第1話 『プロローグ』

「…………どこです、ここ?」


 とある土曜日の昼下がり。


 休日の幸せを全身に浴びながらのんびりと目を覚ました俺は、愕然としていた。


 目の前には小さめの湖がきらめき、本来天井があるはずの場所には、真っ青なお空と生い茂る木々が。


 …………。

 ………………。

 ……………………あ、夢か。


 なんだよもう、びっくりさせやがって。

 湖の水面の揺らぎ方とか、尻の下の土の感触とか、リアルすぎて一瞬わかんなかったよ。


 ふむ。なかなか神秘的で、きれいな情景だとは思うが……今はそんなことより、腹が減った。

 もう一回寝れば、どうせいつも通りの小汚いマイルームで目が覚めるのだろう。と、一度起こした上半身を、本来ならふかふかの布団とまくらがある場所に背面ダーイブっ!


 ――ゴッ。


「いぎゃッ!?」


 あああぁぁぁ!! 後頭部がぁぁぁ!!

 想定外の衝撃。


「~~~ッッ!!」


 声にならない悲鳴を上げながら、俺はじたばたと土の上を転げ回る。

 割れた! 絶対頭蓋骨粉々に割れた!


 悶絶すること、およそ三十秒。

 俺は息を荒げながら、二重の意味で抱えた頭をおそるおそる持ち上げ、三十秒前に頭が接触した座標xに、涙で滲んだ目を向ける。


 果たして、そこにあったものは――


 ――別になんてことはない。至ってシンプルな自然の鈍器、人呼んで「大きめの石」。


 しかし、めちゃくちゃ痛いんだなぁ、これが。

 ぶつかったときの衝撃から、今なお残るヒリヒリズキズキに至るまで。普通の、THE・頭を強く打った痛み、って感じだ。


 ――って、あれ?


 気付く。

 ちょっと待て。何かおかしい。コレは夢だろう? だったらこんなにリアルな痛みは……。

 試しに、ほっぺをつねってみる。やはり、痛い。


「ちょっと待て、もしかして……って、あれ? なんだこの声?」


 困惑する俺の口から漏れ出たのは、全くもって俺のものとはかけ離れた、高く柔らかい声。


「あーあー……おぉ……?」


 俺からこんなかわいらしい声が出るなんて。……なにが一体どうなってるんです?

 突然の不思議現象連発で、脳みそがこんがらがった俺は、まだズキズキと痛む頭に、何気なく手を伸ばす。と。


 ――フサァ。


「……んん?」


 優しく後頭部に触れた手が、さらなる違和感を告げる。

 見ればその指に絡まっていたのは――きらめく長い金髪。


「……んんんん?」


 というか今更だが、手も足も、全体的に身体が小さくなってないか?


 …………うん。


 一度目を閉じて、大きく一呼吸。

 ちょっと状況の整理をしよう。


 まずひとつ。

 ――朝起きたら、全く知らない森の中にいた。


 ふたつ。

 ――声がめちゃくちゃ可愛くなっていた。


 みっつ。

 ――身体が小型化して、金髪ロングになっていた。


 以上の事象より、求められる解は――


「……幼女……転生!?」


 いやいやいや、えぇぇ!? まじで!? あっさり叶っちゃったよ、俺の願い!?

 何かの間違いじゃないの!? でも、状況的にそう考えざるを得ないし、夢ってわけでもなさそうだし……。


 ひとまず全身に、ぺたぺた触れてみる。


 ――や、やわ~か~い。


 幼女特有の暖かい体温も相まって、ぷにぷにのおにくがたまらない。髪の毛もさらさらで、指で梳くたび、宝石のように宙に広がる。

 しかし服装は、ヨレた茶色い服……というより布が一枚あるのみで、いろいろとアブナイな。


 とまぁ、こんなところで、大まかな外見は分かった。


 そうすると残るは……顔だ。


 なにか鏡っぽいものは……とあたりをきょろきょろ。おっ、そういえばちょうど良いところに。

 我がご尊顔を拝見する栄に浴するべく、四足歩行で湖ににじり寄る。その姿はまさに、獲物を狙う獣のそれ。


 これでもし不細工とかだったら、絶対許さんぞ神様よ……。


 たっぷりと時間をかけて水際までたどり着き、さらにゆっくりと水面に身を乗り出す。ソシャゲのガチャとかと似たような緊張感に、なんとなく目を瞑っちゃうのはご愛嬌。


 ――はてさて、我が運命やいかに!?


 固唾をのんで、おそるおそる開かれた俺の瞳が見つめる水面には――


「うひょぉぉぉ!! 美少女じゃぁぁぁ!!」


 勝った! これはもう、人生勝ち組ルート確定!

 なぜ? どうして? なんて不毛な5W1Hは、遙か遠くへと追いやって、今はただ、眼前の事実のみを享受しよう。



 ――かくして俺は、『幼女になって異世界転生』という、長年の悲願を叶えたのだった。

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