Int.07:胸中、少年少女たちの想い

「さて、改めて挨拶をさせて貰うとしよう。――――西條舞依にしじょう まいだ。階級は一等軍曹、今日から君らA組の専任教官となる。要は担任だ」

 A組の教室、前方の教壇に立った西條はさっさと名乗ると、それを皮切りにオリエンテーションを始めた。

「そして、こちらが錦戸一等軍曹。A組の副担任になる。……錦戸、挨拶を」

「はい」西條の傍らに控えていた、フォーマルなスーツ姿の大男がスッと前へ一歩出る。

「ただいま西條教官のご紹介にあずかりました、錦戸明美にしきど あけみと申します。明美なんて名前ですが、これでもれっきとした男ですよ?」

 温和な表情を絶やさぬ錦戸が言うと、教室の中に小さな笑い声が零れる。一真も思わず笑みを浮かべてしまった。

 随分と温厚そうな顔を絶やさないせいでかなり温和な印象な錦戸教官だったが、しかしその雰囲気は顔に似合わず、と言っても良い。肩幅が広く190cm近い身長とガタイはかなり良く、髪はザッと男らしく刈り上げた短めのスタイル。まして彫りの深い顔には、左眼の目尻あたりに刀傷めいた縦一文字の大きな傷跡があるせいで、口を開かなければかなりの鬼教官にしか見えない。

 その左眼の傷は何だと前方の方に座る女子生徒が訊くと、「昔、戦闘中にやってしまったんです。あ、眼はきっちり見えてますよ?」と、やはり温厚そうな顔と口調で錦戸は答えた。

「というわけだ。諸君らと接する時間は私よりも少なくはなるが、しかし彼もここの副担任であることに変わりはない。何かあれば私でも、錦戸でもどちらでも構わんから、気兼ねなく頼るといい」

 それから西條は、この士官学校に関することをザッと説明した。何処に何の施設があるのだとかとか、支給される品々や給与体系の話なども。ここは仮にも国防軍の育成施設であるから、例え訓練生の身分であってもちゃんと給金が出るのだ。

「……ということで、基本的にはこのカードで金管理を行え。事前に配布したコイツだ」

 そう言って、西條は胸ポケットから大柄なICカードを取り出し見せつけた。一真も勿論、それは事前に渡されている。

「士官学校内、及び軍関係の施設ならば世界各国、例え欧州連合軍の基地であっても使える世界共通のカードだ。PXで個人装備品を自前で買う際だとか、自販機にもコイツは使える。営外の為に現金化も可能だが、勿論使える範囲は諸君らの手持ち分に限られている。あまり無鉄砲に使いすぎるなよ?」

「便利なものだな、最近の軍というものは」

 西條の言葉が途切れたところで、後席の瀬那が自分のICカードを眺めながらそんなことを呟いていた。軽く振り返って一真は「便利なのはいいことだろ?」と瀬那に小声で返し、教壇の方に居直る。

