Ep.1

カゴにインスタントラーメンやら菓子パンを詰め込む。

「お兄ちゃんお兄ちゃんっ」

ドサドサッ、とカゴにプリンやらシュークリームが入れられた。俺が視線を落とすと、少女が満足気に笑う。

―諦めろ、俺。

ため息をついてレジに向かうと、少女の笑みが濃くなる。店員が怪訝そうな顔をしたのは無視だ。一気に財布が軽くなる。

「お兄ちゃん」

コンビニを出ると、少女が再び話しかけてくる。

「お兄ちゃんありがとうっ」

……ふわふわ。

少女は浮いている。そう、浮いている。水に、ではなくて。浮遊している。薄っぺらい、白のサマードレスを着た、小学生くらいの少女。


返事をしてはいけない。それは、幼い頃から祖母に言われ続けてきた事だ。一年前に祖母が他界しても、それは守り続けてきた。

けれど。俺は返事をしてしまった。幼い少女の泣き声が、聴こえたあの日。


約一ヶ月前の事だ。俺は学校帰りで、外は朱色に染まるくらいの時間帯。

俺はクラスで学級委員を務めていて、その日はクラス総会だった。委員長の御崎が、やけに張り切っていたのを覚えている。

「結城っ、お前はどう思う?」

うっすらと紅潮した顔は、委員の仕事にやりがいを感じているからか。そんな風な事があった帰りだった。

しくしくと。泣き声が聴こえた。

迷子になったような、親を見失ったような、そんな泣き声だった。その泣き声の正体は、電柱の傍に蹲っていた。

「おい、大丈夫か?」

ゆるやかに、少女……いや、人ならざる少女は顔をあげる。将来有望そうな顔をしているが、彼女は永遠に成長なんてしないのだろう。

「……ふふ、お兄ちゃん、舞依の事、助けてくれるの?」

狂気を帯びた声は、昔、一度だけ相対した地縛霊のものに似ていた。


俺、結城湊の先祖は、陰陽師の類だったらしい。とは言っても、家業はずっと昔に潰えて、俺が知っているのは退魔でもなんでもなく、自衛の術だけだ。

事実、きちんと退魔のような事が出来るのは、今では叔父だけ。

それに、自衛の術と言っても、『返事をしてはいけない』『目を合わせてはいけない』『情は捨てろ』といった、無視する方向の三々条だ。

幼い頃から、幽霊みたいなものは見えていたけど、そんな教えを叩き込まれて、その3々条を守って生きてきた。地縛霊と相対したのも、自分が応えたのではなくて、祖母の退魔の現場を目撃しただけ。


……そんな訳で、応えてしまった俺は、この少女の霊に隠されてしまった。

神隠しとか、そんなものに近い。

「ねえお兄ちゃん、助けてくれるんでしょ?」

「助けるなんて……」

「ねえ、知ってる? もうじき世界は滅亡するの。今、幽霊とか妖怪はみんな魔界に逃げちゃったんだけど、私ほんとはちゃんと死んでないから魔界に行けないんだよね。……だから、ね? お兄ちゃん。助けてほしいの」

少女は妖艶に微笑む。栗色の髪を揺らして、くすくすと、嗤う。

世界が、終わる……?

「は、滅亡とか、そんなの」

「あれ、嘘だと思った? うーん、残念ながら嘘じゃないんだよね。ほんとだよ。舞依、嘘つかないもん」

薄い色の双眸に、涙が溜まっていく。……なんだこの幽霊。

「嘘じゃ、ないもん」

「……。」


そんなわけで、根負けした俺は大人しく隠されて、時折コンビニに食料調達に行きつつも一ヶ月が経ってしまっていた。

両親も流石に捜索願を出したし、警察も渋々ながら動いた。が、俺は見つかることなんてない。

……傍らでシュークリームを貪るこの舞依という少女霊に隠されているから。

「なあお前、ほんとに幽霊? 妖怪じゃなくて?」

「失礼だなあ。舞依ちゃんと死んでないけど一応幽霊だよ?」

「ちゃんと死んでないってどういうこと……」

「あーっ! このシュークリームおいしい!」

この幽霊、質問に答えてくれない事が非常に多い。

「大体、世界滅亡はいつ……」

俺がそう口を開きかけた時、少女……舞依は、目を見開いた。

「……来た」


鋭い地鳴り。地面が揺れている。

「!?」

上からビルの破片が降ってくる。……まあ隠されている俺には実害はない。

数分のうちに、地震により辺りは悲惨な状況になっていた。

「お兄ちゃん、エクレア食べる?」

「……おう」

混乱のあまり、エクレアを受け取ってしまった。チョコレートが半ば溶けていたが、手が汚れる前に口に押し込む。

舞依が空を仰いだ。

「もうすぐ来るって事は分かってたんだけど……舞依、そんなに力強くないし。てーきゅうだし」

てーきゅう……低級、かな。

「そっか」

俺の諦めに似た声が、虚空に溶けた。

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