Int.05:軟派な男、名は白井彰
式が終わり、新入生たちはそれぞれの教室に案内された。
士官学校が徴用している、元・公立高校の四階建て校舎。その三階左端にある教室が、一真たちA組に割り当てられた教室だ。
「よっ……と」
前方の黒板に貼られた席配置の指示表を見てから、一真は窓際の最後尾から二番目の席に着いた。最後尾といっても並ぶ机の中では真ん中の方なのだが、クラス人数がそもそも少ない故に、実質的に後ろから二番目ということだ。
「ふむ、私は一真の後ろか」
ガラッと椅子を引く音が背中越しに聞こえたかと思えば、スッと席に腰を落ち着かせた瀬那が話しかけてくる。彼女に割り当てられた席は窓際最後尾、つまり一真の真後ろだ。
「みたいだな」瀬那の方へ振り返りながら、一真が返す。
「ところで……随分と、数が少ないのだな」
腰に下げていた刀を机の横に立てかけ、教室の中をザッと見回した瀬那が言った。「やはり、何処も人不足というわけか」
――――現状、一真たちのような若い新規入隊者は年々数を減らしてきている。ましてここ京都は最前線に近いといえば近いような距離にある。幾らここが名門と言われている士官学校でも、最前線に近い所に入るような奴は志願者か、或いは徴兵された地元の人間だけということだろう。
「――――よっ、チョイといいか?」
なんてことを瀬那と話していると、突然別の何者かが一真に声を掛けてきた。
ふっと視線を上げてみると、一真の目の前には一人の男が立っている。一真と同じように制服を着ている辺りクラスメイトのようだが、少し長めの茶髪に緩んだ表情と、雰囲気は何処か軟派な感じだった。
「お前は?」
と、一真が話しかけてみる。
「俺か? 俺は
するとその男――白井彰は、ビシッと前髪を揺らしながら名乗る。
「そういうことか。俺は弥勒寺一真、んでこっちが綾崎瀬那」
瀬那も含めて名乗り返してやれば、後ろで瀬那が「白井、か。よろしく頼むぞ」と、腕を組みながら相変わらずの尊大めいた態度で白井に言った。尤も、どうやらこの態度は完全に素から出ているもので、他意は無いらしいのだが。
「弥勒寺に、綾崎ね。よっしゃ、覚えた!」
「それで、白井……であったか。貴様に言われるまでは気付かなかったが、確かに男子の数が少ないようだ。何か
やたらとテンションの高い白井に、やはり腕組みをしたままで瀬那が訊くと「うーん、俺にもよく分かんねーけど」と白井は前置きをして、
「やっぱ、人手不足なんじゃねーのか? 特に男はさ」
「人手不足、か……。して白井よ、貴様は志願か?」
続けて瀬那が訊いてみたことに白井は「んにゃ、徴兵」と首を振って否定する。
「でもまあ、TAMSのパイロットってのはやってみたかったしさ。どうせ徴兵されるならと思って、パイロット選んだってワケよ」
「殊勝な心掛けであるな。貴様のような男、嫌いではないぞ」
「おっ!? 嬉しいねえ、だったら話は早いぜ。綾崎さ、今日これ終わった後にでもどうかな? 食事でも……」
と、調子に乗り出した白井が何か誘い出したタイミングで。
「――――綾崎、ちょっと来い」
スッと教室に顔を出した西條教官に手招きされ、瀬那は「すまない、白井。それに一真も。教官殿が呼んでいる故、話はまた後にしてくれ」と言って席を立ってしまった。
「ありゃ、残念」
消えていく瀬那の背中を見送りながら、白井が肩を落とす。
「ところでよ、弥勒寺……ってのはちょっとよそよそしいな。一真でいい?」
構わない、と一真は答える。すると白井は一真の耳元に顔を寄せ、内緒話をする見たく囁く。
「お前さ、綾崎どう思うよ?」
「どうって……」
突拍子も無い白井の囁きに、なんと答えて良いか分からず口ごもる一真。
「今のところは単なるクラスメイトで、ルームメイトだけど」
「だよなあ……――――ってお前、今なんつった!?」
「何って、瀬那のことだろ? クラスメイト……」
「違うその後!」
「……ルームメイト?」
そう、それ! と血相を変えて白井が詰め寄ってくる。
「一真よ、一つ訊いてもいいか?」
「あ、ああ……」
「自宅通学なのか? 俺は実家からだけど」
いや、と一真は否定する。「訓練生寮に下宿してるけど」
「それともう一つ、綾崎も寮に下宿か?」
真顔で訊いてくる白井に、一真は黙って頷いて肯定してやった。
「…………ってことは、だ。ルームメイトつってたよな? つまり、お前と綾崎とは……」
「……同じ部屋で、暮らしてるな」
大体先が読めてきた一真が苦笑いをしながらそう呟くと、白井は「かぁーっ!」と頭を抱える。