「さて、説明はこんな所にしておこう。明日から早速、本格的に教練が始まるんだ。おのずと分かるところもあるだろう……。

 ――――だが、その前に」

 声色を変えた西條の雰囲気にされ、和やかにほぐれていた教室の空気が一瞬にして固く凍り付いた。ゴクリ、と生唾を飲む音すら聞こえてきそうな勢いだ。

「これから一人前の兵士を目指す以上、貴様らの気概というものを聞いておきたい……。そうだな、まずはお前からだ、弥勒寺」

 スッと西條に目線を向けられると、途端にクラス中の視線が一真に集まってくる。

「お、俺……ですか?」

「他に誰が居る? さっさと立て、名乗れ」

 仕方なしに立ち上がった一真は、一度教室を見回した後で「……弥勒寺一真です、よろしく」と名乗った。

「で? お前は確か志願だったな?」

「はい」頷いて肯定する一真。

「では、何故志願した?」

「…………」

 その問いに、言葉を迷った一真は少しの間押し黙っていた。ここで己が真意を言ってしまって良いものなのか、分からなくなった。

 ――――いや、言える訳がない。

「どうした、早く答えろ」

「……憎き幻魔を討ち滅ぼす為、これ以上、人々が死なずに済む世界が欲しいから……です」

 だから一真は、そう言った。勿論この言葉だって、全てが嘘じゃない。が――――決して、彼自身の真意というわけではなかった。

「ふむ」一真の言葉を聞いた西條は、腕組みをして小さく唸る。「よくある理由だ、ある意味模範的と言うべきか……。座って良いぞ」

「次はお前だ」

「えっ、俺ですかぁ?」

 次に西條に指名されたのは、白井だった。頭の後ろに手をやりながら参ったような顔で反応する白井を「さっさとしろ」と西條が急かす。

「あはは……白井彰です、以後よろしく。あ、俺は徴兵っす。TAMSパイロットは自分で選んだっスけど」

「ほう? では何故TAMSパイロットを選んだ? 言っては悪いが、損耗率は決して低くないぞ」

「それは勿論、我が国の明日あすの為に――――」

「建前はいい」と、胸を張って言い出した白井の言葉を西條は半ばで制した。「お前のように軟派な男が、そんな大層な理由を持っているとは思えん。構わん、本意を言ってみろ」

「う……」

 そう言われて、白井は追い詰められたような顔をして押し黙った。しかし「どうした? 早くしないか」という西條のニヤニヤとした顔と、その目付きのせいで白井は逃げられない。

「――――はいっ! パイロットならモテると思ったからでぇすっ!」

 諦めた白井は、自爆するみたいに叫んだ。教室のあちこちから小さな笑い声が漏れる。

「ふっ、確かにパイロットは女によくモテるからな。何、動機としては悪くない。白井だったか? もう座っても構わんぞ」

「くそう、赤っ恥じゃんかよぉ……」

 崩れ落ちるように席に座った白井を一瞥しつつ、西條は「じゃあ、次」と言って、今度は通路側の最後尾から二番目に座る女子を指名した。

「…………東谷あずまや霧香きりか

 細い、抑揚が余り感じられないようなクールな声色で、彼女――――東谷霧香はまず名乗った。よく考えれば、彼女の声をじかに聞くのはこれが初めてだ。

「で、東谷。お前も志願だったな……。お前がここに来た目的は何だ?」

 西條にそう聞かれた東谷は、「……役目、だから」と小さく答える。

「役目?」

「……ん」東谷が頷く。

「まあいいか、座れ」

 そう西條に言われると、東谷はスッと腰を落とした。

「意外に、個性的な奴が多いみたいだな」

 ふっと思い立った一真が後ろを振り返りながら瀬那にそう話しかけると、

「…………」

 瀬那は廊下の方を……東谷の方へ視線をじっと向けながら、何処か不機嫌そうな顔を浮かべていた。

「瀬那、どうした?」

 それを不思議に思った一真がもう一度声を掛ければ、ハッとした瀬那は慌てて視線をこっちに戻し「いや、なんでもないぞ」といつもの態度で言う。

「ホントか? なんか顔色おかしかったけど」

「だから、なんでもないと言っておろう。……本当に、なんでもないのだ。其方に気を掛けさせるほどのことではない」

「……そっか」

 なら本当になんでもないのだろうと一応の納得をしつつ、一真は教壇の方に向き直った。

「――――とまあこんな具合に、同期と言えどもここに来た目的は様々だ。自ら志願し門を叩いた者もあれば、徴兵でここへやって来た者もある。目的が崇高であろうと俗めいていようと、そんなものは関係ない。諸君らの使命は一日も早く一人前の兵士になることで、我々教官もその為には協力を惜しまない。

 私が言いたかったのは、そういうことだ。ともかく入学おめでとう。明日からは早速本格的な座学を始めるから、覚悟しておけ」

 西條がそう締め括った所で、オリエンテーションの終了を告げるチャイムが校舎中に鳴り響いた。

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