第五夜
夏、廃屋、死体を見て
これはですねぇ、私が学生時代に聞いた話になるんですがね。
S少年(仮名)というのがいたんですよ。
ええ、運動部に所属していたらしいんですがね。
あれは、暑い夏のことだったかなぁ……カンカン照りの町中を、部活帰りに歩いていた。
その町は川が中心を流れてるんですがね、これが戦前は鉄砲水なんかで結構な被害を出していて、なんでも死者が多かったというんです。
で、毎年夏の時期になると鎮魂祭をやる。
街をあげてのお祭りですから熱気もすごいわけなんですが、S少年がその川沿いを歩いていたのは、お祭りの翌日だったんですねぇ。
あちらこちらに、前日のお祭りで出たかき氷のカップや、たこ焼きの殻が落ちている。どこにでもマナーが悪いひとっていうものはいるもので、少年は顔をしかめていたっていうんですよ。
でね、しばらく歩いていると、ふと気にかかった。
その道ってのは普段通る道ですから、取り立てておかしなものってのはないんです。
ところがねぇ、その日は違って、なにやら胸騒ぎがする。
見遣ると、廃屋が一つ、ぽっかりと口を開けているっていうんです。
ツタが壁面に絡みついた、コンクリート造りの建物ですよ。
あからまさに恐ろしい。
怖いなぁ、怖いなぁって思うんですがね、どうも胸がざわざわする。
そこで、はたっと気が付いた。
自分は、その廃屋に呼ばれているんじゃないかってね。
もう体は言うことを聞かない。
ふらふらっと、その建物中に入っていってしまう。
室内には何やら熱気が立ち込めている。
当然でしょう、炎天下のコンクリート建築ですから、これが暑くないわけがない。
ところが、ぶるっと背筋が震えた。
ええ、寒気ですよ。
凍えるようにばっと鳥肌が立ってですね。
そうして、S少年は見たんです。
廃屋の真ん中に。
ぶよぶよとした体つきの。
全裸の中年男性が倒れているのを。
廃屋ですよ。
倒れてる。
ああ、これはいけない、怖いなぁ、怖いなぁ、危ないなぁ、危ないなぁって……そう思って少年は、その中年男性に駆け寄ろうとするんです。
でもね、足が言うことを聞かない。
金縛りみたいに動けないんですよ。
全裸の中年男性って、日常ではまず目にしない。
だから、安否は気になったものの、彼は怖くなってしまって。
そうして、逃げてしまったていうんですねぇ。
いやぁ、これだけならよく聞く話ですよ。
したいぐらい、誰だって見たことがある。
ところが、それから日が経って。
少年が新聞を読んでいましたらね、そうそうS少年は受験生でしたから、新聞を読むのが日課でした。
で、読んでましたら、乗ってるんですねぇ……中年男性の記事が。
お亡くなりになっていました。
やっぱり、あの時死んでいたんだ……彼はそう思いましたがね、記事をよくよく読んで、さぁっと血の気が引いた。
死亡推定日時っていうんですか?
亡くなった日付がね。
あの、お祭りの日の、7日後だったんですねぇ。
生きていたのか、死んでいたのか。
7日間の間、その全裸の中年男性は、いったいどうしていたんでしょうねぇ……?
第五夜 夏、廃屋、死体を見て
今宵はここまで──
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