸収する為に、こうして彼女のような他国軍の人間が派遣されてきた、というわけだ。
無論、タダでとは言わん。向こうのノウハウもこちらに持ち帰る為、国防軍からも人材を派遣している。ノウハウの相互共有、というわけだな。
今期は確かステラの米空軍の他に、欧州連合軍からの留学生が居たはずだ」
「……と、いうわけ。殆ど教官に代弁して頂いてしまったけれど、これで一応の回答にはなったかしら?」
西條の説明が大方終わった頃、片手で自分の髪をスッと翻しながらステラがそう言うと、今までたちっぱなしだった質問者の美弥は「あっ、はい!」と返事をし、着席をした。
「それでは、次……そうだな、綾崎」
「えっ?」
何故か瀬那の名を呼ばれ、驚いた一真が後ろを振り返る。すると瀬那はいつの間にか自分も手を挙げていたようで、西條に指名されると「うむ」と頷き、席を立つ。
「……へえ、アンタいい眼してるじゃない」
そんな瀬那の顔を一目見たステラは、小さく眼を細めながら瀬那に向けてそう呟く。
「其方も、中々に良き眼をしておるな」
「お互い様……ね。ふん、極東の田舎だからってあんまり期待してなかったけれど、どうやら見当違いだったみたいね」
「認識を改めて貰えたのならば、何よりである」
「ところで腰のそれ、もしかしてサムライ・ソードかしら?」
「うむ」頷きながら、瀬那はスカートの腰に差す自前の刀に触れる。「異国人の其方からすれば、珍しいであろうな」
「ふーん……。まあいいわ、綾崎って言ったっけ。質問はなんだったかしら?」
「其方の、米国に於いての所属を訊きたい」
「へえ? いいわ、答えてあげる。――――アメリカ空軍・第280教導/開発機動大隊。要は試験兵器の実験部隊と
アグレッサー部隊――――。
その一言で、一真は目の前の教壇に立つあの少女、ステラ・レーヴェンスが並外れた操縦技量の持ち主であることを確信した。
アグレッサーというのは、つまり訓練時に於ける敵役を担う者たちのことだ。敵に回り、教え導く立場にある以上、求められる技量のレベルは高い。そんなアグレッサー部隊の一員にこの若さで認められているのだから、余程の強さであろうと一真は考えたのだ。
勿論その認識は一真が元来ミリタリー・マニアであるが故のことなので、他のクラスメイトたちはその事実に気付く素振りもなく、ただぽかんとした顔を浮かべている。ただ瀬那だけは、どうやら視線を交わすのみでステラが只者でないことに気付いていたようだ。
「ということだ。時間も押している、綾崎は座って良いぞ」
西條に催促され、着席する瀬那。そんな彼女に一真が振り返り、瀬那と視線だけでやり取りをし頷き合う。
「一真よ、其方も気付いたか」
「まあね、元々の知識からだけど。アグレッサー部隊っていったら、相当な腕じゃないか?」
「うむ」肯定する瀬那。「雰囲気で分かったが、あの者は只者では無いぞ」
そうしている内に、他の訓練生たちからステラへの質問攻めは続いていた。やれ「好きな食べ物はなんだ」だの何だの。中でも白井が言った「貴女に一目惚れしましたっ! 俺と付き合ってくださぁーいっ!」なんてふざけた質問には露骨に嫌な態度を示していて、真顔で「……殺されたい?」なんて全然冗談に聞こえないことを口にしていた。
「はいはい、質問タイムはここまでだ。――――それじゃあステラ、お前は東谷の後ろに座れ。廊下側の、一番後ろだ」
収拾が付かなくなってきていた質問攻めを無理矢理打ち切った西條が、ステラを席に座らせる。霧香の後席――――即ち窓際最後尾が何故か空席だったのが昨日から気にはなっていたが、どうやらステラの為の空席だったらしい。
着席したステラに、やはり教室中の興味が集まっていた。そんなステラの方をチラリと見ながら、「……一真よ、
「……正直、あんま気に入らない」
同じく小声で返してやると、「気に入らない?」と瀬那。一真は「ああ」と頷いて、
「なんか高圧的っつーか、見下してるっつーか……。よく分かんないけど、良い印象じゃない」
「左様か」
「で、瀬那はどう思う?」
しかし瀬那は「一真には悪いが、敢えて口にはしないでおく」と言って一真の問いをはぐらかす。
「なんでさ、連れないじゃないか」
「とはいえ、其方が彼奴を気に入らぬという気持ちも、分からないではない。……が、決して悪い奴では無いと感じた」
「俺には、そうは思えない。根拠はあるのか?」
そう訊き返すと、瀬那はふっと小さく笑って、
「女の勘……という奴だ」
と、珍しく冗談めいたことを言ってきた。
「――――ほれ、静かにせんか」
丁度そのタイミングで、ざわめいていた教室を西條が一喝する。
「さて、今日から早速授業……と言いたいところだが、今日までは短縮だ。午前はここの施設を見て回り、午後は一限だけ座学をやって終わりだ。
――――では、錦戸。後は頼む」
「了解しました、少佐」
教室の隅に控えていた副担任・錦戸は西條に呼ばれると、入れ替わりで教壇に立つ。途中で「少佐はやめろ、今は一等軍曹だ」と西條に小声で怒られ、「すみません、昔の癖がまだ抜けきらないもので」と彼は柔らかい笑みを浮かべながら言っていた。
「はい、それでは皆さんには、これから学校の施設を見学して貰います。といっても、普段使うような所はもう、皆さん行ってらっしゃることでしょう。ですから今日見学するのは、それ以外の施設です。無論、今後皆さんが授業で使うことになる施設ではありますが」
教壇に立った錦戸がそう言うと、白井が「それ以外って、どこですかぁ?」なんて訊いてくる。すると錦戸は「はい」とやはり温和な笑みを浮かべて頷き、
「この士官学校の、本領とも言うべき場所――――兵器関連の施設です」
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