第2話 『出会い』
きっと日頃の行いが良かったんだな……。
なんてことを考えながら、俺はここ1年ちょいの生活を思い返す。
そこそこ程度には頑張った受験勉強の末、第一志望の公立高校に難なく入学した俺は、それ以降気が抜けてしまい、何に対しても無気力だった。
せっかく入った部活も、一年足らずで辞め、自ら進んでやることと言えば、アニメ見るかゲームするかラノベ読むか。
おかげで2年生に進学する頃にはすでに、三次元では息子も反応せず。立派に異常性癖と呼べるものの持ち主となっていたわけだ。
青春とかいう大それたものとは、全くもって縁のない高校生活を送ってきた俺は、次第に学校もサボりがちになり、休日なんて家どころか部屋からも一歩も出ない日々。
事実昨日だって、徹夜で『魔法少女プリ☆ピュア』の一挙放送を観たあと、学校サボって夕方まで寝る、食う、寝る、抜く、寝る、の自堕落サイクルを繰り返してただけ。
……日頃の行い、ゴミ虫以下だな、おい。
でも。こんな俺だけど。
ずっと夢見ていたことがあった。
ことあるごとに、その夢を口にしていた。
そしてついに、その夢は叶えられたんだ。
そう――
『超絶かわいい幼女になって、異世界転生する』という最高の夢がっっ!!
「でゅふっ、異世界の幼女だよぉ……かわいすぎるよ俺ェ……でゅふふっ」
もしこの湖に女神様がいたら、ドン引きのあまり呪い殺してしまうのではないかってくらいに、頬の筋肉を弛緩させて水面を眺め続ける俺。
にしても、金髪ロングかぁ……。
向こうではそうそうお目にかかることのない、この外見。まるで二次元だ。
この世界なら、魔術があるといわれても簡単に納得できそう……というか俺TUEEE! とかしちゃうんじゃ……。
「……あっ。そうだ」
そんな身の蓋もないことを考えていると、ふと、一つのアイディアが浮かんだ。
やばい。
俺、素晴らしいことを思いついてしまった。
くふふ、と不気味な薄ら笑いを浮かべながら、地面から手を離し、四足歩行モードから二足歩行モードに進化。
そのまま腰や腕をくねらせて、とあるポーズを取る。
普段じゃこんなこと絶対できないけど、幼女姿で人もいない今なら――!
すうぅ……と大きく空気を吸って、
「ピュアっ☆ピュア☆に、きゃるるん♪るん♪ キュートに可愛く花咲く乙女! 魔法少女ピュア☆リリィ!」
――キマった!
常日頃から部屋で隠れて練習してきたのが、まさかこんな風に役立つとは!
『魔法少女プリ☆ピュア』。
ピュアリリィこと、花崎ゆりたそと、相方のピュアレーズンこと、雪生ぶどうたそが、魔法少女に変身して悪者と戦う、日曜朝アニメなのだが、キャラの可愛さや、丁寧な伏線張りと心情表現、綺麗事だけでは進まないストーリー展開などがオタクどもの支持を集めている。要するに神アニメだ。
ファンの中では、クールビューティなレーズン派と、元気で可愛いリリィ派に分かれるが、どちらもお互いの良さは認めているため、争いが生じることはない。平和。だいじ。
ちなみに俺はリリィ推しで、今やったのは、そのリリィの変身シーン。
ちっちゃい女の子がやるととっても可愛いのに、男がやると普通にドン引きされちゃうから、世の中は世知辛い……。でも今はだいじょうぶ! だって私、幼女だもの!
俺は満足げに、むふぅ、と息を吐く。
――が、それと同時に、悪い予感が頭をよぎった。
……あれ、ちょっと待てよ。
もしかして……いや、もしかしなくとも、
「異世界じゃ、プリ☆ピュアは……見れない……?」
おい……まじかよ……。
これが……これが幼女転生の対価だというのか……?
しかも今週は、強敵を倒して絆を深めたリリィとレーズンの日常回で、プリピュア史上最高のしあわせ回になるだろうとネット上で話題になっていたのに? こんなにも楽しみにしてたのに?
そりゃもちろんさ、幼女になれたのは嬉しいけどさ……
「ちくしょう……ひどいよ、こんな仕打ち……ひぐっ……ふえぇぇん……」
嗚咽を上げながら膝から崩れ落ち、再度四足歩行モードに退化。もはや殻に籠もったダンゴムシ状態。俺の心は、完全に閉ざされようとした。
と、そのとき。
「あ、あのー……」
唐突に背後から、何者かに肩をたたかれた。
「ふぉわぁっ!?」
「ひゃうっ!?」
驚きのあまり、猫のように飛び上がる俺。
ブレる視界の端に声の主が映りかけ……
「あっ、あぶな――」
ざっぶーん!
