第3話 『森を抜け……』

 しかし、名前か。

 名乗られた以上、こちらも自己紹介しなきゃ失礼なのだが……いかんせん、まだ俺はこの世界初心者である。自分の外見すら、さっき知ったばっかりなのに、名前なんて考えているはずがない。


 でも、だからといって黙ってるわけにもいかないし、どうしよう。とりあえず適当に話ぼかして……。と、焦って見切り発車しかけた、そのとき。


「えっと、あなたは……リリィちゃん、でいいのかな?」


「――ほぇ?」


 何を言われたのか一瞬理解できず、間抜けな声が漏れる。


「あぁっ、ごめんなさい! 違いましたか!? さっきここで、『なんとかリリィ!』って言ってたのでっ、わたし、とんだ勘違いを――っ!」


「えっ、あー……」


 見られてたのかー……。

 いくら幼女姿とはいえ、人に見られるのはさすがに恥ずかしい。


 が、当のサミュちゃんは、飛ぶ鳥をも落とす勢いで頭を下げ、慌てふためいていた。

 かわいいのでこのまま見ていたくもあるが、

俺は紳士なので、まずは幼女に恥を掻かせないことを優先し、サミュちゃんに言う。


「いや、いいよ。リリィで」


「ほんとっ!? よかったぁ~」


 下げてた頭を、バッと上げて、ホッと安堵の表情を見せるサミュちゃん。これもこれで、かわいいのでグッドである。


 怪我の功名と言ったところか、期せずして俺の情報マテリアルが一部解放されたわけだが、もちろん名前だけでは足りるはずもない。


 そもそも、ここはどういう世界なのか。


 現状分かるのは、自然が豊かで、魔術が存在することくらいか。……魔術があるってだけで、勝手に中世ヨーロッパ的なイメージが浮かんでくるが、先入観は捨てておこう。もしネオンサインがあちこちで輝いていたとしても、ボクは驚かないぞっ。 


 ひとまず……と、心でつぶやき、腰を上げる。

 幸い、今の俺は幼女だ。転生モノよろしく、言葉も通じるっぽいし、サミュちゃんにちょっと頼らせてもらおう。

 そう決めた矢先――


「ところで、あのっ……こんなところでなにしてたの?」


 さすがサミュちゃん、ベストタイミングでベストクエスチョンだ。

 やさしさにつけ込むようで、少し悪い気もするが、この際致し方がない。

 こみ上げる罪悪感をつばと共に飲み込み、俺はその質問に答える。


「実は……ここがどこか分からなくて……」


「あっ、森で迷っちゃったんだね」


 納得したように首肯するサミュちゃん。

 よし、このまま人がいるところまで案内してもらおう。その後のことはまだ分からないが、少なくともここにいるよりは、行動の選択肢が増えるだろう。


「それじゃ、一緒に戻ろっ! こっちだよ!」


 やわらかそうな口元が動き、望んでいた台詞が発せられる。


「うん、ありがとっ!」


 それに俺は笑顔で返し、かごをひろって歩き出したサミュちゃんの横に並ぶのだった。


 ――道中。


「そういえば、サミュちゃんはここで何してたの?」


 ただ黙って歩くのもなんなので、気になっていたことを聞いてみることにする。


「わたし? わたしはテレス先生に頼まれて、これを採りに来てたんだ」


 そう言ってサミュちゃんが取り出したのは、葉っぱの大きな一本の草。見れば、手にしたかごの中程まで、その草がたっぷりと詰め込まれていた。


「それは?」


「うーん、よく知らないけど、次の『錬成』の授業で使うって言ってたよ?」


 錬成……なかなかファンタジーっぽいワードが出てきたぞ。ポーション作ったり、錬金術やったりするのかな。


 そういえば……


「さっき私が溺れてたときとか、服を乾かすときとかに使ってくれたのって、魔術だよね?」


「そうだよー、ちょっと失敗しちゃったけどね」


 てへへ……と笑いながら、頭を掻くサミュちゃん。かわいい。


「えっと、リリィちゃんっていま何年生?」


 今度はサミュちゃんが聞いてくる。


「うーんと……」


 俺の学年……見た感じでは、小五ロリといったところか。だがそうすると、小学校にいられるのは、長くて二年、最悪ほぼ一年。

 できるだけ長く小学校にはいたいが、小三というには、少し無理があるか。となれば――


「四年生、かな」


「えっ、……なじ……? ……んな……っけっ?」


 そう答えると、サミュちゃんは首を傾げて、ぼそぼそとなにかを呟いた。

 マズい、なにか間違えたか!? そういえば俺、向こうの学校の基準で話してたけど、もしかしてこの世界は小学校が6年間じゃないとか……?


「ど、どうかしたの?」


 とりあえず声をかけてみる。


「あっ、いやっ! なんでもないよっ!?」


 サミュちゃん……。それはな、なんかあるときの反応だぜ……。


「……とっ、ところでリリィちゃんっ!」


 あからさまに話を変えるサミュちゃん。

 ――だが、ここで探りを入れて、しつこい奴だと思われるのはイヤだなぁ。うぅ、ガマンだ……。


「さっきやってた、『なんとかリリィ!』ってやつ。あれって、なにかの詠唱?」


 よりにもよって、そこ掘り返しますかぁ……。


「いや、あれはそんなんじゃ……」


 ……なくもないな。見方によっては、変身の呪文とも……。というか、ここで否定したら、逆に何をしてたんだって話だよな……。


「いやうん。詠唱だよ」


「やっぱりっ!! なんの術式なのっ!?」


「えーっと……『変身』かな。あっ、でもまだ全然できないんだけどねっ!?」


「『変身』!? どんなのなのかな……できたら見せてね!」


「……う、うん!」


 この世界ならともすれば、できるかもしれないな……と思いながら、歩くこと、さらに2、3分。


「あっ、着いたよー」


「……おぉ!」


 意外と近かったな。体感で5分ちょっとくらいだろうか。

 開けた視界、真っ先に映り込んできたのは、石造りの大きな建物だった。

 ネオンサインじゃなかったことに一安心しながら、俺は立ち止まり、目の前の光景を眺める。


 そびえ立つ白塗りの壁に、日光を反射し輝く窓。それらが醸し出す重厚な雰囲気が、その建物の重要さを如実に物語っていた。


 ――もしかしてサミュちゃん、迷子の俺を思いやって、わざわざ役所のようなところに連れてきてくれたのか……?

 だとしたら、あまりにもありがたすぎる。なんってったって、情報収集の手段を探す手間が省けたのだから。


 俺は、救いの女神に感謝の辞を述べるようと、視線を戻す。が、サミュちゃんはすでにドアの前へと移動していた。

 あれっ、なんで?


「リリィちゃーん、どうしたの? 行かないの?」


 あたかもそれが当たり前かのように、俺を呼ぶサミュちゃん。

 まさかこの子……建物の中まで案内してくれるつもりなのか! 一体どれだけ優しいんだっ!


 俺は目頭が熱くなるのを感じながら、全力でロリ女神の下へ駆け寄るのだった。

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