第5話 『ハロー My Son』

 ……と、息巻いていたのもつかの間。

 俺は脱衣所で、動けなくなっていた。もとい、チキっていた。


 だって仕方がないじゃん! いくら自分の身体とはいえ、女の子の裸だよ!? 薄い本で見ることはあれど、生なまなんて……童貞にはハードルが高すぎます!


「しかもこの服……防御力低すぎるんだよ……」


 そう、問題は服にもある。

 これがもし、スカートにTシャツといった普通の私服なら、一枚ずつ脱いでゆっくりと心を慣らし、最後は余裕を持って、パンツに手をかけられたはずなんだ。


 しかし、俺が今身につけているものは、もはやただの布。

 即ち……軽くぺらってめくるだけで、大事なところが全てさらけ出されてしまうのだ! 心の準備もクソもねぇ! ちくしょう!


 頭を抱えていると、ふと、鏡に映った自分が目に入った。

 そういえば、顔見たのって湖での一回きりで、まだちゃんとは見れていなかったな。


 改めて、洗面台の鏡に向き直る。うむ、やっぱり美少女であることに間違いはない。

 表情筋を存分に使いながら、笑った顔や悲しい顔をしてみると、そのあまりの精巧さに、やはり夢なのでは? と疑ってしまうほどだ。


 ――こんなところで二の足踏んでる場合じゃない。

 不意に、強くそう感じた。

 一秒でも早く、このきれいな金色の髪をとかさなければ。

 一瞬でも早く、この身体に付いた土埃を洗い落とさなければ。

 不思議と、そんな使命を感じた。

 ここで立ち止まることはきっと、この洗練された美に対する、冒涜だ。


 俺は、やおら服の裾に手をかける。もう躊躇してる暇はないッ!!

 そして――


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 雄叫びと共に、がばっ、と思い切りその手を持ち上げたのだった。



 謎の責務感から、服を脱ぐという難関をクリアした俺は、極力見えないよう、シオンに借りたタオルで前を隠しながら、シャワー室のドアを開けた。


「おぉ、なかなか広い」


 中は、浴槽こそないが、風呂用のイスも常備されており、身体を洗うには十二分だ。

 唯一の難点は、目の前に鏡があることくらいだろうか。付いてるのがあたりまえなのだが、いかんせん目のやり場に困る。


 ひとまずイスに座り、さて、ここからどうするか。

 まずは事前に、身体の前のタオルは離さないようにしながら固形石鹸を取り、別のタオルを泡立てておく。

 それから、蛇口をひねってシャワーを頭からかぶり、目を瞑ったまま、さっきのタオルを全身にこすりつけた。幼女の肌ぷりぷりスギィ!


 よ、よし。これでひとまず泡によるガードができたはずだ。特に大事な部分には、たっぷりと乗せたからな。

 しかし、これからこの身体で生活する以上、早めに慣れておかなければ精神が持たない。美少女の全裸で興奮しなくなるって、逆にダメな気もするが……頑張ろう。


 おそるおそる、うっすらと目を開ける。


「うっ……まぁ、多少は……」


 泡の隙間から申し訳程度にのぞくくびれや、見えそうで見えない焦しプレイ感にちょっとキたが、全裸よりはマシか。

 ――見ようによっては、むしろこっちの方が扇情的かもしれないが……。


 やはり直視は無理そうなので、必要最低限の視界でシャンプーに手を伸ばす。こっちにもポンプ式の容器はあるのか。

 隣にもう一個、似た容器があったが、ラベルに『コンディショナー』と書いてあった。見たことない文字だが、転生者補正か、なぜか読める。文字を勉強しなくていいのはありがたいな。


 2プッシュしてシャンプーを手に出してみはしたが……長い髪の洗い方なんて、俺知らないぞ。

 向こうで見たことがあるCMを思い出して、梳くように洗ってみるが、これ洗えてるのか?

 とはいえ、それ以外にやり方も思いつかないので、慣れない手つきで一通りやってみよう。


 たっぷり5分は使って、やっと洗い終える。

 途中でちらっと見えるうなじが妖艶で、あらためて、女の子のからだって、多感な思春期男子には凶器だと思いました。


「……って、やべっ、そろそろ二人とも戻ってくるかも」


 洗面所でチキってた時間も含めると、結構経ってるはずだ。


 急いでもう一度、今度はもっとしっかりと身体を洗う。シオンの渡してくれた柔らかめのナイロンっぽいタオルが、ちょうど気持ちいい。


 目を瞑って上半身を何とかクリアし、次は問題の下半身。とりあえず比較的安全なふとももから攻めるか。

 瞬時にそう判断し、俺は泡にまみれたタオルを、柔らかくて暖かい左ふとももに這わせる。


 と、そのとき。


 ぺちんっ! と、生ぬるいなにかが俺の右腕に当たった。


「うわぁっ!? なんだっ!?」


 驚きのあまり、タオルが手から離れ、俺はつい目を開けた。開けてしまった。


 果たして、そこにあったもの。その正体は。


 ――泡の上に鼻先だけちょこっとのぞく、かわいらしい亀さんの頭、すなわち、ち○ちんだった。


 …………。

 ………………。

 ……………………なんで???


          ※


 とりあえず上がって、服は着たが……。

 今までは当たり前だったはずの感触なのだが、どうにも違和感がある。というか、ずっと勃ったままだし……。


 ベッドに座るのははばかられるので、床に体育座りしながら考える。


 少なくとも、入るときはこんなもん生えてなかったよな? てことは、唐突に生えたの? えっ、なに? 呪い?

 元の俺のモノと比べると全然ちっちゃいが、もし俺が男だとしたら、年相応のサイズになる。

 しかし、未だ治まる気配を見せない『ソレ』は、小さいながらもパンツに圧迫され続け、俺を苦しめていた。


 ちょっともう一度見てみるか。

 苦しさと怖いもの見たさが相まって、俺は下腹部のあたりに手をかけようとした、そのとき。


「ただいま~、リリィちゃん」


 ガチャリ、とドアが開いて、サミュちゃん帰宅。

 脊髄反射で瞬時に体育座りに戻る俺。危なかったぁ……。


「少しはマシになったじゃねぇですか、金髪」


 続けて、シオンも玄関で靴を脱ぎ、部屋に入ってきた。


「う、うん。いろいろありがとね」 


 極力平然を装い、シオンに笑いかける。


「それはいいですが……そんなとこで縮こまってねぇで、もっと楽にしたらどうです?」


「いっ、いや! 大丈夫だよ、私はこれで!」


「まぁ、本人がそう言ってんならいいですけど」


 冷や汗を拭い、チラッと下腹部を確認する。幸いにも、小さいから一見なんともなさそうだが、依然として治る気配はない。万が一も考えて、なんとしてでもコレは隠し通さなければ。


「そういえば! あの、テイレシアス先生のところには行かなくていいの?」


 その人ならコレについてもなにか知ってるかもしれない。

 そう思い出し、俺はサミュちゃんに聞いてみる。


「あっ、えーっとね。食堂でお会いしたから、事情を話したら、あとで来てくれるって」


 サミュちゃんが言うとほぼ同時。

 噂をすれば何とやら。コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、


「邪魔するぞー」


 返事をする間もなく現れたのは、大きなかばんを持ったけだるそうな女性と……宙に浮いてるベッドだった。

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