Int.15:少女と従者、少女と元英雄

 午後の一限のみの座学を終え、放課後。

 寮に戻ろうと誘ってきた一真に「下で待っていてくれ」と言った瀬那は、教室を出る寸前だった西條教官をなんとか捕まえ相談を持ちかけると、校舎二階の談話室へと通されていた。

「珈琲、要るかい?」

「気遣いは……いや、貰おう」

 思い直した瀬那は、西條の提案に乗りご相伴しょうばんあずかることにした。今この場には瀬那と西條の二人しか居ないので、瀬那は教官に対する敬語でなく普段通りの砕けた口調になっている。

「ほい、珈琲」

「うむ」

 目の前のテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取った瀬那が一口を口にする間、西條も自分の分のカップを持って対面のソファにスッと腰掛ける。

「で、瀬那。相談ってのは?」

「うむ……」

 手にしていたカップをソーサーにコトン、と置き、瀬那は「単刀直入に言わせて貰う」と言って話を切り出した。

「――――何故、彼奴あやつがここにる?」

 それを聞いた西條はふぅ、と小さく溜息をついて、

「……ステラか」

 と言ったが、しかし瀬那は即座に「そんな訳がなかろう」と言って西條の言葉を否定した。

「ありゃ? 私の見当違いか」

「見当違いもいいところだぞ、舞依。――――彼奴あやつというのは他でもない、霧香のことだ」

「ああ……なるほどね」

 納得した、という顔で西條は珈琲を軽く啜り、噂の彼女……霧香についてのことを話し始める。

「どうやら、上手いこと潜り込んで来たらしい」

「の、ようだな。霧香も、ここへ来たのは父上の命だと申しておった」

「綾崎家に関しちゃ、大体は私の方で上手く処理しておいたんだが……してやられたよ。あのが潜り込んでるなんて、数日前にやっと気付いたぐらいだ」

「なんと……」

 絶句する瀬那。それを見ながら西條も深く溜息をつき、

「で、彼女はなんと?」

 と、瀬那に対し逆に質問を投げ掛けてきた。

「私の邪魔にはならないと」

「それで?」

 少し思い悩んだ後、瀬那は言う。

「…………それだけの覚悟があれば、ここでもやっていける。だから、安心した……と」

「霧香ちゃんが、そう言ってたのか?」

「うむ」瀬那は頷くと、その言葉を聞き出すまでの経緯をざっと西條に説明した。

「……ふーむ」

「舞依、どう思う」

 神妙な表情で瀬那は訊くが、しかし西條の方は表情を緩め、

「まあ、大丈夫じゃないか?」

 と、肩の力を抜きながら言った。

「その言葉、まことであるか?」

「少なくとも私が聞く限り、霧香ちゃんは君を綾崎家に連れ戻そうだとか、そういう意図は無く思えた。寧ろ……」

「……? 寧ろ、なんだ? 遠慮は要らぬ、申してみよ、舞依」

「どっちかてと、瀬那を守ろうとしてるんじゃないか?」

「私を、守る……?」

 ああ、と西條は頷き、

「元々、あのの役目は君を護ることだ。そうだろ?」

「う、うむ。確かに霧香とは、幼少のおりより共に過ごしてきたが……」

「なら、それが全ての答えさ」

 といって、西條は立ち上がった。飲み終えた自分のコーヒーカップを始末し、壁に背を付け瀬那の方を向く。

「私から言えることは、これで全てだ。後は瀬那が、自分自身で考えるといい」

「……舞依、意地の悪いことを申すな」

「私の意地が悪いだって? とんでもない、寧ろ私にしちゃあやりすぎぐらいの出血特大サービスさ」

 肩を竦め大仰なリアクションを取りながら言う西條に、瀬那は「……其方はいつもそうだ。私に意地悪ばかりをする」と小さくいじけてみせる。

「ま、意地が悪いのは認めるよ。意地悪くなけりゃ、教官なんて難儀な仕事はやってられん」

「…………うむ、分かった」

 珈琲の残りを飲み干した瀬那は立ち上がると、壁にもたれ掛かった格好でマールボロ・ライトの煙草を吹かし始めた西條に向き直る。

「舞依の言う通り、暫く霧香のことは様子を見ることにしよう」

「ああ、それがいい……」

 ふぅっ、と紫煙混じりの息を吹き出す西條。それに瀬那はフッと小さく笑い、

「それと、舞依」

「ん?」

「校内は煙草、禁止だと聞いたが?」

 笑みを浮かべてままそう言って、瀬那は談話室を出て行ってしまった。

「ちっ……」

 談話室に一人残された西條が、仕方なしといった風に吸いかけの煙草を自前の携帯灰皿に叩き込む。

「ったく、瀬那め。意地が悪いのはどっちの方だ」

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