「ぼはぁ!?」
水際で大きく飛び跳ねた俺の身体は、そのまま背中から湖に落下。
「ごぼっ、かはっ……たすけっ……」
……マズい!
別に俺はカナヅチでもないのだが、慣れない体と突然の出来事にパニクって、上手く泳げない!
ダメだ……もう限か――
「あわわわ! えっとえ~っと……え、えい!」
足がツりかけた、そのとき。
なにやら声と共に、視界が青白く光り――
「ん? どわぁぁぁ!?」
――身体が宙を舞っていた。
「いやぁぁぁ!? なんでぇぇぇ!?」
わけもわからず、悲鳴(ロリ声)を上げる俺。
いやだ! せっかく幼女に転生したってのに!
溺死は免れたけど、何がなんだか分からないまま、結局高所落下で死ぬなんて! そんなのやだー!!
「あぁっ! つよすぎたぁ!」
再び声がして視界が光る。
すると――
「あれは……魔法陣?」
落下する俺と、地面との間に、数学者が喜びそうな美しい幾何学模様が現れた。
「――ッッ!」
コンマ数秒後、俺の身体がそこに触れる。
その瞬間。
ふわぁっと、落下スピードが激減。俺は足からゆっくりと降り立ち、そのまま地面にへたり込む。
「こわがっだぁぁぁ!! じぬがどおもっだぁぁぁ!!」
「ご、ごめんなさいっ! だいじょうぶですか!?」
ぱたぱたと、可愛らしい足音と共に現れたのは、小さな人影。俺は、なんとなく目尻をこすってから顔を上げる、と。
「あっ……」
不意に、声が漏れた。
心配そうにこちらを見る、くりっとした瞳に、肩に触れるか触れないかくらいに切りそろえられた、艶やかな髪。
服装はカジュアルなワンピースで、採集でもしていたのか、手には木編みのかごが。
そしてなにより――
「
「えっ?」
おっとぉ! 口に出ていたぁ!
「いっ、いや! 私は大丈夫だよ! ちょっと怖かっただけで、ケガとかはしてないよ!」
両手をぶんぶん振りながら、必死にまくし立てて、何とかごまかす。あぶないあぶない。
というか、女の子口調でしゃべるのは慣れていないので、おかしなことになっていなかっただろうか……。
「そっかぁ、よかったぁ!」
しかしそんな俺のしょうもない杞憂は、目の前の少女のほっとした顔にかき消された。
「湖に落ちちゃったときはびっくりしたよぉ! あわてて力加減失敗しちゃってごめんね」
「こっ、こちらこしょっ! 勝手にびっくりして自滅したのに、助けてもらって、ありがとうございました!」
微妙に噛んだ上、敬語になりながら、俺は眼前の幼女に深々と頭を下げる。
その結果、幼女に土下座する男子高校生という、ちょいヤバな構図が誕生。事案発生です、お巡りさん! あっ、でも俺、見た目は幼女なんだった! セーフ!
そんな俺の内心はつゆ知らず、少女は健気に、
「あっ、でもだいぶ濡れちゃったね。えっと、ちょっと待ってて」
言って、持っていたかごを地面に置き、俺に手のひらを向ける。
数秒後、頭上から吹いてきた温風が、俺の髪を揺らしだした。
「おぉ……これは……」
上を見るとそこには、さきほどとはまたちょっと変わり、ほんのり赤みがかった魔法陣が。
さっき助けてもらったときといい、今といい、やっぱり魔術はあったようだ。俺にも使えるかな。
わくわくしながら、ゆっくりと降りてくる魔法陣に身を任せる。ドライヤーくらいの温風を出しながら、それは俺の身体を通過し、地面に触れると同時に、光の粒となって消え去った。
「ど、どうかな?」
「おぉ、すごいよ! かなり乾いてる!」
髪や服を触りながら、俺は感嘆の声をあげる。
というかこの娘、さっきから詠唱とかしてなかったけど、実は結構すごいのでは? ラノベとかでも、「なにっ、無詠唱……だと?」みたいなシーン、よく見るし。
「えへへ、よかったぁ。あっ、わたしはサミュっていいます」
年相応ながらも、気品に満ちたほほえみで、少女はそう名乗った。サミュちゃん……うん。良いと思います。
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