「ああくそ! 羨ましすぎんだろ畜生っ!」
「羨ましいもんなのか?」
「羨ましいに決まってるだろ!?」やかましい程の顔で更に詰め寄る白井。「お前、あんな綺麗な
「あー、瀬那が綺麗だってのは認めるけど」
……出逢って早々斬りかかられちゃあ、そうも言ってられなかったんだよな。
胸の内でひとりごちつつ、「あーくそっ! やっぱ俺も寮入っとけば良かったぁー!」なんて地団駄を踏んで悔やみ出す白井を、一真はやはり苦笑いしながら遠目に眺める。
「……くそっ、仕方ねえ。同室のアドヴァンテージがデカ過ぎる以上、綾崎はお前に譲るぜ…………」
「譲るって、そもそも取り合ってたつもりは無いんだけど」
「うるせえ! ――――だが! 幸いにしてこのクラスは女子が多い。しかぁも! レベルはかなり高いと来た……。見てみろ、一真」
白井は強引に一真の首を捻ると、教室の真ん中の方へと視線を向かせる。
「まずはあの
やはり顔を近づけて囁くように言った白井が示すのは、丁度一真の席と真反対の位置に座る少女。つまり一番通路側の列で、最後尾から二番目の席に座る彼女だ。ショートカットにバッサリ切り揃えた黒髪に切れ長の碧眼、スッと整った顔立ちは何処か西洋の雰囲気を微かに漂わせていて、ザ・大和撫子といった風な瀬那とはまた別の魅力を感じられる。
「名前は?」一真が訊く。
「確か……東谷だ。
「……うん、確かに中々良い」
「だろぉ!」と、やたらと上機嫌に白井が喜ぶ。
「でも、結構クールそうだ。攻略は中々難しいんじゃないのか?」
そういう一真の視線の先で、噂の彼女――東谷霧香は他のクラスメイトに目もくれず、鞄からスッと取り出した文庫本らしき物に視線を落としていた。その横顔はここから見ても分かる程に涼しく、とても白井のような奴が落とせるタイプには思えない。
「バカヤロー、一真オメー分かってねえなぁ? 気合いだよ、気合い!」
だが白井はそれを知ってか知らずか、やはり妙なハイテンションでそう答えてくる。その後で白井が「じゃ、次はあっち」と次の女子を指し示し、話題を移す。
「あっちは東谷とはまた別のタイプだな。ロリ系っつーか、なんつーの? 思いっきりドジっ
うん、と大きく頷いて同意する一真の視線の先。教室の中央ほどに立つ少女は、今まで見てきた瀬那や東谷とは全く別のタイプの少女だった。
背丈は150cmあるかないかといったぐらいに低く、当然のように胸に起伏は皆無。セミ・ロングの長さにした深緑の髪の下に見える顔立ちはやはり幼く、双眸の前に掛けた赤いハーフ・リムの眼鏡のお陰で多少マシにはなっているが、その少女はやはり何処か強い幼さを感じさせる容姿だった。ぽわわんとしてふわふわとした表情のせいで、余計にそれを強く感じてしまう。
「ありゃあ好きな奴はドンピシャだぜ? 確か名前は
「……白井、ああいうのが趣味なんだ」
「馬鹿、なわけねーだろ。俺はおっぱいデカい
確かに、と何故か白井の言葉が腑に落ちてしまった。冷静に考えてみれば瀬那もさっきの東谷も、体系的な起伏はかなり大きい。女性的な魅力が強いというのか、とにかくあの二人はそういった具合だ。
対して壬生谷はどうかと言えば、正直言って女性的な魅力はそこまで無い。実際話してみればまた違うのかもしれないが、見た目の方は……言い方が悪いが、完全な幼児体型。何となく読めてきた白井の趣味嗜好を考えれば守備範囲外なのはよく分かるし、何故だか一真も同意できてしまう。
「――――ほらほら、席に着けお前ら」
とかなんとか話をしていると、西條教官がもう一人の男性教官を伴って教室に入ってきた。一緒になって瀬那も戻ってきている。
「おっと、もうこんな時間か。じゃあ続きはまた後で、だ。これからよろしくなっ、一真!」
ニッと笑って席にそそくさと戻っていく白井に「おう、また後でな」と一真は返してやると、そうした頃に席に戻ってきた瀬那に「なんだったんだ?」と軽く声を掛けてやる。
「……なんでもない、ただの些事だ。其方が気に掛けるようなことではないぞ、一真」
そう言う瀬那の顔色が、行く前よりも少し暗く思えてしまった一真は何か瀬那に呼びかけてやろうかとも思ったが、教壇の方から漂う西條の圧力に屈し、そのまま前を向かざるを得なくなった。
「よし、全員揃ってるな。――――さあ、オリエンテーションを始めるとしようじゃないか」
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