Int.06:敢えて火中の栗を拾うか
西條に連れられて瀬那が訪れたのは、昨日も来た校舎二階の談話室だった。
「折角だ、珈琲でもどうかね?」
西條にそう尋ねられるが、ソファに座る瀬那は「お気持ちだけ」とその申し出をやんわりと断った。
「さて、と。私が君をここに呼び出した意味……分かるな?」
自分の分のインスタント珈琲の入ったカップを携えながら戻ってきた西條は、瀬那の対面に腰掛けるとシリアスな顔でそう問いかけてくる。
「……承知しております」小さく頷く瀬那。「実家の……綾崎家のことでしょう」
「肯定だ」頷いた西條は一口カップに口を付け、珈琲を軽く喉に流し込んでから、本題に移る。
「といっても、特に向こうから連絡があったとかじゃない。あくまでも、私から君への最終確認だ、瀬那」
「教官殿……」
「二人しか居ない、ここでは教官呼びはやめてくれ」
「……舞依、最終確認とは?」
いつもの尊大な態度に戻った瀬那に、しかしそれを咎めることもないままズズッ、と珈琲を啜り、西條が言う。
「君は綾崎家の引き留めを押し切り、家を飛び出した。そして私が融通し、ここへやって来た。……そうだな?」
「ああ」傍らに置いた刀に小さく触れながら、感慨深そうに瀬那が呟く。「幼き頃より今日まで、其方には世話になりっぱなしだ」
「気にしないでくれ、私が好きでやっていることだ……。
――――本題はここからだ。瀬那、君は本当にこのままTAMSパイロットとして任官されるつもりか?」
「無論だ」瀬那が頷いた。「その為にここへ来たのだ」
「……軍人という奴は、瀬那が想像しているよりもずっとキツい世界だ。まして、TAMSのパイロットとして前線に立つ気なら、尚更」
「…………承知の上だ」
「今なら、まだ引き返せる。裏を返せば、ここを過ぎればもう引き返せないってことだ。
――――瀬那、君は覚悟があるか? 軍人として生き、責務を全うする覚悟が」
「ある」真剣な顔で問うてきた西條の問いかけに、瀬那も真剣な眼差しで即答した。
「
「それに、家柄に縛られたくない。――――だろ?」
茶化すみたく少しウィンクめいた仕草をした西條に言われると、「それも大いにある」とやはり瀬那は肯定した。
「瀬那、君の覚悟はよく分かった。私もこれ以上、野暮なことは言わぬよ」
「……すまぬな、舞依。其方には本当に迷惑ばかりを掛ける。幼子の頃も、そして家のことにまで……」
スッと頭を下げた瀬那を「よしてくれ、君が頭を下げることはない」と西條は止める。
「さっきも言った通り、私が好きでやっていることだ。だから瀬那、君が気にすることはないし、綾崎家のことは私の方でなんとかしておく」
「本当に、其方には世話になってばかりだな」
「いいのさ。幸いにして、君には才能がある。TAMSを乗りこなすだけの才能も気概も、瀬那は十分に兼ね備えているはずだ」
「世辞はよしてくれ」
「お世辞じゃないさ」珈琲を啜りながら、西條が言った。「私がお世辞を言うようなタイプに見えるか?」
「"関門海峡の白い死神"との異名まで取った其方に言われると、無意味に心が舞い上がってしまうものでな」
「……その名前で呼ぶのは勘弁してくれよ、瀬那。あんまり好きじゃないんだ、その呼び名」
「そうであったな。不躾なことをした」
と、そうしたタイミングでチャイムが鳴る。入学式後のオリエンテーションの時間が近いことを知らせる、予鈴のチャイムだった。
「おっと、もうこんな時間か……」
チャイムに気付いた西條が、コーヒーカップ片手に立ち上がる。
「じゃあ瀬那、教室に戻るとしよう」
「……舞依」
しかし瀬那は立ち上がることなく、西條の方を見上げながら彼女の名を呼んだ。
「どうした?」
「何故、あの男と……一真と私を、同室になどしたのだ?」
「だから、昨日も言ったろう。部屋割の問題が……」
「嘘であるな」見透かしたような眼を向けながら、瀬那がキッパリと言う。「アレは、一真に向けた建前だ」
西條ははぁ、と小さく溜息をつき、「バレてたか」と小さく呟いた。
「当然であろう。其方との付き合い、決して短くはないのだ」
「……弥勒寺なら、瀬那の良い相棒になれると思っただけさ」
「相棒?」瀬那が訊き返す。西條は「ああ」と頷いて、
「弥勒寺も、瀬那とよく似た境遇だからな」
「一真が……?」
「奴も、徴兵を回避出来る家柄にありながら、それを自ら拒んでここに志願してきた男だ」
「そうであったか……一真が」
「ま、詳しいことはいずれ本人から
言いながら、コーヒーカップを片付けた西條は談話室の出口の方へと歩いて行く。瀬那も立ち上がり、刀を腰に差し直すと彼女の後を追った。
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